第三十二話 創作舟盛り
「カメラを仕掛けて奴らの会話を傍聴したいわ。うーん…… そうね、あの皿をつかうか」 とおんは客が帰ったばかりで、まだ片づけていないテーブルの魚がでんと乗った皿をさした。
「舟盛りかあ」 確かにそういう大掛かりな皿でないとカメラを仕込むのは難しいだろうと俺は思った。
とおんは大きなヒラメが船に乗った皿の偽装に取りかかった。小型カメラをヒラメの口の中にぐいぐい無理矢理入れていく。
「ほら、これで分かんないでしょ」
「うん、まあ……」 とおんって割と雑だよなと思う。
不自然にえらのあたりが盛り上がってないわけではないが、とりあえずカメラのレンズは見えない。
「でも、これ、ほとんど刺身が残ってないけど?」
「他の皿の余り物を乗っけるのよ。刺身ないの?」
「あるけど。これだけ……」
三切れだけ他の皿に残っていた。それを俺は乗っけた。 ヒラメじゃなくて赤身の魚だけど。
「ぜんぜん足りないわ。その牛肉のたたきも乗っけちゃいなさいよ」
微妙に刺身ではないと思うのだが…… ま、でも、そういうの回転寿司にもあるよな。ただ、それも二切れしかない。
「そのこんにゃくいいんじゃないの」
「え?」 こ、こんにゃく?
「ほら、刺身こんにゃくとか言うじゃない」
「いや、でも、これ、おでんだけど……」
「いいのよ。こんにゃくはこんにゃくだし。ほら、この路磁緒って店、創作和料理ってなってんじゃん。創作よ、創作」
舟盛りの中央に妙に重量感のあるこんにゃくが鎮座した。違和感がひどい。料理のセンスってのは女子力が問われるところだが。うーむ、とおん、やはり外見以外はポンコツなのか。
「少し豪華になってきたかな」
こ、これを豪華と言ちゃいますか……
「でも、まだ、ぜんぜん量が足りないわね。おっ、茶碗蒸し残ってるじゃん」
「いやいやいや、さすがに茶碗蒸しは乗らんでしょ」
「創作和料理よ、創作、創作ーっ」
とおんは茶碗の縁に沿って箸で切り込みを入れると、ひっくり返してプッチンプリンみたいに中身を舟盛りの魚の胴体に落っことした。
デデ〜ン。
「出来た! 創作舟盛り ~日本海のファンタジー~よ」
ファ、ファンタジー…… そもそも刺身という魚を切るだけのシンプルな料理にファンタジーはいらないと思うのだが。
残飯を乗せられてヒラメが悲しげな目をして訴えている。
俺が舟盛りの大皿を持ち、とおんはオーダーされていたドリンクを持って八木亜門のテーブルに向かう。
「サービスのお料理、シェフの創作舟盛り~日本海のファンタジーになります」とおんが宴席の中央の亜門に笑顔で言った。
「サービス。ほほう、ヒラメの活け作りかなにかか」と八木亜門。
ともかく俺は舟盛りを彼らのテーブルに置いた。とおんが皿の向きを変える。カメラが口の中にあるから、ヒラメの頭をターゲットに向けたのだ。
「ん、これは肉ではないか? これはヒラメの活け作りではないのか」
「はい、当店は創作和料理ですから月並みなお刺身の舟盛りなどはお出ししておりません。牛を軽く炙ってみました。わさび醤油でお召し上がりください」
「ふむ、創作和料理か。なるほど。だが、この大きいのはどうもこんにゃくに見えるんだが……」
「いえ、これは日本海の深海に生息する幻のイカ、こんにゃくイカです。わさび醤油でお召し上がりください」
日本海にはこんにゃくイカなど生息していない。
「幻のイカだと。まるでおでんのような……」
「わ・さ・び・醤・油でお召し上がりください」 とおんは亜門の言葉を無視した。
「おうふ! いやこのイカはまさにこんにゃくの食感。これは珍しい。初めて食したぞ。ん、これは何だ?」
次に八木亜門は問題の茶碗蒸しについて聞いた。
そのとき、俺はテーブルに置かれていたメニューに今月のデザート、和風きなこプリンの写真が載っていることに気づいた。器が同じだ。こいつは茶碗蒸しではないっ。プリンだっ!
「茶碗む……」
「おっ、お客さま、こちらは……」 俺はとおんの言葉を遮った。
「う、うに豆腐でございます。わさび醤油でお召し上がりください!」 不本意ながら俺もとおんと同じくわさび醤油にすべてを託していた。
なにかのテレビでプリンに醤油をかけるとウニみたいな味になるといってたことを思い出したのだ。
「ほほう、うに豆腐ね。どれ」
八木亜門はわさび醤油につけて、きなこプリンを食べた。
「うぐうっ! こっ、これはっ?」
バレたか!?
「うほっ。な、なんて上品なうにだ! くさみがまったくない。それでいて濃厚で甘みがすごいっ。たとえて言うなら、きなこのような。まるで、これは……きなこプリンではないかっ」
そりゃ、きなこプリンですから。
「しかし変わった舟盛りだ。舟盛りに豆腐が乗ってるって初めて食したぞ。それにこんにゃくイカか」 亜門が首をかしげた。
「創作和料理ですから」とおんがこじつける。
「しかし舟盛りって割には刺身が少ないような」
「創作和料理ですからっ」
「ところでヒラメの刺身ってあったか?」
「そ・う・さ・く・和料理ですからっ!」
なにを言われても、それで逃げきるととおんは決めたようだった。前から思ってたけどおまえ男前だよ。男の中の男、いや漢字の漢の方のおとこだよっ。ぶれないというのは自己啓発としても見習うべきだろう。
無料のサービスなので、それ以上亜門も何も言わずインチキうに豆腐をせっせと食べていた。