第五十話 飛空実験
西へ手取川扇状地の夜を走る。闇夜で見えないが平野部は水田がどこまでも続く。地平は広く大きな星空がそれに覆いかぶさる。
俺たちは円盤を追跡していた。八木亜門のワンボックスのヘッドライトが一本道を切り裂く。俺ととおんのバイクはライトを消したままワンボックスのテールランプと一定の距離を保つ。
円盤はワンボックスカーの少し前を飛んでいる。高度は三十メートルくらい。電柱の倍ほどだ。
空中の淡くオレンジ色に発光する皿型の飛行物体は、なにも知らない人が見たなら本物のUFOだと思うだろう。その大きさは直径五~六メートル程度で車の長さよりも一回り大きい。
あの若い男はどんな気分であれに乗っているのだろう。操縦しているのではないと思う。仰向けに寝かせられていた。下界の様子は見えるのだろうか。
とおんの後ろで、俺は円盤を観察していた。
最初はただワンボックスに合わせて一定速度で飛んでいるだけだった。しばらくするとジグザグに左右に動いた。運動性能の試験をしているのだろう。それが終わると高度を変化させた。続いて円盤が斜めになる。姿勢変化の試験だろうか。角度はどんどん増していって円盤が縦になって、さらに上下が逆になって背面飛行のような形になった。最後に今度はめくれたように垂直に立ち上がった。進行方向に円盤の上の部分を向けて飛んだ。こちらから見える真円のオレンジ色の円盤はまるで目のようだった。
こちらを見ているのではないかという強迫観念のようなものが湧く。そのオレンジに怪しく光る瞳の向こうには棺に入れられたあの男がいるのだろうか。
いや、あいつではない。もっと訳の分からないなにか。それは、ひょっとしたら夜という怪異そのものに備わった一つ目なのではないか。観察していると考えている俺らこそが、実は夜という得体の知れない超自然的ななにかに観察されているとしたら……
「睦人。やっぱり飛行実験しているようね」
とおんの言葉に我に返る。ダメだ、頭の中がムーになっちゃってた。もっと真剣に任務に取り組まなくちゃ、とおんにぼーっとしていると怒られちゃう。
「だな。初飛行ってことなんだろ。すごいな。あんな動きは飛行機には真似できない」
「大きな成果よ。だってね、このあたしに充てられた任務なんだもん。ヤオヨロズアジェンダは途方もなく大きな陰謀に違いないわ」
途方もなく大きいのはとおんの自信のような気もするが、それでも俺が思っていたよりも大きななにかがあることは確かだ。
ヤオヨロズアジェンダには明らかに陰謀めいたところがある。とおんが言うように、謎の機関がヤオヨロズアジェンダに関わっているということ。トマトーマとケルビンデザインという一般の会社を隠れ蓑に秘密の研究をしているというのも怪しい。それから、その極秘プロジェクトを守るために屈強な男たちの警備があるということ。
謎の機関がヤオヨロズふぉれすとの総合開発に関わっているというとおんの仮説にも同意せざるを得ない。ふぉれすとの開発は公共事業だ。市や県、国の省庁だって関わっている。そのプロジェクトに関与できる敵の存在は、俺が想像していたよりも大きなものなのかもしれない。今日この目で見たビルの形を変えるなんてことは普通はできない。ヤオヨロズふぉれすとに敵の機関が関わっているなら、俺は敵の中にいるのだろうか。
それにしても、このUFOはなんなのだろうか。偽物と思うけれど、まるっきりの偽物ってわけじゃない。どこぞのテレビ局が仕込んだものや、現代科学で造られた飛行機ではない。もっと高度なテクノロジーが使われているようだ。
このUFOはなんのために開発されたのか。もしかして兵器? それならわかる。どんな戦闘機にもないような機動性を持っている。
なぜ円盤の形をしているのだろうか。船という言葉を八木亜門は口にした。でも船の開発のためのものだとして、その動力システムを検証しているのだとしたら、あそこまでUFOに似てなくていい。偶然その形になったというのか。どうしてもわざわざ似せて造ったとしか思えないのだ。彼はヘリテージとも言っていた。ヘリテージとは遺産のことだ。なんの遺産だというのだろうか。
なぜこんな場所で実験をするのだろう。山の中へではなくて、どちらかというと市街地、郊外の方を目指していた。見つからないかとこっちの方がドキドキするくらいだ。
直線道路じゃないと飛ばしにくいからかもしれない。でも、俺だったらこんなところで飛行実験はしない。もっと人通りのない適した場所はないのだろうか。たとえば能登の方とか。遠いか? アメリカでUFOの実験がされていると言われているエリア51は一般人の立ち入りが禁じられている。
分からないことはいくつもあったが、とにもかくにも謎は一つ突き止めた。彼らは偽物のUFOを開発していた。とおんが言うように大きな成果だ。今岡にコケにされた屈辱も少しは晴らせた。おまえの悪事を見てるんだぞ。
今日はこれで無事帰れればいい。遠足は帰るまでが遠足なんだ。