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第四十四話 今岡

「おい、なにやってんだ」

「す、すいません、今岡さん」

 離れたデスクでノートPCに向かっていた男が声をかけると、若い男は怯えたような表情を見せた。

 その男が立ち上がりこっちに来る。上司か。


「はあ、加能商事か?」

「はい。いつもありがとうございます」

「ありがとうございますじゃないだろ。納品遅れておいて、なに、いけしゃあしゃあとしてんだよ」

「は? あ、いえ、なんか納品日について行き違いがあったようで。すいません」


 年齢は、四〇過ぎくらいだろうか。四角い顔に短く刈り込んだ髪型、太っているが筋肉質でごつい印象でそれは顔も同じ。面の皮の厚そうなタイプだった。ただ、おちょぼ口だけが違和感がある。男はうさんくさそうにぼくの服装をねめつけた。

 スーツを着てこなかったのだ。納品だけと思ってチノパンにポロシャツだった。

「急に言われたものですから、なるべく早くに持ってこようと思いまして」


「納品日がなんだって?」

「いえ、納品のご希望が本日だとお聞きしていなかったようで」

「はあ、うちのせいだって言うのか。そういうとこも含めて、あんたんとこのミスだろ。客の意向を把握してないってのは問題外だろうがっ」

「いや、御社のせいとかそういうことじゃないんです。今度からこういうことにならないようにと思っただけで……」


「なんだ? 夜中に納品するのは面倒だからやめてくれって言うのか」

「いえ、そうではなくて、必要なときにお待たせせずにちゃんと納品できるうようにと思っただけでして」

「ふんっ。だいたい、今日、持って来いって言わなかっただと。そうなのかっ! あ?」


「え、いや、その……」

 若い男は下を向いた。

「言ってただろ、なあ。今日届けてくれって。どうなんだ?」


 若い男は俺の顔を見なかった。

「はい、たしか…… 言ったと…… そのはずです……」

 うつむいたまま、うわずった声で言った。


 こいつ、うそつきやがった。


「おいっ、加能商事、謝れよ」


 くっ……

「どうも、すみません……でした」

 不本意だが謝る。サラリーマンだから。


「だいたいだ、遅れたこととかどうでもいいんだ。態度だよ。客に向かってどういう態度なんだ。え、だれのおかげで給料もらえてるのか加能商事ではちゃんと教えてるのか?」

「それは、お客様のおかげだと」


「謝れ!」

 とにかく、この手のタイプには逆らわない方がいい。気持ちを殺してもう一度頭を下げた。

「納品が希望通りにならず、すいませんでした」

「ふん。最初から口答えなんかするんじゃないよ」

 今岡と呼ばれた男は俺の目を見た。

「ほんとうに反省してるのか」


「はい」

 反省はしていた。こんなやつがいると知ってたらさっさと荷物だけ渡して帰っておくべきだった。


「い~や。どうも、こいつには分からせてやらないといけないな」


 今岡という男は後ろに下がって携帯で電話をかけた。

「あ、ちょっと黒崎さんさあ……どうなってるんだよ」

 今岡は次長の名前を呼んだ。えっ、知り合いなのか?


「いやいやそうじゃないのよ。いや納品には来たよ。加能商事ってずいぶんご立派な会社だねえ。はは、ネクタイも締めてないようなお兄ちゃんが来て、客に対して文句を言ってるんだけどさ。なんなの?」


 今岡は言うだけ言って、携帯電話を俺に渡した。

『ばかやろうっ!』次長の怒鳴り声が耳に響いた。

『おまえ、なってんだ。ざけんなっ!』

「す、すいません」

『うちの会社は顧客第一主義なんだよ。俺の顔に泥塗りやがってっ。納品一つまともに出来ねえのかよっ!』


 大きな声が耳にキンキン響いた。

 その様子に今岡は口元をゆるませながら俺の手から携帯を取り戻した。

「ま、他ならぬ黒崎さんのとこだしねえ、これで取引停止というようなことはしないけどなあ。俺は寛大な方だから。しかし、使えない部下を持つと苦労させられるねえ。ははは」

 友達のような口調で話してから電話を切った。


「なにぼーっとしてんだ。さっさと帰れよ。おまえ見てると気分が悪くなる」


「すいません」

 失礼しましたと挨拶してケルビンデザインから出る。

「同じビルに入ってるってよしみで契約してやってるが地場の商社の営業なんてこんな程度のもんだ。プロの仕事じゃねえさ」しまりかかったドアをすり抜けて背中にばかにしたような声が当たる。


 そうじゃないように、失敗の原因を突き止めたくて納期の問題を聞いたのだけど裏目に出た。よけいなこと言わずにただ頭下げてればよかった。

 明日には黒崎次長に呼ばれることは必至だ。苦労して最悪の結果だった。


 いやな仕事を引き受けた結果、報われずもっといやなことになる。

 お客様は神様と言う。神様だから理屈じゃない。絶対的な存在でどんな理不尽なことにも耐えなければいけない。昔ある演歌歌手がお客様は神様ですと言った。高度成長期、経済的な成功が唯一の目標になっていく過程で、お客様は神様という顧客原理主義が社会に蔓延していった。


 顧客第一主義、社内研修に来た経営コンサルタントとかが残していった言葉。それが俺の首をじわじわ絞める。誰のおかげで給料もらえるんだ?か…… 誇りとかを引き替えにしないとお金って稼げないのかな? お客とか消費者ってそんなに偉いのか。消費、つかってなくすって行為がそんなに偉いのだろうか。額に汗して働いている人が、なんで使っている人にへいこらしなきゃいけないんだ。


 フランスの店員はえらそうだそうだと聞いたことがある。売るということだって単にイーブンな契約ということで客をバカにしたような態度の時もあるという。うらやましい。


 モンスタークレーマーという存在がいる。お客がいなくなればつぶれるんだ。お客のために労働者は存在しているのだという、経済が最も重視される時代が生んだ怪物だろう。

 俺らは時間とともに誇りを引き替えにして給料をもらっているのだろうか。いっそ、それに染まれば楽になると思う。そういう奴もいる。会社に忠誠を尽くし顧客第一主義を実践する人間。次長はそうだ。そういう人間がえらくなっているし、幸せになっている。


 俺にはできない。こんな考えじゃサービス業には向かないのかもしれない。

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