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第六十話 (株)小宮山組

 人は外見によらない。怖そうな人でも話してみたら内面はそうでもないってことも確かにある。だから、まず自分から笑顔をつくって話しかけることから始まるんだと思った。


 株式会社小宮山組の専務さんってのは、まんま、その筋の方々に間違われそうな見た目をしている。実際、会社の慰安旅行で旅館に行ったときなど、小宮山組という予約の名称と専務の顔つきで完全にそっちと誤解されたらしく、やたらサービスがよろしかったらしい。


 苦虫を噛み潰したような顔にオールバック。小太りでダブルのピンストライプのスーツ。やけに小さめの女の子のヒールみたいな先っぽのとがった靴には謎の房飾りみたいのがついてる。怖いイメージしかなかったから、用件を簡潔に伝えるだけで積極的に喋ったことはなかった。


 トイレを借りて洗面所で手を洗っているときに条件反射で笑顔の練習をしたら、ちょうど隣に専務が顔を出した。

「おう。ご苦労さん」専務に向けて笑ったものだと誤解されたようだった。


 手に歯ブラシを持っていた。

「歯みがきだよ」

「娘がよ、タバコのヤニで黄色い歯がみっともねえって言うからよ」

「それオーラ2じゃないですか。歯白くするやつでしょ」

「おっ、分かるのか。ステインクリアってんだ」

「ス、ステインクリアですか」知ってるけど……

「コーヒーも紅茶も赤ワインも歯の黄色いのは全部ステインなんだってよ」

 そのヤクザ顔からどこかで聞いたことのあるフレーズが出てくることに大きな違和感がある。


「ま、タバコのみには厳しい時代だよ」

「ほんとですね」

「今度な、タバコスペースはできねえけど、女子社員のために換気扇のいいやつを入れてやろうと思ってな」


「換気扇…… あ、それ、うちにさせてもらえませんか」

「ああ、おまえんとこ、空調もやってるんだっけか」

「はい、空調事業部に話しておきます。あの事務の子、かわいいですもんね」


「なにが、かわいいもんか。会社全部禁煙にするとか言いやがって、社員の九五パーセントは吸うっていうのにさ。わがまま娘だよ」

 あ、そう言えば…… 名札の名前、専務と一緒の小宮山じゃないか。


「ひょっとして娘さんですか」

「ま、俺に似なくてよかったよ」

「いや、ほんとに……」

「こらっ! てめえ」それでも不器用な俺の笑顔に、ヤクザ顔の専務も同じくらい不細工な凄みのある笑顔で返したのだった。歯はキラリと白く輝いていた。


「そうだ。おめえんとこでもCADのソフトって扱えるのか?」

「え?」それは、まさしく俺の守備範囲ですよ。

「今度、ソフト更新しようと思っててよ」

 小宮山専務はソフトの名を言った。


「できます。ぜひやらせてください」空調事業部も同じソフトを使っているから、いろいろ聞かれてもなんとかなりそうだ。

 ともかく、そういういきさつもあって久々にちょっとした契約が取れそうな状況にあった。


 ほかのお客さんのところでも、要所要所で笑顔を使うよう努力している。最初はギョッとされてたようなところもあったけど、一週間もたって不自然さが減っているような気がする。不細工な小宮山専務の笑顔だって俺は嫌いではない。不細工な人間でも笑顔を見せるべきだ。表情という人間に与えられた機能は使った方がいい。


 美々さんのセミナーはめちゃくちゃだと思ってたけど、案外、核心を突いているのかもしれない。


 空調事業部の方にはもう見積もりの依頼があって、金額的にも折り合いがついたという話だった。それはそれでいい話だが、自分の所でも契約を取らなきゃ意味がない。


 ソフトの納入については後は金額を詰めるだけだったが、それも小宮山専務のオーダーはそれほど厳しいわけではない。課長も異存はなかったし、あとは次長に説明してOKをもらうだけだった。決裁の金額が大きいためである。

 俺は見積金額のプリントアウトを持って、いつもより軽い足取りで廊下を曲がり笑顔を作ってから次長室をノックした。


「専門ソフトは、売ってからがめんどくせえんだよ!」

「で、でも、このソフトはうち空調部門の設計でも入れてますし。わたしが責任を持って」

「おまえがいないときのサポートはどうすんだよ」


「でも、そんなこと言ってたら、うちの事業部の業績が……」

「うちの業績だあ? おまえはいつから管理職になったんだっ。余計な世話なんだよ。とにかく金額は落とさなくていい。無理に売らなくてもいい、分かったな! ふん、空調に塩送りやがってっ」


 あまりにも想定していなかった黒崎次長の言葉に驚いて、部屋を出てからもしばらくなにが起こったのか、この取引がこれからどうなるのか冷静に考えることができなかった。


 どうもこうもない。契約できないということだ。小宮山専務に謝らないといけない。そういうことだ。

 小宮山専務の不器用な笑顔が頭に浮かぶ。あの人が怖いんじゃない。期待に添えないと言うことがとても残念だった。それに空調事業部だって同じ会社じゃないか。営業のついでにアシストしてなにが悪いんだ?


 CADソフトに関しては無理な値引きってわけじゃない。一七〇万のソフトで、あと端数の4万円値引くだけなのだ。次長の判断がどうしても納得できない。これまで無理矢理にでも飛び込みで新規を開拓しろなんて、強引な営業ノルマを設定していたのはなんだったんだ? しかも、うちの事業部は今の成績じゃなくなるかもしれないのに。


「なんでなんだよっ!」

 俺の拳が廊下の壁をドンッと鳴らした。


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