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第六十三話 曽根美

「先輩、前にスパイに会ったとか言ってましたよね。ちょっと聞きたいことがあるって方が来てますけど」

「えっ」

「刑事さんですかね。聞き込みみたいなこと言ってましたよ」

 前元は一生懸命に神妙な表情をつくって、手のひらを添えてささやいた。


「スパイって本当だったんですね…… ほら、このあいだも加賀産業道路でのテロの話をテレビでやってましたし。ぼく、てっきり先輩がまたなにか悪いものでも食べたのかと」

「またってなんだよ、またって。へんなもんなんか食ったことね~よ」

「えっ、じゃ、たまにアレげなことを言うのもしらふでなんですか」

 前元は目を見開いて驚きの表情をした。


「わっ、悪かったな、しらふでっ!」

 しかし、まずいな。刑事だって? 捜査されているのだろうか。とおんのことを喋るわけにはいかないし、適当に全然違う情報を教えよう。いや、むしろ皆に言われたとおり会議に遅刻したことのいいわけで嘘をついたと説明した方がいい。


 同じ階のパブリックスペースに行ってみると、外の景色を眺めるようにして一人男が立っていた。

「えと、出河ですが、なにか?」

 男は口元をとがらせてあごに梅干しみたいなしわしわができちゃっている。おもちゃ屋で子供が買ってもらえなかったときの顔に似ている。おっさんだけど。


「先日は、やられたな。私としたことがあんな古典的な手にひっかけられるとはね。ま、現場なんて久しぶりだから無理もない」

「えっ?」なんのことだ?

 男はスーツの胸ポケットのサングラスをかけた。

「ほんと、うまく撒いてくれた。だが、今日はそうはいかない。え、出河睦人!」


 この前、ループトラムで撒いた尾行していた男じゃないか。

 あっちゃー!

 きびすを返して逃げようとする。

「待て。私は宵宮とおんの機関のものだ」

「えっ!」


「調査に協力してもらっているそうじゃないか。少し話を聞かせてもらおうかね」

 片頬を歪ませて男は威圧するような口調で男は言った。

 そいつに促されてロビーの席の方に移動し座った。俺の方もとおんの上司なら聞きたいこともある。


曽根美好夫そねみよしおだ。宵宮と同じ所属で調査班の総括をしている」

 曽根美は名刺を出した。


「宵宮を含めて調査員班員五名を管理してるんだが、総括の私がわざわざ来たのは事後処理ということでね」

「事後処理……」

「尻拭いさ。安易な判断で追尾なんてするからこの始末だ。宵宮は今回に限ったことじゃないが勝手に動く傾向があってね…… ふんっ。ああいうタイプの部下を持つと苦労させられる。まったく誰が上に説明すると思ってるんだ」


 背もたれによしかかって腕組みし天井の方を見ながら、辟易しているという口振りだった。

「あの、とおんは今どこに?」

「言えないね。諜報員の所在は機密事項だ」


「そうですか……」

「で、聴取させてもらうぞ。あの日の状況について」

「彼女から聞いてるんじゃないんですか」

「まあ、それは、それだ。君から聞く必要もあるんだ」


 曽根美は鞄から書類を取り出して、そちらを読みながら話し出した。

「宵宮が八木亜門の実験の動きを察知し追尾することにした。そして君が呼ばれ作戦を遂行することとなった。そうだな? 宵宮から連絡を受けたのはいつだ?」

「いえ、あの俺が実験をしているのを最初に発見して、彼女を呼びだしたんです」


「じゃあ君が今回の事件の原因なのか。あのさあ素人がなにやってくれちゃってんのかな……」

「すいません」

「ま、いい。私は寛大だからな。だが、あれだな。宵宮から連絡を受けたことにした方がいいな」

「え、でも」


「君は宵宮から連絡を受けてヤオヨロズふぉれすとに行った。そこで追尾することを指示されて、バイクで作戦を開始した。そうしておこう」

「いえ。そうじゃ……」

 曽根美は俺の言葉を無視して続けた。


「追尾対象をバイクで追跡中に不用意に接近し察知され対象の車両が逃走。逃走中に自動車事故が発生……」

 少し違う。とおんに聞いているのだろうか?


「違います。自動車道路で事故に遭遇したんです。それで自動車道の方へ救護のために上がってたら、その最中に八木亜門の車も自動車道へ上がってきて、とおんが声をかけたんです」


「ふうん…… ま、宵宮から追尾対象に声をかけたってことは間違いないわけだろ」

「でも……」

「それでいいんだよ。岩井さんがそうしたほうが説明しやすいって言ったんだ」


 怖い上司なんだろうか? その岩井さんとやらは。

「いや、でも事実と違うことは……」

「きみが岩井さんに説明してくれんの? どうせ、調書は宵宮は見ないんだ。さっさとそこに署名すればいいんだよっ!」


 曽根美が、机の上にバンと置いたA4のペーパーの報告書の冒頭に目を通す。内容はとおんの独断専行や不注意で作戦が失敗したというような論調だ。かなり脚色というか、悪意のある報告書のように思えた。


「これは…… ぜんぜん事実と違います」

「事実なんてことよりも、どうやってこのくそな状況を分かり易く上層部に報告するかなんだよっ!」

「で、でも、これじゃ彼女が処分されたりするんじゃ」


「当然だろっ! 私の評定だって下がるんだ。危機管理がまずいって!」

「でも、この報告書は違います」

「分かんないかなあ。いいんだって。もう、彼女は今回の諜報活動から外れるんだ。それで八方丸く治まるんだよ」


「ああ、そういうことか。忘れてたよ……」

 したり顔で曽根美は財布をとりだした。

「宵宮からはいくら貰ってたんだ?」

「いえ、そんなのはないです」


「え? いやいや、しらばっくれなくってもいいからさ。どうせ経理に聞けば分かるんだ」

「ほんとです」

「宵宮、なにやってんだ。協力者への謝礼も渡さないなんて。ほら」

 三枚出した。


「いえ、ほんとにそういうことじゃ」

「じゃ、いったいなんに不満があるんだよ?」

「不満とかじゃなくて」

 気まずい空気がしばらく流れた。


「あっそ。じゃ。ま、これで失礼しよう」

 さっきまでの剣幕はどこかへ、意外にあっさりと曽根美は引き下がった。

「とおんの病院を教えてもらえないですか?」

「ふん。署名したら考えよう。宵宮の入院している病院を特別に君に教えよう」


「でも、とおんにそんな報告書に署名したって知れたら」

「黙っておけばいいじゃないか」

「できません」


「なら、これまでだな。まあいい。気が変わって署名する気になったら連絡してくれ」

 帰り際に曽根美は振り返る。

「おい、ヘリ飛ばすのがどれだけ、大ごとか分るか? うちの班にとって大損害だ。私の経歴にだって傷がつくんだぞ」


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