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第四十九話 黒い円盤

「さあ始めよう」

 八木亜門が言った。

 奇妙なヘルメット状の機械を頭に乗せた若い男のところにワンボックスカーからロッカーよりも少し大きめな黒い四角い長方形の箱を持ってくる。色は真っ黒だった。あの板の色だ。片方の端の方は徐々に薄く平たくなっている。


 研究員に促されて、若い男はその中に入って横になった。平たくなった方に足を入れ、四角く厚みのある方は頭だ。

 白衣を着た研究員が黒い箱と若い男の頭にかぶせた帽体の端子を接続すると、箱のふたが閉まった。黒い棺のようだ。


 二人の研究員が棺の両端に立ってそれを持ち上げた。人が入っているというのに軽々という感じだった。黒い長方形のシルエットがかすかにぼんやりと幻想的なオレンジの光によって縁取られる。


 研究員二人は手を離した。

「えっ!」

 黒い箱は誰も触れてもいないのに、その高さのままだった。宙に浮いているのだ。

 ダイビングなどで言うところの中性浮力をとった状態だった。研究員は風船でも押すような手つきで片手で黒い箱を横にそっと押す。そして手を離すがその高さをキープしたまま箱はスーッと平行移動していく。


 ゴゴゴゴッ。

 振動音がした。

「秘密基地っ!?」とおんが小さく声を上げる。

 えっ、まさか?

 いやいやいや、ぜんぜん違う。トラックのコンテナがゆっくりと開いていったのだ。

 だが、コンテナが開ききるとそこにあったものは、秘密基地と同じくらい、いやそれ以上に興味をそそるものだった。

 黒い特徴的なある形がコンテナの中央に鎮座していた。

「あれって……」

 ゴクリ…… 俺は言葉の先を続けるのをためらった。

 とおんが口に人差し指を当てたからじゃない。その言葉を口にすると、また言ってる、バカじゃないのというような反応ばかりされてたからだ。


「なっ、なにあれ…… そ、空飛ぶ円盤じゃないの……」とおんの押し殺した声が震えていた。

 うすい皿の上に厚い皿を反対向きに重ねたような形。あるいは、中央部分が盛り上がった目玉焼きのような形。その形は世界中の国の空で目撃されているあれの一つだった。

 そう、それは未確認飛行物体、UFOにそっくりだった。大きさはそれほど大きなものではない。

「真っ黒な円盤だ……」


 若い男が入った黒い棺はスーッとその円盤の方に移動していく。途中で研究員が片手を軽く添えて軌道を修正する。

 研究員のガイドによって、円盤の一部欠けていたところに挿入される。全部入ると円盤の縁とぴったり一致して、なめらかな連続面となった。


「ポッドの挿入を完了しました。同期までには三十秒を要します」研究員が言う。

「ふむ」八木亜門が静かに見つめる。


 ボゥワン。

 約三十秒後、黒い円盤の縁がぼんやりオレンジに光った。棺のシルエットを隈取った色彩と同じだ。


「同期完了。起動できます」さっきの研究員が言った。


「よかろう。全員、退避行動。遮蔽板を保持し所定の距離を確保。ヘリテージから離れろ」八木亜門が言う。


 八木亜門の言葉に研究者たちが全員、コンテナから離れた。それだけではなくコンテナに積んであった透明なガラス板みたいなものを掲げた。遮蔽用の道具のようだった。ただ一人一枚ではなく、面積が足りなくて研究者同士で押しくらまんじゅうみたいになる。


「ははは、ビビりすぎだ、おまえら。十メーターも距離を取ればなんてことないって聞いてるだろ」

 今岡がバカにしたように言う。それでも彼と八木亜門はしっかりと二人だけで大きな遮蔽用のガラス板に隠れていた。


「危険なの?」 とおんがこっちを見た。

「わかんない。けど……」

 俺はとおんの前に立った。

「なに?」

「後ろに隠れて。気休めかもしんないけど」

「う、うん…… でも、大丈夫よ。近づかなければきっと安全なのよ。ほらあの研究員なんてぜんぜん板に隠れ切れてないし」


 そう言いながらも、とおんは後ろで俺の肩に両手を乗せて、顔だけ出すようにして様子をうかがう。

 八木亜門が研究員よりタブレット端末のようなものを渡される。にしては分厚いような。


「電波爆発に備えよ」

 な、なんだ電波爆発って?

 研究員たちにも緊張が走ったような気がした。

「浮上!」

 八木亜門が手の機械を操作し叫んだ。


 ヴンツッ!

 これまで聞いたことのあるどんなものにも似てない一瞬の奇妙な振動音を残して円盤は瞬時に空中に舞い上がった。瞬間移動に近いような速度で十メートル空中に垂直に上がり、何事もなかったかのように静止した。


「と、飛んだっ!」

「わわわっ!」

 その形から飛ぶのだということは分かっていたが、挙動のあり得なさに声を出してしまった。


 だが、驚くまもなく大きなラジオの音が耳をつんざく。脳天気な調子のポップスはコンテナの運転席からだ。ワンボックスカーからは盗難防止装置の音がファンファンけたたましく鳴って、またすぐに切れた。

 同時に俺のポケットの携帯も振動し着信音が鳴って五秒ほどで止まった。開いて見たがなんの着信履歴もない。


「電源切っときなさいよ」とおんが小声でたしなめる。

「き、切ってたよ」

 な、なんだ、今のが電波爆発ってやつか。

 秘密の実験をヤオヨロズふぉれすとではなく、こんな場所で行うという理由が分かったような気がした。


「通話可能か、トランシーバーを確認しておけ」今岡が研究員に指示する。

「はい、雑音がかなり入りますが会話できるレベルです」

「遠隔操作の電波も干渉を受けるな。今日届いた増幅ユニットでほんとうに大丈夫なんだな?」八木亜門が確認する。

「そのはずです。それに、これより強力な装置ですと電気通信法だけでなく武器の輸出入の規制にも引っかかってしまいます」と研究員。


 遠隔操作…… それに使われるのか、今日届けた荷物は。

「ふむ。まあ、電波障害は起動時に顕著になるだけだからな。しかし大げさだな」

 そう言って、八木亜門は今岡が傘のように掲げていた遮蔽版を押しのけた。


 棺に入るのを若い男がいやがっていたのは、やはり、あの遮蔽版からも分かるが円盤が人体に危険だからだろう。どうなるというのか。研究員たちの不健康そうな様子が気になる。これに乗ったら病気にでもなるって言うのか。にも関わらず彼を円盤に乗せたのは…… 操縦させるのではない。遠隔操作だって言ったし。


 では、彼は何のために乗っているんだ。

 黒い円盤はどこかまがまがしい感じがした。

「トレーラー班は予定された回収地点へ先回りしておけ」今岡が指示する。

 そして今岡自身も遠隔操作のための機械を手にした八木亜門、それと二名の研究員とともにワンボックスの方に乗り込んだ。


「移動するわ。円盤を動かすのね」

「だと思う。奴らは飛行実験をするんだ。計画が遅れているって言ってた。今日が初めて飛ばすんだと思う」

「それがヤオヨロズアジェンダなのかしら」

「少なくともその一部ではあると思うけど」


「上から指令されたわ。この前、つかみ損ねたアジェンダを調べろって。あたしはそれがなんなのか解明する。さあ、追いかけるわよ。あんたの大好きなU・F・Oを」

「あ、ああ」


 でも、俺は思っていた。あれはUFOではない。UFOとは、Unidentified Flying Object、未確認飛行物体である。あれは未確認ではない。人間が造ったもの。UFOじゃなく、そのまがいものだ。


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