第二十七話 うきうきとおん
ショーウィンドウを縁取る幅の広い金属のメッキがぴかぴかの鏡みたいで、とおんはそこで目をぱちぱちさせ化粧を気にしてる。全身も姿見のように映っててファッション誌のようなポーズを取った。
ポーズは、ショーウィンドウの中のミニスカートのマネキンと同じだ。
は、張り合ってるのか…… それ人間じゃねーし。
でも顔の大きさも足の長さも、つくりものの行き過ぎた理想のプロポーションに負けてはいない。
こいつ自信あるんだろうなあ。
金曜日の十九時、香林坊の喧噪だ。待ち合わせは大和デパートのエントランスで、ガラス扉越しにまばゆい照明に照らされた化粧品売場が並んでいた。
通りの木々は電飾されて、顔を上げるとビルの隙間の夜空はちっちゃい。暗闇は遠くに追いやられてる。
あ…… 流れ星?
小さな光の点がしゅーっと小さな空を移動していた。
人の流れ。わいわいがやがや、デートするカップルやコンパに向かう学生たち。社会人の飲み会のグループにショッピング帰りの大きな紙袋を持った女の子。
遊びに来ているわけではないけれど、今日の四人もはたからはダブルデートみたいに見えるかもしれない。
とおんが振り返ったとき髪の毛がパアッと広がりシャンプーみたいな匂いが飛んだ。
「ねね、美々ってば。この靴、変じゃないかなあ?」
とおんはカメレオンみたいな個性的な色をしたヒールの片足をあげた。
「ええ、とてもかわいいですわよ」
「ありがと。美々のワンピースもすっごくいいし」
「うれしいですわ」
女子同士の誉め合いが続く。なんだ、この茶番。
俺が顔をしかめると、まあまあ、ほっときましょうよというような表情を馬都井くんはした。
「出河さま。これも鍛錬ですよ。モテるためのトレーニングです」
小声でささやく。
「へ?」
「いらだちを抑え女性のペースに合わせるという試練でございます。平常心を鍛える研修の一環と考えましょう」
なんてウザい研修なんだ。
「ね、睦人、写メ撮ってよ」
とおんが自分の携帯を俺に渡す。
「へいへい」
美々さんの腕にとおんが自分の腕を絡ませピースした。
カシャ。
携帯を返す。
「ちょっと、ちゃんと撮してよ。これ、目、変じゃん。もお! もう一回っ」
め、めんどくせえ……
それから、みんなで人の流れに乗っかって片町のスクランブル交差点の方へ移動した。
とおんは通りの店から流れてくるBGMにあわせて鼻歌まじりに、スキップというかステップというか、跳ねてる。もう酔ってる?
「ちょっと雑貨とかも気になるなあ。今、目覚まし時計が欲しいのよね。音楽で起きれるやつ」
とおんが雑貨屋のディスプレイのに目を留める。
「こんど、雑貨屋さんなんて、ごいっしょしましょうね」と美々さん。
二人、やたら笑って、きゃっきゃ言ってる。
「ビストロ クストフです。今、レディースプランってのをやってまして……」
黒いエプロンをしたイケメンがとおんと美々さんに声をかけてきた。
「わたくしたち、これから用事がありますので」
「まあまあ、そう言わずにサービスしますから……」
「えっ、飲み放題つきで女の子は二四〇〇円なの。えええっ、デザートまでっ? うそっ!」 ととおん。
「いかがでしょうか?」
「そ、そんなものには誘惑されないわよ。あたしには大切な任務があるんだから。だめだめっ…… でも、空腹にしっかり対策しておくというのも……」
「とおんっ!」 俺が声をかける。
「はっ! あ、ご、ごめんなさあい」
ビストロのイケメンを振り切った。
「カラオケいかがでしょーかあ」
別の客引きだ。カラオケ店のオレンジ色の制服着た女の子がとおんを呼び止める。
「え、なに、これ割引券?」
「遅くなると部屋取れないですよ」
「予約しといたほうが無難ってこと。うーん、二時間後くらいなら終わるだろうから、いや、もう少しかかるかな。ね、美々、ど、どうしよう?」
「とおんっ!」 と、また俺。
「はうっ!」
遊ぶ気満々じゃんっ!
率直に言って女スパイは浮ついていた。はしゃいでいると言っても過言ではない。そういうとこがへっぽこなんだ。
「とおんさ、ちょっとうきうきしてる?」
俺は聞いた。
「ぜっ、ぜんぜん、うきうきなんかしてないわよっ! な、なに言ってんの。うきうきなんかするわけないじゃん」
「そう?」
「ばっ、ばっかじゃないのっ」
動揺を隠しきれない。
「さっ、さー、行くわよっ。金曜日の夜だからって浮わついてちゃダメなんだからねっ!」
おまえが一番ふわふわしてるがな……
でも、こいつ、スパイの日常ってきっと友達と飲みに行くことなんてないんだろう。
俺も友達いないからそんな機会ないけどさ。やめよう、悲しくなってきた。