第五十八話 あの日の後 ヘリ
「とおんさん、怪我直ってるといいですね」急に馬都井くんが言った。
「うん。……毎日祈ってる」毎晩眠る前に思い出してしまう。
「わたしもです。もちろんお嬢様も……」
女スパイが俺らの元から去ったっていうのに、やっぱりそのまねごとみたいなことをするというのも皮肉だ。いや探偵ならまだいいのだろう。人の生き死にには関わらない。
テレビでは、あの深夜の国道での多重衝突事故はテロリストのせいと報道されていた。道路監視カメラに写ったバイクの二人連れがテロ行為を働いたのだということになっていた。情報操作ではないかと馬都井くんは言う。
一方で、事故に関して現場でUFOを目撃したという噂も流れていた。そしてUFOを目撃したという話は最近頻繁に聞かれるようになっていた。
とおんが撃たれて彼女は自分の携帯で緊急連絡した。俺は救急車も呼んだのだが、それより早く何のマークも文字も入っていないプロペラが二つある大型のヘリが到着した。黒い服を着た何人かの男達がとおんを担架に乗せた。
担架の上でとおんは「ちゅーの約束は守るから。ぜったいに守るから……」とバカなことをうわごとのように言った。
「そんなこといいから、ぜったいに死ぬな。もう喋らなくていいから」
ゴフッ。
彼女は口から血を吐いたのだ。
黒い服を着た男の一人が、「彼女は大丈夫だから我々に任せろ、この一件を忘れろ」と言って、ヘリは飛んでいってしまった。俺は遅れて到着した救急車に知り合いが運んでいったと事情を説明しアパートまで送ってもらった。後日、現場に会社の営業車で行くとバイクは片づけられて跡形もなかった。
とおんは大丈夫だったのだろうか。胸に枝が突き刺さって血を吐いていたのだ。馬都井くんは「肺に穴があいたんですよ。心臓じゃない。心臓だったらしゃべれません」と言ってくれた。
とおんを呼ばなきゃよかったという後悔は今もある。俺は彼女を好きになっていたのだろうか。