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第二十四話 展望ロビーのニアミス

「ぐずぐずしてないで撤収するわよ。敵はすぐにここに来ますわ」美々さんが言う。

 馬都井くんが屋上への出入口がある建屋のところで大きく手まねきをした。


 俺らがその管理棟に入ると馬都井くんは合鍵で扉を閉めた。すぐさま俺ととおんは黒ずくめの扮装を脱ぐ。俺は全身タイツの下はワイシャツにネクタイだったし、とおんも細身のチノパンにオフィスにも合うような白いブラウスだ。銀ラメの覆面は目の位置からヘアバンドの位置にずらす。馬都井くんと美々さんはそもそもスパイの格好をしていない。あっという間にスパイから善良な社会人に変身だ。俺ととおんの服、それに道具をダッフルバッグに詰め込んだ。


 もう一つの扉を開けると階段になっていて、そこも鍵を閉めた。全員で薄暗い階段を駆け降りる。そこはあかあかと照明のともる展望ロビーの階だった。


 業務用階段はそのまま下の三十階から先へも続いていたけれど、階下からはドタドタと勢いよく駆け登ってくる音がした。馬都井はそちらではなく鍵を開けて展望ロビーの方に誘導した。


「しばらく景色でも見ているふりをいたしましょう」

 馬都井くんの言うとおり展望ロビーから階段をうかがっていると、登っている奴らはこの階を行き過ぎてそのまま屋上階へと上がっていったようだった。


 平日だったが、昼時で俺たち以外にもたくさん展望ロビーには人がいたから紛れてしまえば分からない。ヤオヨロズふぉれすとの展望ロビーはビジネスで訪問するサラリーマンたちもショッピングに来る女性客もけっこう多かった。


 すぐに八木亜門と部下の男、さらに数名が上った屋上から降りてきた。五人だ。さっきの男は鍵の束を持っている。警備センターに借りたのだろう。

「ええいっ、逃げられたではないか」顔を紅潮させ八木亜門が怒鳴る。


「いませんでしたね……」

「いませんでしただとっ? 逃がしたら貴様の責任だからなっ」


「亜門様、ほんとに我々が取り逃したとお考えですか」

「そうだろうが」

「こんなこともあろうかと発信器をアンプル弾に……」

「おおっ、発信器をつけてるのか?」


 ま、まずい、アンプル弾はたしかに鞄の中にある。


「つけておけばよかったかなと」

「ばっ、馬鹿者があっ!」


「しかし、あれはほんとうにスパイなのですかね」

「決まっているだろうがっ」


「うそつきは泥棒の始まりといいます。もしあれが泥棒なら泥棒とは言わないでしょう。スパイならスパイと言うはずがない。やはり創作ダンスなんじゃないかな」

「なにを適当なことを……」


「では、ご報告なさるのですか。本部に……」

「え…… そ、それは」八木亜門は口ごもった。


「スパイを捕り逃したということではなく、スパイかもしれない創作ダンスをしている男を目撃した。しかし、まだ継続調査ということで報告しないということでいかがでしょうか」


「……」亜門が考え込む。

「ま、まあそれでいいが」


 思いのほか彼らはそばに来ていた。顔は分からないはずと思いながらも胃が縮み上がる。さりげなく景色を見るふりをして背中を向けた。


「きゃー海が見えますわよおっ」美々さんが展望階ではしゃぐ女子というのを過剰に演じる。

 うわっ。目立つから……


「たっかあーい」とおんも美々さんの演技に乗っかる。

 あー、もうやめて。白々しいってば。だいたい、なにがこわいだよ。さっき、ここよりぜんぜん高いとこから突き落としておいて。


 とおんも美々さんも伊達めがねをかけているのが救いだ。じゃなきゃ二人とも顔で目を引いてしまう。


 八木亜門らのほうをうかがうと、部下の男は目を細めて展望ロビーの客を眺めていた。


 馬都井くんがさりげなく長い足を延ばしてダッフルバッグを押しやってベンチの向こうに隠した。


 俺は座ったまま固まって外の景色を凝視していた。覆面に全身タイツの扮装はあったが、バレるとしたら奴らに接触した俺だ。展望階からは海もそこへとつながる川も平野も見えた。展望階はたしかに高かった。でも、さっき、この外にぶら下がっていたのは俺なのだ。


 うーん、ありえねえ…… ほんっとにスパイじゃん。自己啓発のセミナーというのを超えてるよね?

「とにかく、もう一度、屋上を探せっ。遺留品かなにか手がかりになるようなものはないか。徹底的にだっ」


 八木亜門は男たちに命令して、また業務用階段の方へと行ってしまった。

 ニアミスをやり過ごすことができた。


 展望フロアからエレベーターで降りて、二〇階の二〇〇六会議室の前で美々さんは立ち止まると周囲を見渡し誰もいないことを確認した。

 

「ここが今回のミッションの前線基地よ」

「って、ふつうに会議室ですよね。一時間、一五〇〇円の」と俺。


 ヤオヨロズふぉれすとは一〇階、二〇階、三〇階と貸し会議室のフロアになっている。ビルにはオフィスも多く入居しているので共用の会議室スペースは必須だった。仕掛けたカメラをここでモニターしようという作戦だったのだ。


「出河さん、それじゃ気分が出ませんわ」と美々さん。

「いちいち雰囲気壊すわね。あのね、女子にとってそーゆー気分ってのが一番大事なんじゃない。だから、あんたモテないんでしょ」ととおんも同調する。


「もう、なにも言わねえし」

「まあまあ…… 出河さん。これも自己啓発ですよ。女性という異なる文化を理解するための学習です」


 室内に入ると照明の消えた誰もいない薄暗がりの中でPCの画面だけが生きていた。


「まだデータが受信されていますね」

 馬都井くんが液晶をのぞき込む。

「いけますの?」

 美々さんが聞く。

「はい、表示いたしましょう」

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