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第三十七話 停電作戦

 もう残り一分だ。とおんは配電盤のところにスタンバイしているだろう。試すことは出来なかったが照明はちゃんと落ちるだろうか。落ちなければ作戦を実施できなくて何事も起こらない。むしろ安全ではある。


 それでも、俺は照明が落ちてくれればいいと願っていた。前回の宙吊りのミッションに比べれば怖いという感情はそれほどでもない。でも、この前の時のように戦闘になったら…… いや、こんな店の中でそれはないだろう。しかも暗闇になるんだし。


 時計を確認しながらテーブルの清掃が終わったふりをして立ち上がり、亜門の席に接近する。

 テーブルの上の配置を記憶する。ファイルの位置、そして料理の載ったいくつもの皿の位置、亜門の前のチューハイかなにかのコップはピンク色の液体が半分くらい残っている。


 残り三十秒、俺は片目を閉じた。

 暗闇に乗じて青いファイルを奪う。持っていたファイルと交換して気づかれるのを遅らせる。シンプルな作戦だった。大丈夫。やれるし、やる。とおんや美々さんにいいとこ見せるんだ。


 秒針が残り十秒を切る。五・四・三・二・一・ゼロ……

 一秒ほどのタイムラグの後に、ふっと暗闇が訪れた。


 とおん、やったな。別の場所にいるけど存在を感じた。次は俺の番だ。


「なっ、なんだ、なんだ!」 「て、停電!?」 「きゃっ。暗ーいっ」

 店内のいたるところで同じような反応が同時に起こった。パニックになったというよりもハプニングを楽しんでいるような歓声の方が多い。


 俺は左目を開いた。閉じていたその目が利き目で視力もいい。

 見える。ぼんやりとだが物のシルエットが分かる。あらかじめ瞳孔を暗順応させるために片目だけを閉じておくというとおんの言葉は正しかった。


 すぐさま接近する。手探りでテーブルの感触を確かめる。全てが黒に近い群青で色のない世界だったが、テーブルや人影の輪郭は把握できる。


 色のない亜門の手がテーブルの上を探る。大切なものを探している。そう、ファイルだ。俺の目にはファイルの輪郭が見えた。

 亜門の手がファイルに掛かる。

 俺はコップを亜門の方へ向けて倒した。カランという音がして氷と飲み残った液体がテーブルに広がる。そのまま亜門の膝へ液体が流れ落ちる。

「うわっ!」亜門が悲鳴のような高い声を上げる。「こぼしたではないかっ。くそっ」


 飲み物をかけたらいい、そう言ったのもとおんだ。暗闇になったら普通は大切なものをつかむ、だから席を立たせるために水をかける。海外でよくあるアイスクリーム強盗の手口だ。

 暗闇の中で八木亜門が席から立ち上がって膝のあたりをはたく。


「なっ、なんだ。最悪だ、くそっ」

「先生、どうされました。大丈夫ですか?」

「べちゃべちゃだ」

 俺はテーブルの上にぼんやりと輪郭を見せているファイルをつかみ、持っていたファイルをそこに替わりに置いた。


 よしっ!!

 作戦成功。暗闇の中で悪態をついている亜門らを尻目にすぐに出口を目指す。


「申し訳ありません。停電のようです。しばらくお待ちくださあーい」店員の誰かが大声を上げる。


 通路を小走りになっていく。壁際のテーブルの窓からかすかに夜の街の照明の光が漏れてくる。そのとき窓から明るいオレンジの光が入ってきた。店内が一瞬だけ照らされ、またすぐに元の暗闇に戻った。

 隣のビルのネオンサインを切り替えたのだろう。

 店の入り口を抜けると三人が待っていた。


「やったの?」とおんが聞く。

「やった」俺はファイルを掲げた。

「急ぎましょう」馬都井くんはボタンを押してエレベーターを止めている。

 乗り込んで一階に降りてビルを出た。


「あ、食い逃げだ……」

 俺はお金を払っていないことに気がついた。

「払っときましたよ」と馬都井くん。「後ほど精算させていただきます」


「お金取るんだ…… とおんのスパイ活動に協力してんのに」

「なによ、あんたの自己啓発でもあるでしょ」


「まあ、そうだけどさ」

「美しい女性二人と楽しくお酒が飲めてひとときの夢が見れたんじゃない。だいたいモテないあんたが楽しい思いしようとしたらキャバクラとか行くしかないし、そっちの方がお金かかるでしょ」

「ひとときの夢ですか。どんどんさめてくよ……」


 俺は夜空を見上げた。

「あれ?」

「どうしましたの?」と美々さん。

「こっちにビルがあったと思ったんだけど……」


 呂磁緒のトイレからビルが見えたはずだったが、隣は空き地だった。方角が分からない。

「任務中、ぼーっとしないっ」ととおん。

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