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第二十六話 アクリル板と成功報酬

「カメラとられちゃいましたわね?」

 美々さんがとおんに聞いた。


「うーん。まあ、カメラも無線の送信部品も市販品の組み合わせだしアシはつかないからいいけどね。経済的な損失は経費で落とせる。それより登攀装置の方が問題……」

「特殊なものですの?」と美々さん。

「支給されたものよ。装備の開発部門で造ったやつだから、なくしたら報告しなくちゃならない。中の部品はメーカーとかシリアル番号とかは削ってるからアシはつかないだろうけど、でも面白くないわね。あたしの評価に響くわ。回収に行かないと」


「登攀装置はわたくしたちが回収に行った方がいいですわね。出河さんととおんちゃんは見られていますから」

「そうね。お願い」

「了解ですわ。連中がいたらあきらめるしかないですけど。とにかく行ってみますわ」


 美々さんと馬都井くんは、二人で登攀装置の回収に向かった。


 部屋には、俺ととおんが残された。

「と、ところでさ、あの…… とおん、れ、例の件だけど」


「え?」

「例の件だよ」

「なによ、例の件って」

「その、エージェントに対する成功報酬っていうの……」

「あん?」

「恥ずかしいなあ。俺の口から言わせるの。もう。ほら、あれだよ、ちゅー」

「うわっ。憶えてたか」


「いや、まあ、別に今じゃなくてもいいんだけどね。でも、ほら、こういうことって盛り上がっているときにしちゃったほうが、お互い思い出感が深まるんじゃないかななーんて」

「ま、わかったわ。目を閉じて」

「ええっ! ほんとにいいの?」


 いや、まさか、そんな…… え、マジで。ほんとにいいの。ダメ元で言ったんだけど。

 そう思いながらも、俺は目を閉じた。


「いいわよ」 

 間近にとおんの顔があった。

 ち、近い。近いって!


 女の子にこんな顔近づけたのは初めてだった。い、いいのか。なんか申し訳ないような気がする。いや、きっと、とおんだって俺のことが好きなってきてんじゃないか。だって彼氏にしたいタイプは一流のスパイだって言ってた。今日の俺はそれに限りなく近づいているはずだ。

 ごめんなさいっ。でも、ぜったいきみを幸せにするから……


 むちゅうううう……

 ガツッ!

 俺の初めての甘い口づけはなにかに阻まれた。


 透明アクリル版だった。登攀装置がちゃんと作動するかどうか試すのに使ったあれだった。

「ちょ、なんだよっ、この板っ!」

「だってミッションに成功したらって約束でしょ。ターゲットに見つかっちゃったし成功とは言えないわよ」


「で、でも、それなりに俺がんばったし」

「だいたい彼氏でもない人とキスするわけないじゃん! そーゆー娘がいいわけ?」

「そうじゃないけど……」


 くそっ、だまされた。あんなにこわい思いしたのに…… 死にそうになったのに……

「ちゅーしてくれるって言ったのに。ぐすっ」

「な、泣かいでも…… わかったわよ、じゃ、次。次、ちゃんとミッション成功させたらしたげるから」

「次……」

「次よ」


 無言が数秒続いた。

「でも、ま、いちおう少しは成果あったし、でもでも、今日はほんとにミッションが成功した訳じゃないから…… これで我慢しときなさいよ。これだって大サービスなのよ」


 彼女は透明アクリル板を持ったまま目を閉じた。

 アクリル板越しのキスはなんだかなあだけど、こんな、数ミリの透明板の向こうに美人の唇があるというのは妙な気分だった。

 こっ、こんなもので誤魔化されないぞ。こんなもので。いーや、誤魔化されないっ!


 おお……

 偽物の成功報ちゅーだけど、まあ、これはこれで……

 透明な板の向こうでくちびるを少しすぼめたとおんのちゅー顔はほんのり赤かった。

 チュッ。

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