第六十一話 UFOの噂
グランドフロアの中央部分にはテーブルとイスの四脚セットがいくつもレイアウトされている。
水曜十九時の五分ほど前に、俺はそのうちの一つに座っていた。
「三輪っちが見たんだってよ。あの日のバーベキューの帰りにさ」
「眉唾だなあ。三輪っちだろ」
隣のテーブルには俺と同じ年頃の仕事帰りのサラリーマン三人だ。
「UFOなんているわけないじゃん」
「でもよ、ここにだって続発する目撃情報とかってあるだろ」地元紙を広げている一人が言う。
えっ。新聞の記事になってるのか?
とても気になる。
「はい、もしもし……」
俺は、わざとらしさに気恥ずかしくなりながらも耳に携帯を当てて立ち上がった。実際は回線はつながっていない。エア電話だ。
新聞を広げているやつの後ろに回り込むと携帯電話を降ろし、その瞬間にシャッターボタンを押した。新聞に向かって連写されたがシャッター音はしない。
元の席に戻って画像を見る。一枚は拡大するとなんとか新聞の記事が読めた。
とおんに教えられたスパイの手口だった。カメラスペックが高いものに機種変更をさせられ、シャッター音もしないようにプログラムを改造されたのだ。「エロ目的に使っちゃダメだし」とか言いながら彼女は見習いにスパイのテクニックを授けてくれた。
記事のタイトルは、「能美市はUFOの通り道!? ~続発するUFO目撃情報を追え~」だった。
なんじゃこりゃ。
たしかに、最近、自分の周囲でもUFOの噂を聞くことがある。例の自動車道の事故の話も含めてだ。
記事には、明け方の能美古墳群の上空でオレンジ色の光る物体が目撃されたことや、深夜に動物園の動物が騒ぎ立てて飼育員が駆けつけると円盤状のものが飼育舎のすぐ上に浮いていたこと、空き地に同心円状のなにか重いものが踏みつぶした痕があってUFOの着陸痕ではないかと騒がれたこと、鉱山の跡地にUFOが消えていったことなどがあった。
どれもUFOの写真があるわけではなく、一般市民の情報としてだ。せめて写真がなけりゃと思う。でも、そこに八木亜門のオレンジの機体が写っていたならどうだろう。
俺は追いかずにはいられなくなってしまうのかもしれない。
八木亜門のあの機体はどこにあるのだろうか? 消えていったという廃鉱山だろうか。でも、ヤオヨロズふぉれすとにあるのではないかという気がしている。あの花が空中を昇っていった重力異常が証拠だ。八木亜門はあのトマトーマとケルビンデザインで実験の継続をしているのか。
記事にある噂話と八木亜門のUFOでは形状や色が違う。別の機体を開発しているのか。そんな余裕があるのか。いや、デマも相当は含んでいるのだろう。記事はこれから特集として数回にわたりUFOのシリーズが紙面に掲載されると告知されていた。それほど八木亜門の実験が頻繁に行われているということだろうか? ちょっと記事には違和感があった。
それでも、こんな噂の方がまだましだと思う。長谷川の噂はどんどんひどくなってる。
悪意が誇張し拡大させ、それがさらにまた新しい種となった分裂し伝播していく。セミナーでは長谷川の噂を追うこととなった。微妙な気分だ。
長谷川の謎をどうして追いかけているのか。ほんとうは八木亜門のUFOを追いかけたいのではないか。その代償行為としてこんなことをしているのではないか。
携帯電話が震えた。耳に当てる。今度はエア電話ではない。
『なるべく普通に話してください』
馬都井くんの声だった。
「はい?」
『睦人さん、尾行られていますよ』
「ええっ!」
『驚いてはいけません』
どういうことだ? まさか八木亜門に俺の身分がバレたのか。
「だっ、誰が尾行てるの? そいつどこ?」
『言えません。いや、言うと睦人さんがそちらを気にしてしまって勘づかれる恐れがあります。わたしが指示しますので従ってください』
「あっ、ああ。馬都井くんはどこに?」
『それも言わない方がいいでしょう。見てしまうでしょうから』
あ、そうか。敵に馬都井くんまで見つかってしまうことになる。