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第五十三話 残念な俺。長谷川のゴシップ

「若い方の社員は二人おりますが」

 珍しく電話には加納が出た。

「えっ。ええ。えーと、じゃあ…… ちょっと残念な感じのする方ですか? ああ、ですね。出河先輩っ」


 ブハアッ! 俺は番茶を吹いた。

「んな取り次ぎ方があるかよっ! どういうことだよ、残念な感じの方って!」

「だって、髪の毛もじゃもじゃのって言ったら怒るじゃないですか」


「もっ、もっと言い方あるだろ。親切そうなとか、感じのいいとか」

「伝わらね~」加納は横を向いて眉をしかめた。


「伝わらね~ってなんだよっ!」

「だいたい先輩だって、先週、課長のことをハゲてるものですよねとか言ってたじゃないすか」

 えっ? そういや…… 聞いてたのか。


「い、いや、言ってねーし。ひょっとしたら薄毛のってくらいは言ったかもしんねえけど…… だ、だいたい、おまえだったら、絶対に『ハゲてる方ですか』ってストレートに聞くだろ」

「それくらい、ぼくだって気遣ってますよ。ちゃんと頭がアレな方のって遠回しに言いますよ」

「ぜんぜん、遠回しじゃねーよ」


「じゃ、逆に聞かせてもらいますけど、先輩を残念とかもじゃもじゃ以外の形容詞でどう表現しろと?」

「うっ。そりゃたとえば…… ふ、ふつーのとか」

「ふつう? え? ふつうって上・中・下だったら中ですよね。いやいやいや。先輩、これは先輩のためを思って、あ・え・て・言うんですけど、先輩は明らかに下ですよ。いや、むしろ下の下ですよ」

「うるせえよっ!」


 トゥルルルルルル……

「あ、早く出てくださいよ」

 カチャ。結局、加納との余計なやりとりに待ちくたびれて鳴り出した電話のコールを前元が取った。


「はい、わかりました。もじゃもじゃの天パのですね」

 言ってから前元は、はっ!という顔をした。

「あの、お客様の方からもじゃもじゃと…… わ、私じゃないですから」


「わかった。もういいよ、もじゃもじゃで。とにかく、おまいら、残念な方ってのだけは勘弁してくれ。なんか人格を全否定されてる気になる。しかも社外にだし」


「もお、先輩、被害妄想ですよ。残念ってのはですね、逆に惜しいってことなんですよ、逆に! あー残念だ、もう少し、ここがあーならって感じです。わかります? むしろ褒めてるんですよ。ほんとは残念とかじゃなくって、論外ってレベルなんですから。いやマジで」

 虫けらみたいに思ってんだろ、俺のこと。

「どーせ、もじゃもじゃの残念さんだよっ!」


 電話は先週商談した顧客で、なんてことのない価格の交渉だった。もう五パーセント値引きすればお買い上げだと言う。即答は避けて折り返すことにした。


 課長が出張でいないので、課参事の唐須に聞かなければならない。同じ室内だけど課長の隣で窓際の席だった。

 ほんとはあまり相談したい相手ではない。実のところ唐須の仕事はあまりなく人の決裁をチェックするくらいの役割だ。決裁書類の細かいところばかりつつくようなところがあった。次長とゴルフによく行っていて、ケルビンデザインの件で次長に叱責されたことは知っている。実は、それ以降うまくかわして関わらないようにしていたのだ。なにか言われたら嫌だなと思う。


 課長がいればもちろん課長に聞く案件なのだが、概略は先週の段階で課長にオッケーをもらっていたし、隣でそれを唐須も聞いていた。

「先方ですが、五パーセント引けばと言ってまして」

「あー、いいんじゃない。課長も十パーセントまでだなって言ってたし」


 案外あっさり唐須はそれでOKした。いつもはなにかしらちゃちゃを入れて部下を困らせないと済まないようなところがあるのに。

「ところで、出河さあ、経理の長谷川くんと同期じゃなかったっけ?」

 突然、全然別の話題を言ってきた。


「え、はい」

 唐須はそういうどうでもいいプライベートな情報にだけはやけに詳しい。仕事しないくせに。

「そうだったよね。ねえ、ここだけの話…… 長谷川くんってどんなこ?」

「どんなって、えーと、ちょっと気が強いけど、仕事はしっかりはしてる方かな。経理だから堅いですよね」


 コンパをすっぽかされた恨みを忘れたわけではない。

「あーそういうことじゃなくてね」

「はあ?」

「彼女といっしょに飲んだこととかないの。ずいぶん遊んでるって聞くじゃないの?」


「いや同期会くらいですけど」

 この前コンパでひどい目に遭わされたことは言わない。唐須は口が軽いし、俺の情けないエピソードが拡散するだけだ。


「あーもう、ま、いいや。知らないんだなあ、きみ。ほんと情報ってものに疎いねえ」

 欲しかったクリスマスプレゼントをもらった子供が、図鑑しかもらえなかった友達にするような顔だ。

「え、なんすか?」

「誰にも言っちゃだめなんだけどさあ」

 唐須は自分のパソコンの画面を指さしてウィンクして見せた。

 そこには、Tバックを履いた男の尻の割れめに千円札を差し入れている女の子の姿があった。反対の手でピースしてる。


 カメラ目線は、長谷川未理緒だった。

 なっ、なんじゃこりゃあ!

「うくくっ、ねえ。下品だよね。どこかのホストクラブ? ボーイズバーだっけか、どうも夜遊びしてて撮ったものらしいよ」

「ボーイズバー?」


 長谷川なにやってんだよ。この前から印象最悪だよ。まだコンパの恨みが消えたわけではないのに、さらにこれ? 入社したての頃は、はきはきしてて美人でちょっといいなあとも思ってたのだ。裏切られた気分だった。


「ずいぶん遊び慣れてるふうだよね。いけないなあ、加能商事の名に響いちゃいますよねえ」

 唐須の鼻の穴が広がり唇の端がかすかに上がった。

「ふんっ、お堅い経理の長谷川さんだって? 聞いて呆れちゃうよっ!」

 唐須は甲高い声を出した。キツい口調には笑みを打ち消そうとするようなしらじらしさが匂った。


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