第三十話 合コンストーカー疑惑
美々さんがメニューを開く。
「あら、お肉もありますのね。これは…… いいお肉ですわ」メニューの中でも一番高いものを指さした。
「いや、それ高いっしょ」この居酒屋の中でそれ一つだけ浮いてるでしょ。
ぴんぽーん♪
オーダーのボタンを押す。
「この、炭火七輪焼き、能登牛A4っていうのをいただきますわ」
「い、いくのかあっ!?」
ここの会計、割り勘だよな……
「ねえ、睦人。ひょっとしてお腹とか痛いの?」とおんが聞いた。
「へ?」
「なんか元気ないし。つまんな~い」
「のりが悪いですわね」美々さんも口をとがらす。
あ、あれれ? でも、あのページに……
どういうことだ? 俺は鞄の中に忍ばせていたバイブル、必勝モテルール100を取り出し席を立った。
通路で確認する。
『注 あまりクールを装いすぎてつまらないと言われないようにしましょう。お酒は楽しく飲んでこそ!』そんなことが小さなフォントで書いてあった。なんで、そんな大事なことがちっちゃく書いてあるんだ。
「先に言えよっ!」
本を投げ捨てた。
「でっ、出河睦人っ!」
「えっ!?」
そこにいたのは会社のOL長谷川未理緒だった。
長谷川だけではない。他に後輩の加納とその友人二人もいた。
あ! そういや例のコンパ、今日じゃん。
「なんであんたがここにいるのよ? ストーカー?」
心ない言葉を長谷川がかける。
「だっ、誰がストーカーなんだよっ!」
「先輩、さすがにそれはひくでしょ…… 人としてやっちゃいけないでしょ」
「ひ、人としてってなんだよっ。人としてって。だからストーカーとかじゃねーし」
「最低だわ。いくら合コンに誘われなかったからって、つけまわすなんて。加納くんっ、こわい~っ」
長谷川は加納の腕にすがった。
「い、いや、だから違うんだって! 俺の方も今日は飲み会で…… たまたま同じ店だったってだけだから」
「悲しいですよ。うそをうそで塗り固めて。ここはあなたのような人の来るところではないっ。帰りなさいっ!」
人差し指をビシッと俺の眉間に加納が向ける。毅然とした態度は、完全に俺を変質者だと決めつけてた。
「な、なんだよっ、おまえ先輩に向かって。くううっ。うそじゃねーしっ。俺だって一人じゃなくて飲み会してるんだ。かわいい女の子だっているし」
「はあ? 女の子ぉ…… それ妄想?」長谷川が言う。
「妄想じゃないっ! ほんとうに合コンしてるんだってば」
「いやいや、ありえないでしょ」と加納。
「あれだわ、エア合コン的な?」
「エ、エア合コンってなんだよ。そんな言葉初めて聞いたよっ」
「一人なのにグラスとか料理だけは人数分あるみたいな?」
「はいはいはいはい。長谷川さん、追いつめちゃダメだよ。そのへんで勘弁してあげましょう。一応、俺の先輩なんですから。トナーとか交換してくれる優しいところもあるんです」
「おいっ、聞けって! ほんとに合コンしてるんだってばっ。テーブルに来たらいいじゃないか。テーブル来いよ。てめえらがびっくりするような美人を見せてやるよ」
「長谷川さん、気をつけてください。あれですよ、ついてったら、そのまま拉致られちゃいますよ。罠です」
小声で加納は長谷川に耳打ちした。
「うわ、こわい~。遠慮しとくわ」
「違うしっ!」
「失礼ですが、お客さま。他のお客さまのご迷惑になりますので……」通路で大声を出しているのを店員に注意されてしまった。
「あらあ、ごめんなさい。ま、エア合コンのキャワイイ女の子によろしくねえっ。ぎゃははっ」
長谷川と加納は笑いながら自席に戻っていった。
「くううっ」
「こちらはお客さまのもので?」
店員がバカみたいに突っ立っている俺にフロアにたたきつけた必勝モテルール100を手渡した。そいつの目が笑いをこらえていた。