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第四十八話 被験者

 信号が変わってトレーラーとワンボックスが走り出す。

 トレーラーは左に曲がると森へ向かった。左右に木の迫るようなトレーラーにはぎりぎりの狭い道を行くと、さらに左に曲がる。その先でスローダウンしヘッドライトが止まった。


 停止したか……

 とおんは道路からそれてオフロードバイクを林の中に分け入らせた。土の上を走るバイクにゆさゆさ揺られる。少し走って木の陰に隠して停めた。土が柔らかくサイドスタンドが地面に刺さってしまうので、とおんはバイクをゆっくりと倒した。


 そのまま暗い林にまぎれて歩いて彼らに接近した。なにもない林の中の空き地でトレーラーとワンボックスカーは停車していた。


「この場所が奴らの秘密基地の入り口かしら」

「なにもないけど」

「きっとゴゴゴォーって地面が開いて格納庫が……」

「それは君の期待であって、まず『ない』と思うのだが」


「はっ! あの木の枝を捻ると格納庫のスイッチが入る仕組みに……」

 聞いちゃいねえし。お愉しみの妄想タイムには何を言っても無駄だな。


 ワンボックスからは八木亜門と他に四名、そしてトレーラーの運転席さらにはコンテナの後ろの扉も開いて人が出てきた。数えると総勢で九人。声が聞こえる位置までそっと接近した。


 今岡はワインの瓶を抱えていた。

「亜門様、今日という記念の日にご用意させていただきました」 今岡はカタカナの銘柄とか年代物であることを説明した。


「これはまた。大きな顔に似合わず小癪な気遣いができるではないか」

「はは。でかい顔なりに精いっぱい細やかに気配りをさせていただきました」

「ほっほっ。人並外れて巨大な君の顔が心なしか小さくなった気がするよ」

「ほんとうでございますか」

「ま、それはないが。いやいや気配りということは大切なことですよ。今岡くんの顔の大きさはいかんともし難いが、なにかを成し遂げようとするにはディテールが肝心ですからね」

「恐縮です。亜門様」


「ん、私の分だけかね。皆はいいのか」

「こやつらは高級なワインの味など分かりませんから。はは、わたくしもですけど」

「ほっほっ。まあ庶民の皆さんが飲み慣れないもので腹をこわしても困るからねえ。だが船の生活となれば、こういうものを嗜む身分になる。おいおいワインも覚えていくがいい。どれ、味見しておこう。積み荷に入れるほどのものかね」


 亜門はグラスを高く掲げ一口飲むと、ふふふっと一瞬笑い、すぐに真顔になった。

「ヤオヨロズアジェンダの根幹をなす今回の試験に臨み、改めて日頃の諸君らの尽力に謝意を表しましょう。本日の試験の成功を祈念するとともに……」

 八木亜門はひとしきりスピーチをぶった。


「では、これより実証試験をベータ段階に移行する。帽体を用意せよ」亜門が宣言した。

「はっ」白衣を着た研究員の一人が、電極がいっぱいついたヘルメットのようなものを持ってきた。


「被験者は君だったかな」 八木亜門が一人の研究員に向き直った。

「あ、あの、申し上げにくいのですが、じつは風邪をひいているようで」研究員がうつむいたまま言った。

「風邪だと」亜門が眉をつり上げる。

「おいっ、どういうことだっ」今岡が大きな声を上げた。

「ほんとうなんです。夕方から熱も」

「熱…… この肝心なときに熱だと」と八木亜門。


「なぜ体調管理しておかないっ! 今日がどれだけ大切な日か分かってんだろっ!」

 今岡は赤い顔で怒鳴った。怒ると顔がなおさらでかくなってくるように思える。

「もっ、申し訳ございません」


「ふん、興を削ぎおって。しょうがない。代わりに志願するものは?」八木亜門が見渡した。

 白衣の研究員たちがおずおずと互いに顔を見合わせる。

「名誉ある初の試験搭乗だ。皆、希望するんだろ?」と今岡。

「はい……」

 全員が小さいながらも声を揃えた。

「おいっ、なんだおまえら。声が小さいぞ。搭乗したいものは手をあげろっ!」

 今岡の声に全員の手があがった。みな申し合わせたように顔くらいの位置に縮こめた挙手だった。


「さて、誰がいいか…… 君は乗りたいかね」

 八木亜門が一人の研究員に聞く。

「は、はいっ。い、いえ、わたくしも搭乗したいのですが。なっ、なぜかお腹の調子が。申し訳ございませんっ。彼はいかがです? 体重もわたしより軽いですし」研究員は別の小柄な研究員を指差した。


「いっ、いや、申し訳ありません、亜門様っ。実は本日搭乗ということを想定していませんでしたので寝ておりませんで。脳波に異常があるやも。実験に不測な事態を招きかねません。残念です。搭乗すると分かっておれば。あ、彼はどうでしょう?」その研究員も別の少し太った研究員を指した。


「わ、わたしですか? い、いやあ、実はその……」

「なんだ? まさか、風邪とか腹痛とか寝不足だとかじゃないだろうな!」今岡がすごむ。

「ひいぃっ。あ、そうです。人間ドックにひっかかっておりまして」

「どこが悪いんだ」

「胴囲が……」

「あん? 胴囲?」

「メタボなので運動するようにドクターから」

「そんなもん俺だってひっかかってるわ」

「メタボをなめないでくださいっ。肥満は心筋梗塞や脳梗塞にも繋がりかねない万病の元なのです」

「うるさいわっ! 決まりだな、お前が搭乗しろ」

「か、勘弁してください。室内実験でもう五回も。わたしばかりじゃないですか。最近肌色も……」

「まさか、お前たちいやなのか。こんな名誉なことなのに」と八木亜門。


「おいっ!」と今岡。

「ねえ、今岡君…… どうも、皆、この実験の偉大さが理解できてないようだが」


「も、申し訳ございません、亜門様。お、そうだ。今回は彼はどうでしょうか。きっと搭乗をぜひにと念願していると思いますが」今岡が一人の研究員を提案した。


「えっ、わ、わたしがですか」彼というのは俺が荷物を届けた若い男だった。青い顔をしている。

「ほお、志望してくれるか」

「ま、待ってください。今岡さん」

「今回、みなさんに部品を取り寄せるのが遅れて心配させてしまったことを申し訳なく思っていますので」


 納品のことだ。

「部品の手配が遅れたは加能商事のせいなんです」

「そういうところを含めてお前の責任だろうがっ」

「し、しかし、加能商事を選んだのは今岡さんが」


「おれだと? おれのせいだと言うのか!」

「い、いえ、そんなつもりじゃ」

「無責任なんだ。おまえのそういう考え方が今回のような事態を招いたんだよ。だいたいだ、おまえら、なぜヤオヨロズアジェンダに参加することになったのかを思い出してみろっ。企業から脱落し解雇され転職に苦労していたのじゃないのか。路頭に迷いかけていたおまえらのような落伍者にこんな高い給与を払ってくれるところがどこにある。ん、ここから出てどんな生活があるというんだ。もっと感謝しろよっ」


「し、しかし、この実験は身体に……」

「心配するな。これまでも無事だったじゃないか」八木亜門が笑った。


 研究員たちの様子をよく見ると、髪の毛がなかったり、やせ細っていたり、青白かったり、表情がおかしかったりしているように思った。

 身体に影響だって?

「たいしたことではない。メディカルからは問題ないという見解が出てるんだ。それにしても本当に残念な連中だ。偉大な計画だというのに」と八木亜門。

「まったくです。歴史的な実験に参加できるというのに」


「できることなら私が代わりたいくらいなんだがね」と八木亜門。

「いえいえ博士を実験になど。やはり実験には若輩の者がよろしいかと」

「ま、そうであるな」


「なあ、おまえらいいだろっ」

 今岡の言葉に、研究員たちは全員が若い男の顔を見た。

「ま、今回はおまえが一番足を引っ張ったんだ。だがプロジェクトに貢献し皆へ詫びる方法が残されている。せめて搭乗試験に貢献して働きの不足分を補え」今岡が言い放った。


「さあ、拍手でたたえようではないか。みな笑顔で見送ろう。ほほほっ」八木亜門が歪んだ哄笑を見せた。

 パパン、パパン。

 青い顔をしたその男を全員で囲みコールした。

 研究員が電極の付いた帽体を震えている若い男の頭にかぶせる。


「いやです…… あの人ようになるのがいやなんです」

「あのことは言うなっ!」八木亜門がヒステリックに叫んだ。


「バカ野郎っ。しっ、失礼しました亜門様。あれは予見不可能な事故だったんだ。時間が長過ぎた。だが、今回は二十分程度だ。三十六時間も放置しない」今岡が言った。

「ほ、ほんとに二十分ですよね」

「そうだ。室内実験と変わらない。それとも、それでさえいやというなら私にも考えがあるがね」と八木亜門。


「えっ?……」

「我々が開発しているのは人類の未来を担う革新的な技術だ。そのために犠牲となることはとても尊いことなのだ。功績をあげれば、その先には特別の待遇が待っている。だが命令に背くようなことがあれば…… それこそ彼のように収容し別の役割を果たしてもらおう。ま、それもいいかもしれん。眠ってしまえば余計なことで悩まなくてよい」


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