第三十四話 エア合コン
「あれれ、楽しい居酒屋なのに一人っきりでたそがれてるお客さんがいるよお~」長谷川未理緒だった。
「やっぱ、ぼっちじゃないすか…… いや、やっぱりぼくらがこの店に来るのを尾けてきた。てか、先輩、それじゃほんとにストーカーじゃないすか」加納もいた。
「だっ、誰がストーカーなんだよ!?」
「せめて男同士の飲み会くらいしてんのかと思ったら、あんた、ほんとに一人で飲んでるの? か、悲しすぎる……」
「いや、一人じゃないし! ほら、グラスだって4つあるだろっ。すっげえ美人といっしょに飲んでるんだから」
「……」長谷川と加納は黙って顔を見合わせた。
「ほっ、ほんとにエア合コンしてるっ!」長谷川未理緒と加納が同時に言った。
「なっ、なんでだよっ! いや、違うって! たまたまみんな席を外してるだけで」
「エア合コン…… ほ、ほんとにあるんだ……」長谷川が忌まわしいものでも見るような顔をした。
「ち、違うって! ぬ、濡れ衣だから。エアじゃなくて、ほんとに合コンしてるんだって」
「ぼ、ぼくたちには見えない何かが見えているのか!?」
「どんなイケてない人たちの飲み会かと思ったら、ほんとにエア合コンなんだ…… こ、こわいっ。加納くん、キモいを通り越してコワいわ」ひしっと長谷川が加納の腕にすがる。
「どうやらこの人の残念さは、ぼくらの想像のナナメ上をいってたようですね…… でも、大丈夫。頭のおかしな変質者を未理緒さんに近づかせなどしない。このぼくが守りますっ」
きりっ! 加納はキッと俺を見据えた。
「そっ、それが先輩に対する態度かっ!?」
「ふっ、エア合コンなどという残念な妄想をするストーカーに先輩面される覚えはないっ!」
ムカつくわっ!この後輩、ほんとムカつくわ。
「出河さん、どうしましたの?」美々さんだった。
「えっ」加納が表情を変えた。
「睦人、なあ~にやってんのよ?」とおんだ。居酒屋の制服は脱いでいた。
美人二人の出現に加納の目が点になる。
「いや、俺の後輩がさ、たまたま、ここで飲み会をやってて」
「う、うそだ……」加納は亡霊も見るような目をしていた。
「なにがうそなんだよ。言ったろ、美人と飲み会だって」
「ざ、残念なのは先輩だけじゃないか!」
そうだろ、ふふん……
「って、誰が残念なんだよっ!」
「信じられん。あの出河睦人が……」
「なんだよ、『あの出河睦人』って。だいたい先輩を呼び捨てにすんじゃねーよ」
「いや、なにかの間違いだ。そっ、そうだ、あれでしょ。仕事か何かの打ち合わせとか」どうしても加納は俺が美人と合コンしているというのを認めたくないらしい。
「見苦しいぞ、加納! いさぎよく負けを認めろ。俺が女子と合コンしてるという事実をっ!」俺はさっき加納がそうしたように、加納のひたいにビシッと人差し指を突きつけてやった。
「……そうね、ある意味仕事ね」
「とおんっ!」
頼むから察してくれ。そこは口裏あわせるとこでしょ。
「なあんだ、やっぱり。そうだと思ったんだ。仕事の打ち合わせだったんだ」
「打ち合わせじゃなくて、まさに仕事中なんだけど……世界の命運を左右するような重大な仕事のね」ととおん。
「とにかく仕事関係なんですよね。あはは。あ、そうだ、せっかくだからぼくも一緒に飲もうかな。あらためまして先輩と同じ会社の加納って言います」
「ちょ、ちょっと、加納くん」長谷川未理緒が妙な展開に横から口を出す。
「ほら、長谷川さんもいいじゃないすか。あ、彼女も同じ会社なんですよ」
「わたしは別にいっしょにとか……」長谷川は不満げな顔だ。
「ま、いいじゃないすか。長谷川さん、ぶっちゃけ、間下と坂本は真奈ちゃんとえれんちゃん狙いなんだよねえ」
「な、なにそれっ」
加納はなかば無理矢理に長谷川を座らせ、自分も席に着いた。せめーよ。
長谷川は加納の変わり身に不満があるのだろう。いつも女子のグループの中で一番目立っている彼女でも、美々さんととおんという突き抜けた二人と一緒にいるのは居心地悪く感じるのか。
「うちの会社に来てましたっけ? えっ、来てない 。あ、そうですよね。こんな美しい方が来たら絶対覚えてますもん。はは。で、どんなお仕事してるんですか?」
「そうですわね。まあ、商社関係とでも言っておきましょうか」と美々さん。
「へえ、OLさんなんですか。なんか違和感ありますね。もう、二人ともモデルかと思っちゃいましたよ」
調子いいこと言いやがって。
「よかったら、先輩の商談、ぼくが代わりに承りましょうか」
「おまえ、なに言ってんだよ」
「同じ係なんです。先輩も最近忙しいですし、先輩を助けるのは係りの者の責務ですからね」
「そんな言葉、おまえがうちの係に配属されてから初めて聞いたよっ」
「ね、そろそろ、コンパなんだし、みんなのテーブルに……」長谷川は戻りたそうにしている。
「ま、いいじゃないすか…… あ、そうだ、トレードでどう? ぼくがここに残りますから先輩と長谷川さんであっちのテーブルに行ったら。ほら、あこがれの合コンですよ。エアじゃなくて」
「ちょっ、なんで出河睦人と……」
「なんで、俺があっち行かなきゃなんねーんだよ」
加納がやれやれというふうに首を振った。
「なぜ? そこを聞いちゃいますか…… 言いにくいですけど気を悪くしないでくださいね。あえて言うとすれば、ぼくがイケメンだからじゃないですか? やっぱ、こんな綺麗な方々にアレな先輩はふさわしくないでしょ」
「なんだよその言い方。気を悪くするよ。ふさわしいとかふさわしくないとか関係ないだろっ。だいたいアレな先輩ってどういうことだよ」
「言わせちゃいますか。つまりブサイクじゃないですか。だいたいその髪型なんなんですか」
「失礼だな! 髪型だっておしゃれだろ。ソフトアフロさ」
一週間前に髪切りに行ってコンパのために決めたものだった。
「ソフトアフロ?」
「雰囲気あるだろ。アーティスティックってか、エッジな髪型だってお兄さんも言ってたんだ」
「先輩がやるとお洒落に見えないんですよ。ってか頭でかいんですよ。かみなりさまじゃないですか」
「だっ、誰がかみなりさまなんだよっ!」