表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/128

第五十四話 ランチテラスの盗聴

「ねえ、ハセミリのさあ」

 同じ並びの席の端っこの会社の女子の声が耳に引っかかった。気になって聞こうとしたが、向かいの子に目配せされてその子はすぐに声を落とした。

 ハセミリ、長谷川未理緒のことだ。


 ひょっとしてあのことが話題になっているんじゃないか。彼女たちは意味深な表情を交わしてる。やっぱ、それっぽい。


 ランチテラスはビルの従業員の多くが利用していた。従業員だと割引になって、だいたいワンコインでいけるようになってる。一般の人も使うことはあるがイスは堅いしベンチだし、長居するようなところじゃない。ランチしかやってないし。俺らも財布に余裕があるときなどはレストランも利用するけれど、昼食はビルに入居する会社と提携していているランチテラスというのがふぉれすとで働いている者の定番だった。


 で、ハセミリって言ったのは、俺の会社の女子社員の三際だ。尾上と穂積もいる。


 彼女らはあのことを知っているのか知らないのか。

 盗み聞きというのは少し気が引けるけど、長谷川のことに関しては追求してもいいと思う。コンパを加納としたことに対する罰だ。

 しかし、潜めた声はよく聞こえない。


 俺は携帯にヘッドフォンを挿した。音楽を聴いているふりだ。彼女たちの会話なんて聞こえませんよってポーズ。

 だが、実際は携帯のマイクを使って拾った周囲の音をボリュームを上げ聞いていた。イコライザーの機能を使えば一定の音域を増幅することもできる。彼女たちの声がかなり明瞭になって俺の耳に届いた。


『この写真はないわあ』と尾上。

『黒写真だよね。ばかじゃないの』と三際。

『これどこよ』尾上が聞く。

『なんか片町のボーイズバーだってさ。ブーメランパンツはいたマッチョでイケメンな男の子が脱いだりするんだって。さいてー』と三際。

『うわあ』と穂積。


『穂積、行ってみたら?』尾上が面白そうな顔をした。

『ありえないでしょ!』と穂積。

『にしても、お尻に千円挟むってのは、また…… ぷぷぷ。それにはっちゃけた顔してるわあ』と尾上がカメラ目線の顔を真似ておどけた。


『ハセミリってさ、けっこう遊んでるとかって聞くけど……』と穂積。

『あのイケメン彼氏、知ってるのかな』尾上がどこかうれしそうに言った。


 えっ、彼氏いたの? 俺は初耳だった。

『知る訳ないでしょ』と三際。

『知らないのが幸せよねえ。バレたら絶対血を見るわよ』尾上がドラマの次回を想像するような口調で言った。

『でも、やってくれるよね。彼氏いてもぜんぜんコンパとか行ってるし、あいつ』と三際。


 長谷川のプライベートな情報がせっせと交換されていく。

『ほんとイケメン好きだよね。ってか目がないってかんじ? あ、しかも加納君とコンパしたらしいけど。なんか幹事が不細工だからってメンバーからはずしたらしいよ』と尾上。

『ブサ系には塩対応なんだ。ひっどーい』と穂積。

『ってそれ、出河! 出河っ!』と三際。


 もう一度、しーって言う。

 誰がブサ系だよ! もう聞こえちゃてるよ!

 ガタンッ。椅子が倒れそうになった。

 彼女たちがこっちを見る。


 いやいや落ち着け。俺は音楽に没頭してることになっているんだ。盗聴がバレたら、それこそ会社の女子と恋愛するという可能性は破滅だ。こめかみに血管が浮き出そうになるのをこらえ知らないそぶりを続ける。


 そのとき長谷川がランチの乗ったトレイを抱えて来た。

 一瞬、ヘッドフォンが壊れたかと思うくらいにシーンとなった。


『長谷川ちゃん、おつかれ~』尾上が声をかけた。

 尾上も三際も天体観測やウミガメのことについてでも話していたようなさわやかで屈託のない笑顔だった。

『おつかれ、尾上ちゃん』

『忙しい?」三際が聞く。

『まあね、月末だしね。そっちは?』

 ごくごくふつーに長谷川と三際は会話を続けた。うーん。


『最近、飲みに行ってる?」なにを思ったか尾上が長谷川に聞いた。三際は横目で尾上の顔をちら見した。

『え、まあ、ぼちぼち。尾上ちゃんも、また一緒に行こうか』

『んーん、そういうわけじゃないんだけど』

『ん?』


『ああ、いいお店知ってるかなあとか思ってね……』

『えーと……』

 長谷川は聞かれたことに対して、少し思案するようだった。頭の中で居酒屋のリストでも考えているのだろう。


『あ、いいのよいいのよ、急いでるし。じゃね~』そう言って、尾上たちは話の途中みたいなところで席を立った。

 長谷川は梯子をはずされて戸惑ったような笑みを浮かべた。


 うわあ、なんか……

 俺もそそくさと席を立つ。ヘッドフォンをしたままコーヒーと半分食べかけのハンバーガーのトレイを手に持って。長谷川の方は見なかった。


 スパイのようなことをしていると思う。いや、そのことは忘れよう。そう決めたんだ。それがだれものためなんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ