第四十七話 二人乗り
「移動するわ」
「どうしよ?」
「決まってんじゃない。追いかけるのよ」
とおんがヘルメットを俺に渡して「かぶって」 と言う。
「転んだらとおんが怪我するんじゃ?」
「転ばないし! 振り落とされるとしたらあんただわ。それにヘルメットはね、睦人の顔を隠すためよ」
「とおんだって顔隠さなきゃいけないだろ」
「あたしはこれよ」
銀色のラメのヘアバンドを目の位置に降ろすと髪の毛をかきあげふぁさあーってした。怪傑○○みたいなスタイルだ。ドヤ顔なんですけど。かっこいいと思ってるんだ。微妙……
とおんがバイクにまたがる。
「さあ、乗って。しっかりつかまってなさい」
俺はバイクの後ろに乗ってとおんの腰に手を回した。
「ひゃうっ!」
とおんが俺の腕をたたく。
「ちょっ、どこつかんでんのよっ!」
「え?」
「ここをつかみなさいよ。ここっ!」とおんはバイクのシートにあるバンドみたいのを指した。
「だ、だってしっかりって言うから……」
「そういうのってラブラブなカップルの乗り方じゃないの。しかも、ふつー男子が前でしょっ!」
トレーラーが出発し、その後ろに八木亜門が乗ったワンボックスも続いた。
アクセルをひねらず静かにエンジンをかけそろそろと尾行を開始した。丘陵地の道路は緩い傾斜でエンジンの力というよりも慣性にまかせ、ライトもつけず下っていく。坂が終わって前を行くワンボックスとの距離が五百メートルぐらい離れて、初めてとおんはアクセルをひねった。
「うわわっ!」
強烈な加速に身体が後ろに持って行かれそうになる。振り落とされるのはあんたという言葉は誇張でも何でもなかった。
「腹筋に力入れて踏ん張りなさいよ」
やっぱ腰を持った方が。
加速が終わると今度は身体が前につんのめるようになってヘルメットのバイザーがとおんの後頭部をつついた。
「痛っ! も、なにやってんのっ!」
「す、すまん」
「もお、いいから腰につかまんなさいよっ」
「えっ、いいの」
「下の方よ、下の方。胸なんかさわったら殺すからね」
「このあたり」
「ひゃっ! しっ、下過ぎっ。そこ下っ腹でしょっ」
下って言うから……
「じゃ、このへん」
「うえっ! そ、そう。そこなら、まあ…… そっから一ミリも動かすんじゃないわよっ!」
とおんのしなやかで素敵な腰につかまってられるのはうれしいけど、喜ぶのもなんだか申し訳なくてヘルメットの中でまじめな顔を作る。んー、くびれてる、なんてつかまりやすい腰なんだ。二人乗りでつかまるためにあるような腰だ。
ぎくしゃくした動きも大通りに出るまでだった。先頭を行く大型のトレーラーが一本道に出て安定した速度になると、とおんもバイクのスピードを調節し巡航体制になった。
ライトをつけなくても走れるということが意外だった。でも、そうなのかもしれない。夜道を歩くとき、あるいは走るとき電気なんかつけない。それでも見えないわけではないのだ。
暗闇の中をライトをつけずに走るというのは、妙な感覚だった。夜というものに直に触れているような……
ベリーのようないい匂いがした。とおんの髪だ。シャンプーして眠る前だったんだろう。
色彩のない世界に動物的な感覚が目覚めていく。狩りをする夜行性の動物、ハンターだ。俺たちの姿も意識も、ともに闇に溶け込んでいく。二人は夜に同化する。地面ははっきりとは見えない。暗く静かな地平は、日の沈んだ海の上のように思えた。
八木亜門が俺らに感づいていないということが気味がいい。突き止めてやる。どこに行くのか、積み荷はなにかをだ。
トレーラーが交差点の信号で停まった。とおんは距離を取ったまま、すぐに路肩にバイクを停止させた。
「荷物が何か突き止められるかな?」
「どこに運ぶのかという方にも興味があるわね。アジトを突き止められるかもしれない」
とおんは基地がこの能美市周辺にあるのではないかと推理していた。秘密のアジトを見つけることをスパイの当面の目標にしている。
「トマトーマはそうじゃないのかい」
「狭すぎるわ」
「いや、それが思ったよりも広いんだ。ケルビンデザインって同じフロアの会社、あれはトマトーマだ」
俺はとおんに八木亜門がケルビンデザインに入っていったことや、サインのレイアウト図と実際の間取りが不一致だったことを説明した。
「興味深いわね。でも、それにしたって、あたしの追っている陰謀はビルの一つのフロアに押し込められるほど小さくないわ」