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第四話 加納由利斗とトナー切れ

 決裁に回ってきた書類のコピーをとろうとコピー機のところへ行くと、機械の前には加納由利斗が立っていた。二人いる後輩のうちの一人だ。


「はあ。弱っちゃったな」

 右の腕で細身のスーツに包まれた身体を抱くようにし、左手を顎に当て思案顔でポーズを決める。

 どうした? と言いかけて我慢する。助け船とか出しちゃだめだ。


「これは困った状況だぞ。あ、せんぱぁーい」

 さも、今、気づきましたという感じで加納の方から声をかけてきた。


「なんだよ」

「トナーが切れちゃって」

 イケメンは、にこっと愛想笑いを返してくる。

「ふーん。たしかに、切れてるな」

「ええ、切れてるでしょ」

 にこにこ。さわやかな笑顔だ。無駄に。


「換えないのか?」

「ええっ! 僕がですかっ?」

「そこ驚くとこじゃねーよっ!」


 こいつ、コピーの不具合=先輩という脳の回路になってないか。

「いやあ、そうきましたか…… はははっ、トナーの粉が黒いなら我が社もなかなかブラックな感じですね」

「なんで、そんなことでブラックとか言われなきゃなんねーんだよ」


「違うんですよ。ほら、このスーツ、グレーでしょ。細身のスタイルがバッチリ似合ってると思いません? 先週の土曜に買ったばかりなんですよ。汚れちゃうのはちょっと勘弁って感じですよね。だから先輩、換えちゃったりしてもらえません?」

「自分でやれっ」


「えーっ、マジで。機械とか無理って感じなんだけどなあ。それに、粉系のものアレルギーだしい」

 加納は説明書を読み始めた。

「コピー機の修理のために入社したんじゃないんだよね~」


 ぶつぶつ言ってる加納を無視して、俺はいったん席に戻った。

 五分後、まだ加納は読んでいた。そして席に戻ってきて、コピー機のサービスコールに電話して粉が飛ばないかと確認しだしたのだ。


「はあ」俺は溜息をついて席を立ち、トナーを交換した。

「なんか、すいませんねえ、先輩。いやー、こんなの修理ですよ、修理。業者を呼ぶべきだといつも思ってるんです」


「ところでさあ、おまえ、あれ、できてんの?」

「へ?」

 ぽかんとしている。


 ほら、こういう奴なのだ。金曜日の会議まであと二日しかない。そろそろ資料を課内で検討しておかないと段取り的にキツのだが、そういう認識がこいつにあるのかとても怪しい。


「な、なんのことでした?」

「おーいっ」

 声をでかくすると加納の目が泳いだ。

「ああ、あれですよね……」


 考えているのか、それとも考えている振りをしているのか……


「そう、それだ。できてる?」

「ま、まあ」

「じゃ、出してみな」

「あれですよね。あれ。えーと。あれと言えば…… す、すいません、ヒントとかいいですか?」


「クイズじゃねーよっ!」

「ひっ」

「資料だよっ、資料っ! 金曜日の会議の」

「あー。……答え言っちゃったし。もおっ」

「答え言っちゃったし、じゃねーよ。できたのかっ?」

「い、いや、まあ、できたとは言いませんけど」


「どこまでやってんだ」

「どこまでだと思います?」

「なんで俺に聞くんだよ?」

 どーせ、こいつのことだから……


「3割くらいか」

「ほほう、その答えでいいんですね?」

 え? ひょっとして半分くらいできてんの。いや、この自信、もう8割型できちゃってるとか。いや、それはないと思うのだが。


「6割くらいか?」

「ブッブー。惜しい。正解は…… まだ手をつけていないでしたっ! 不正解の先輩には、罰ゲームとして僕の替わりに資料を作成してもらいましょう」

「ざけんなっ!」


「まあまあ、怒んないでくださいよ」

「つか、おまえ、まだ、手つけてないの。マジで? 金曜日だよね、会議。明後日じゃん」

「うーん、これは、なかなか厳しいですね。つか、間に合わない? あの、月曜日まで待ってもらうわけには……」


「会議、金曜日だって言ってんだろ」

「はっ! 逆に会議の方を月曜にするってことでどうすか」

「逆転の発想ってわけだな。って、できるかっ!」


「あの、とっても言いにくいんですけど。よろしければ資料の作成を手伝っていただけると。じゃないと、もう無理ってかんじだし……」

 言いにくいなんていう割には、はっきりと要求を口にする。


「いいけどさ。しょうがねーな、分担して仕上げるか」

 あ~あ、結局こうなるんだ。ほんとにこいつ使えねーと思うんだけど、今週に限っては、こいつと良好な関係を保っておきたい。金曜日は会議だったが、夜は飲み会がある。こいつといっしょに女の子と合コンなのだ。チームワークって大切だしな。


「やっぱ、仕事って助け合いですよね」

「おまえが言うな、おまえが」


「なあ、加納さあ、資料2のファイル開いてる?」

 共有フォルダのファイルが編集中というメッセージがパソコンに表示されたので聞いたが、加納はトイレか何かで席を立っていた。


 向かいに行って加納のパソコンの画面をのぞき込むと、そこにはメールが表示されていた。

 金曜日楽しみにしてますという顔文字付きのタイトル。差出人は今度の合コン相手の女子のとりまとめをしている長谷川未理緒だった。予約した店の名前とか、時間とかが本文には書かれていた。


「あれ、こっちには来てないな」

 今度の飲み会は同期の長谷川未理緒から自分が誘われたものだった。そして、後輩の加納もついでにと言われたのだ。だから、こういう連絡は男子側の幹事である自分に来てていいはずなんだけど……


 なぜか、俺のメールはトラブルが多いような気がする。たとえば女の子をランチに誘ったのに届いてないと言われたり。「あれ、用事あるって連絡入れてたはずだけど」と言われることがあった。しかも仕事のどうでもいいメールじゃなく、肝心なメールの時に限ってだから困るんだよなあ。

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