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第二十八話 ミッション イン 酒膳 呂磁緒


 酒膳呂磁緒さけぜんろじおはエレナビルの七階になる。他の階はキャバクラとかが入居している飲食ビルで、六階にはちょっと大きなクラブ(DJのいる方の)も入っている。


 歓楽街っぽいビルだが最上階の八階だけはなぜか昔から広々とした書店になっていて、高校生くらいの時によく来た。ちょっと穴場みたいなその書店がお気に入りだったのだ。


 二つ並んだエレベーターの一つに乗って上がると、すぐ呂磁緒の入り口で大きな生け花の前衛的なのが出迎えた。

「いらっしゃいませ」

 最近熱愛が発覚した俳優に似たスタッフが声をかける。

「予約を入れていたのですが」

 店の手配をしていた馬都井くんが言って、俺らは紺色の作務衣みたいな制服の女の子に席へと案内された。


 結局、予定時間ちょうどの十九時三十分の入店だった。余裕を5分ほどみていたのに少し時間がかかっている。とおんのせいだ。


 和風ダイニングっていうか、あまり安くない感じの居酒屋だ。ネットで見たら料理とかも凝っている風だけど、おいしいかどうか。それなりに評価は高かったけど。でも、きっと女子受けはいいよな。内装とか洒落てるし。


 七階のフロア全部を占有する呂磁緒は、広い空間を格子戸をイメージしたパーティションや和紙のカーテンみたいなのでゆるやかに区切っている。囲まれ感と他の客が見えるというにぎわい具合がちょうどいい。


 テーブルは天然の無垢材で木の肌触りがざらざらしてる。障子紙を貼った行灯風の照明はほのかな明るさで、和紙のパーティションに貼られた金箔にぼんやりと反射している。蒔絵を施された朱色の漆の箸が四人分並べられていた。


 ヤオヨロズふぉれすとビルに俺が宙吊りになることで撮影できた数十秒の映像にはホワイトボードが映っていた。その予定表の金曜日のところに二十時、ロジオ、定例報告と記載されていたのだ。


 今日、俺たちは飲み会をするために来たのではない。あくまで八木亜門がやっていることを突きとめるというミッションだった。スパイになることで男を磨くという俺の自己啓発セミナーはまだ続いていたのである。


 ともあれ、今回のミッションは三十一階立てのビルの屋上からぶら下がるというような無茶なものではない。あれはヤバかった。今回は単に八木亜門と誰かが会う場所で待ち伏せ、定例報告とやらの内容を探るというごくごく普通のミッションで無難なものだ。少なくとも落っこちる心配はない。


「しかし、こんなところで定例報告とかってするのかな。定例報告という名のただの飲み会だったりして……」

「ジェームズボンドだってカクテル片手にホテルのバーとかでよくスパイしてるじゃない。国際的な陰謀は夜、アルコールとともに暗躍するのよ」ととおん。

「ま、ここは居酒屋だけどね」

思いっきり和風のまったりとした空間なのだが……

「いいえ、陰謀は必ずあるわ。世界の命運を握るような」

 なんでそんな自信あるのかな……


「お客さま、お飲物の方を……」

「じゃ、とりあえず生中」と俺。

「おなじもので」と馬都井くん。

 とおんと美々さんはさんざん迷ったあげく、名前の長いカクテルを注文した。


 スパイの任務なのに酒を飲むというのは、店の人に怪しまれちゃいけないからということなんだそうだ。決して飲みたくて飲んでるんじゃないと言うのだが…… なら、そんなに真剣に迷わなくても。


 生中は釉薬のかかっていない焼き締めの陶器で出てきた。二尾の小さな青と黄の魚の文様が泳いでいる。

 カクテルはガラスの冷酒用のお銚子に入っていて、それを九谷焼のさかづきで飲むというスタイルだ。


「かわいい」

 女性陣はお互いのさかずきに、お銚子の中の生フルーツのスムージーにスパークリングの日本酒を加えたオリジナル和カクテルとやらを注いだ。

「かんぱ~い」


 テーブルは大きめで六人くらいまで座れそうだ。そこに美々さんと馬都井くんが並んで座って、反対側にとおんと俺だ。俺ととおんの席からは入り口付近の様子が伺えた。


「ともかく美々の自己啓発セミナーにようこそ。受講生の宵宮とおんさんと出河睦人さん。セミナーの入会をお祝いいたしましょう」


「そもそも、なんで自己啓発セミナーをしようと思ったの。てか、ふだん美々ってなにしてんの?」とおんが聞く。

 俺も気になっていた。


「ん、OLみたいなこともしてますわよ。普通に働いてますわね。ただ自己啓発セミナーは、もっと自らの発想で前向きで革新的ななにかを始めたかったのですわ」


「吉良守家は、大政奉還以来さまざまな事業を手がけてまいりました。お嬢さまの代になって新たに何かを始めるにあたって、生涯学習的なものに目を留めたということでございます。今風の言葉で言えばベンチャービジネスですよ」


「ふうん。でもOLなんでしょ。そんな時間あるの?」

「お嬢さまはキラモリグループの役員をしておりますが非常勤ですので」

「月に5日出るくらいでよろしいのですわ」

「えっ、や、役員!」

それってOLって言うか。



「てか、美々さんと馬都井くんってどういう関係? ひょっとしてつきあってんじゃ?」ととおんがどストレートな質問をする。

 それも気になっていた。


「とおんさまのご期待に添えず残念ですが、それはございません。わたくしが美々さまのおそばに仕えておりますのは家業なのですよ」

「家業? なにそれ」とおんが聞き返す。


「家業が美々に仕えるってどういうこと?」 俺も聞いた。

「馬都井の馬はほんとうに馬なのです。代々、吉良守家の馬廻り役だったのですよ」


「それっていつの時代の話だよ」

「おおよそ300年前からでございます」


「じゃ、仕事はそれってこと」 ととおん。

「いえ、ま、一応会社にも週に3回は顔を出していますよ」

「役員は暇なのですわ」


「役員? 馬都井くんもそうなの?」 と俺。

「そうですね。役員というのは……なんでしょう、副業みたいなものでして。馬廻り役こそが300年来続く馬都井家の本務と認識しております。現代では馬の世話はございませんので、勤めの内容と言えば個人秘書でしょうか」


 なんか、よく判らないが、金持ちが暇を持て余して遊んでいるようにしか聞こえない。

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