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第五十二話 事故と血

 ドォーンッ!

 目前に迫った自動車道の高架の上でものすごい音がした。空気がびりびりと振動した。

「じ、事故かっ」

「どうしよ、睦人?」


 UFOがどうかしたのではなかった。円盤は高架の上を、そして八木亜門のワンボックスは高架の下を過ぎて走り去っていく。

「無事か確かめなきゃ」とおんの任務は大切だけど事故を放っておくわけにはいかない。

「くっ。諜報活動中なのに」

 とおんは悔しそうに八木亜門のワンボックスを見つめたが、それでも左折して国道の高架道路への進入路を登っていった。


「ひどいわ」高架道の上でバイクを停めたとおんは事故現場の惨状に声を震わせた。 

 一台の事故ではなかった。数台の車が、二台、いや四台の多重衝突事故だ。

 一台は道路の向きとは反対を向いて大破している。


「救急車呼ばなきゃ」

「ああっ」俺は携帯の電源を入れてすぐに消防に連絡をした。

 一台の車からはふらついた足取りで運転手が降りてきていた。

 もう一台は運転席に突っ伏している。そこに駆け寄り声をかけると意識はあった。


「と、突然、ハンドルが効かなくなったんだ」頭から血を流しているが運転手の中年男性の口調ははっきりしている。大丈夫そうだ。

 三台目は運転席側からではなく、助手席に回って車から降りた。ドアが開かないのだろう。でも、怪我した様子はない。


 四台目の運転席からは降りてこない。俺ととおんが駆け寄った。

 血が出てる。止まらない。

「痛ぇよ、痛ぇよ……」

 とおんが止血のために車内にあったタオルを使って、うなっている男の腕を縛る。生きてはいる。死者や意識不明はいない。


 そのとき下道から上がる進入路から車が上がってきた。ワンボックスが停止する。

 八木亜門のワンボックスだった。俺らの後ろから来たのだった。現場が気になったのだろう。

 車から八木亜門が降りた。事故現場の惨状に立ち尽くす。


「八木亜門っ! なにをしたの! これは、あんたの円盤のせいねっ」

「きっ、きさまらは……」


「陰謀は全て見ていたわ。さあ、どういうことか説明しなさい」

 八木亜門は能面のような表情をしていた。

「博士っ」

 ワンボックスの中の今岡に声をかけられ亜門がワンボックスに乗り込む。


「待ちなさい」

 俺らはもう一度バイクに乗ってワンボックスのあとを追いかけた。ヘッドライトもつける。もう闇に紛れている必要はない。

 前を走るワンボックスの斜め前方には円盤が飛行していた。よく見ると、片方からオレンジの光りがまるで炎のように吹き出している。エネルギーが漏れている? これが事故の原因ではないだろうか。


 とおんのバイクは、レーシングモデル並という言葉通り脳ミソが置いていかれるような加速を見せすぐ追いついた。

 ワンボックスに併走し左の後部座席側に回る。八木亜門がいた。円盤の操作をするボードを持っている。


 とおんはバイクにまたがったままドアを力一杯蹴飛ばした。

「観念しなさい。こんなでっかいのろまの車じゃ逃げられないわよ」とおんが怒鳴った。


 険しい八木亜門の表情が急に笑顔に変わった。そして、なにを思ったかウィンドウを開いた。

「今日の実験はもう終わったつもりだったのだがな。では、一つ追加実験をしてみよう」

「亜門様、なっ、なにを? や、やめてください」研究員の一人が訴える。

「ちゃちゃを入れてくれるせいで、むしろはかどるわ。それ」


 八木亜門が機械を操作する。円盤がワンボックスの真上に移動した。そして円盤の下からオレンジ色の同心円のビームが放射された。

 ワンボックスが大きくなった。いや、背が、車高が高くなった。


「えっ?」

 違う、浮いてるんだ…… 下を見るとタイヤが道路から離れていた。

 円盤からのビームでワンボックスが宙に舞い上がったのだ。


 そして、円盤はビームでワンボックスをつり上げたまま高架道路から左の方へ逸れていった。高架の国道の脇には下道が平行して走っている。そこにワンボックスを降ろした。


「くそおっ、逃られちまった」俺は悪態をついた。

「まだよっ。まだあきらめない」

「ここの高架から降りる道は、まだずっと先だ。Uターンしてさっきの進入路に戻った方が近い」

「だめよ。時間がかかるわ」


「くそ、やられた。バイクじゃ飛べねえ。空まで追いかけられねーよ」

「このこは飛べるわ」

「え?」

「このサスペンションはね、航空機の着陸脚を造ってるメーカーのやつなのよ」

 だから、なんだってんだ?


「睦人、あたしを信じて。きつく抱いて…絶対に離さないで」

「ちょ、ちょっと」


 高架道路は山間部にさしかかっていた。基本ずっとフェンスが横にあるのだが、山になっているところは斜面でふさがれているからフェンスはとぎれている。

 とおんはバイクを路肩に向けた。スピードを保ったまま路肩も越えて未舗装の草の生えた地面につっこんでいく。そのまま猛スピードで斜面を斜めに登った。斜面が終わる。

 そこには、なにもなかった。斜面も地面もなにもなかった。


 俺らは空を飛んでいた。下界に高架道路とフェンスがある。バイクはそれらを飛び越えていた。

 はるか下方には八木亜門の逃れた下道があった。


「とっ、飛んでるんじゃないし。落ちてるよっ!」

 ダンッ!

 強い衝撃。そして、バイクは自動車道から土手に飛び降りたのだった。

「ねっ! あたしもこのこも出来る子なのよ」

 ええ…… ほんっとに出来る子です。


 五分ぐらい一本道を走った。

「来たわ」

 カーブを曲がると、テールランプの赤い光を確認した。オレンジの光も斜め上空に伴う。いくつか、コーナーの先だが追いつけない距離ではない。

 バイクの加速力にものを言わせてコーナーごとに追いつめていく。


 彼らも追いかけられているのをわかっているだろう。

 ワンボックスのテールランプを捕捉した。距離はもう百メートルない。

 長い直線になった。一気にとおんはバイクを加速する。

 だが、ワンボックスは加速するではなく、むしろスローダウンした。


 んっ?

 路肩に別の車が一台止まっていた。こんな深夜に。

「とおん止まれっ!」

「えっ……」

 パアーンッ!

 乾いた破裂音が鳴り響いた。

 ワンボックスのヘッドライトに照らされた男は、やはり例の警備の人間だった。


 バイクが進路を逸らしていく。

 道路を逸れてそのまま林に突っ込んでいった。

 バイクから俺ととおんは投げ出された。

 息が詰まる。それでも俺はなんとか起きあがった。


「とおん、大丈夫か」

「睦人、ごめん。大丈夫じゃないみたい……」

「おい、とおん? とおん」


 月明かりの中で草むらに横たわったとおんの腕にはアンプル弾が刺さっていた。しかし、とおんはそこではなく胸のあたりを押さえていた。樹の枝が彼女の胸に刺さっている。押さえたとおんの手が濡れていることが分かった。血が出てる…… マズいぞ。ちょっとやそっとの量じゃない。


 とおんが血を出してる。とおんが血を出してる。とおんが血を出してる……

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