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第三十三話 アジェンダ

 俺ととおんはテーブルに戻った。四人で端末の映像に目を凝らす。

 魚の口の中に仕込んだマイクが拾う音声は湿った感じがした。カメラは残念ながらターゲットの顔が切れてネクタイのあたりを撮している。


『実施は来週の今日で変更ないのですね、亜門博士』

『時間も二十一時で当初の予定通りだ。動力機関部分は既に完成しておる。それを組み込んで研究室内での実験を来週頭には終了できる目処だ』

『おおむねアジェンダのスケジュールに沿っているということですね。年内にもフェーズ1に移行できるか…… ヤオヨロズ・アジェンダの実現に近づいています。望ましいことです』


 魚の口から映し出された映像に男が鞄の中から青いファイルを出して開くのが映っていた。

「ヤオヨロズ・アジェンダ?」

 俺はその言葉を口に出した。

「アジェンダって指針とかって意味ですね。政治の世界では計画というふうにも使われます」と馬都井くん。

「つまり組織的な計画、陰謀があるってことよ。やっぱりあたしの読みは正しかったわ」ととおんがドヤ顔をする。


『先生の研究開発にアジェンダの進捗がかかっております。どうか遺漏のないようにお願いします。この世界に革新をもたらす研究ですので』

『研究室に来てもらえれば実験も見せられるのだが』


『危険ですね。そもそも、なぜ東京を離れ民間のオフィスビルに入居しているのか考えてください。我々が関与していることは伏せておかなければなりません。上層部は計画を内偵している存在を危惧しています。先日のビルの壁面から諜報活動していた者の件もありますし』


 俺らのことだ……

『気にし過ぎではないのか』

『いまだって、どこかから我々をうかがってないとも限りませんよ』

 その言葉がカメラ越しに俺たちに投げかけられたような気がしてどきっとした。


 しばらく映像を見続けていたが突然画面が乱れラジオをチューニングするようなひどい音がした。それきり画像の受信は調子が悪くなって映らなくなってしまった。


「あのファイルが気になるわ」とおんが言った。

「ヤオヨロズ・アジェンダというのを記した計画書なのかしら」と美々さん。

「おそらく」と馬都井くん。


「決めた。あのファイルを手に入れる。それが今日の最終ミッションよ」

「今でございますか?」いさめるようなニュアンスで馬都井くんが言う。

「そうよ。チャンスってのはそうはない」

「たしかにそうですわね。でも、どうしますの。力づくで奪いますの?」と美々さん。


「やわそうな男たちだから楽勝だと思うけど、それは諜報活動としてスマートなやり方とは言えないわ」

「警察を呼ばれるようなことは避けた方がよろしいかと」と馬都井さん。


「あ~、懲らしめたい懲らしめたい。誰でもいいから悪者とかを懲らしめたいですわ」美々さんは拳を手のひらに打ちつけた。

「懲らしめたいって…… 暴れたいだけじゃないすか」

 むしろ俺らの方が悪者なんじゃないかと思う。


「停電作戦……」とおんがつぶやいた。

「停電作戦?」俺は聞き返した。

「そお。暗闇に乗じてファイルを奪うミッションよ」


「また、ベタな…… ミッションってほどのもんじゃ。なんかミニスカ大作戦と同じ香りがするんですけど」

「なっ、なによ。ミニスカ大作戦はあんたのせいで失敗したんでしょ。このエロリーマン」

「ぐうっ。そ、そうでした……」

「電気系統を調べるわ。来て」


 制服を着ているとおんと俺がそれをすることにした。店の奥の厨房を知らないふりをして行き過ぎて通路を進むといくつか扉があった。倉庫やらロッカールームみたいな場所だった。


「配電盤ない?」

「うーん、どうかな……」

「じゃ、あんた、ここ調べてて。あたし、あっち見てくるし」

 とおんは行ってしまった。


 にしても、なにしてんだろ、俺……

 少し酔ったのか身体が熱い。夜風に当たりたくて窓を開けた。

 予想に反して隣のビルが間近にあって、あまり夜の街並みが一望に開けたという感じじゃなかった。


 そっちのビルの外壁は半透明なすりガラスのようになっていて、内部の照明が透けて外壁全体が銀色に輝いている。すりガラスの向こうに人影があった。照明の角度のせいか、やけに細長い人間のシルエットが外壁パネルの向こうをゆっくりと歩いていた。髪の毛に生温かい風が触れて、向こうのビルとこちらのビルの隙間を下から上に抜けていった。なんだかふわふわする。身体が宙に向かって浮いていきそうな、地に足が着いてないって言うか…… そんなに飲んでないのに。


「あったわよ」

 背中から声をかけられてドキリとする。とおんだった。

「あ、ああ」


「なに、さぼってんのよ」

「いや、ちょっと熱くて」

「酔っぱらってんのお?」

「それほどじゃないけどさ」

「配電盤確認したから戻ってていいよ」

「とおんは?」


「あの青いファイルに似たようなのがないか探してみる。

あれば、すり替えて時間稼ぎが出来る。あんたは戻ってていいわ。いつまでもゴソゴソしてちゃ目につくし」


 席に戻ると、美々さんと馬都井くんの二人もどこかに行っていなかった。トイレ?

 店員の制服を脱いだ。そのまま座ってちゃサボってるふうに見えそうだし。

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