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第十九話 たーすーけーてーーーー

「たーすーけーてーーーー」

 俺の悲鳴はふぉれすとビル屋上を吹き渡る風に乗って遠くに飛んでいった。


「大人しく、覚悟を決めなさいよ」

「むっ、無理っ! ちょっ、とおん、押さないでっ。聞いてないって。むりむりむりむり。ないってば。この高さはないって! ひっ、高いってば!」


 下界をのぞき込んだ途端、無理ということが判明し『モテスパイになるんだ』という燃える気概は鎮火してしまっていた。


 三十一階、地上百五十メートルから見た世界は写真でできた地図みたいだった。でも、道路の小さなミニカーみたいなのはちゃんと動いている。人間もだ。

 あそこに落ちるまでに何秒かかるだろうか、そして、その何秒かの間に俺の身体は重力によって時速何キロにまで加速するのだろう。即死だな……

「大丈夫よっ! 命綱だってあるんだから」


 え、と、ただいま俺はスパイ活動中です……


 高層ビルの屋上の縁に俺と宵宮とおんはいた。吉良守美々さんとその執事?の馬都井くんは屋上階に他の者が入ってこないように入り口付近を見張っている。


「作戦をおさらいするわよ」

 俺の意向を無視してとおんが勝手に説明を始める。


「ヤオヨロズふぉれすとビルはガラス張りだから、このガラス面用の登攀装置を使用する。スイッチの操作で密着・解除ができる吸盤になっているわ。ロープである程度降りたあと、これで二十二階のターゲットのフロアのガラス窓に接近しカメラを設置するの。OK?」

 OKじゃねえよ。


「使い方は登攀装置をガラス面に押し当ててスイッチを押すと密着、もう一度押して解除。簡単よ」

 とおんは、三十センチ四方くらいの透明アクリル板を持って、登攀装置のスイッチを押した。

 アクリル板にくっつくはずだったがそうならない。


「あれ」

 なんどかスイッチをカチャカチャ押すがアクリル板にはくっつかない。


「スイッチが入らないわ。おかしいわね」

「電池入ってないんじゃないの」

「バカにしてんの。入れたわよ。ちゃんと単三、四本入れたわよ」

「ちょっと見せて」


 俺はとおんの登攀装置を手にとって裏蓋をあけた。


「アルカリよ、アルカリ。わざわざ電気屋で店員さんにちゃんと聞いたんだから」

「電源が入んないってことは、たとえばプラスとマイナス間違えたとか」


「プラスとマイナス? なにわけ分かんないこと言ってんの、プラスの電池に決まってんじゃない。マイナスってどういうことよ。エネルギーを吸い取るわけ? わたしはいつだってプラス思考の人間よ」

 蓋をあける。

「電池、逆だよね」

 ウィーン。ランプがついて、登攀装置は作動した。


「電池にはプラスとマイナスの向きがあって…… ほら、でっぱってる方がプラスで、こっちがマイナス」

「……目から鱗だわ。さすがオタクね。そういう科学知識だけはあるのね。役に立つじゃない。ま、そこんところは認めてあげるわ」


 科学知識ではないと思うのだが……

 彼女、たしかにやたらと戦闘能力は高いけど、ひょっとして機械関係、弱い?


「あはっ、あはは。さ、気を取り直して行くわよ」

「いや、だから無理だってっ!」

 三十一階の屋上の縁に立つているだけでも勇気が必要だった。なのに、そこから命綱のロープ一本でぶら下がって、こんなおもちゃみたいな装置でビルの壁面を動きまわれだって……冗談!


「気合いをみせないさいよ」

「なんで俺が?」

「か弱い女子に危険な任務をさせる気なの?」

「か弱くねーだろっ! スパイがやったらいいじゃん」

「いやだし。あたし高いところは担当外だから」

「おまえだって怖いんじゃねーか」


「あのね! このミッションはあんたの自己啓発のためにさせてあげてるんじゃない。怖いって気持ちを克服して男らしさを見せなさいよ。かっこいいスパイになってモテるんじゃなかったの」

 いやだいやだいやだ。なんでこんなことしてんだ?


 黒の全身タイツみたいなのを着て三十一階の高層ビルにぶらさがってモテるためだとか言われても……

「え、えーと、前も思ったんだけど、このコスチュームの必要性って?」

 俺は話題を変えた。とにかく時間を引き延ばすのだ。


「な、なに、言ってんのよ。こういうの着なきゃ、スパイって分からないじゃない」

「いや、スパイって分からない方がいいと思うんだが。それに覆面もちょっとどうかと……」

「顔を隠す為でしょ」


「でもさ、きみのだけ、なぜ、ラメ?」

「お、お洒落心じゃない! ほんと、女子の気持ちが分からないわね。そんなだからモテないんでしょ」

「悪かったな」


「とにかく、はぐらかそうったってダメよ。あんたの最初のミッションはこの吸盤カメラの設置っ! 絶対に成功させんのよ」

 くっ……

「早くしなさいよ」


「ほんとに大丈夫なのかな」

 足首にはそれほど太くもないロープがからまっている。黒と赤の模様のロープは登山とかにも使われる特殊な繊維を編み込んだものでとおんによって結ばれたものだ。


「大丈夫に決まってんでしょ。ちゃんとガールスカウトのとき修得したんだから。ロープワークは基本中の基本よ。この結び方はね、こっちから引っ張っても絶対にほどけないんだけど、ここを引っ張るとすぐにほどけるようになっているの」


 俺は念のためとおんが俺の足首に結わえたロープを引っ張ってみた。

 スルッ。手品のようにロープの結び目がなくなって足首からほどける。

「ほっ、ほどけてんじゃんっ!」

「あ、ごめん、それ、逆だったわ。そっち引っ張ったら、ほどけるやつにしちゃってたわ」

「ほどけるやつにしちゃってたわ、じゃねーよっ! 死んじゃうよっ!」


「あんたがごちゃごちゃ文句言うから間違えたのよ。どうせ念のための命綱なんだからいいじゃない」

 も、絶対やだっ。


 あの自己啓発セミナーは、先週のことになっていた。宵宮とおんは、セミナーの後に調査対象を見つけていた。彼女が尾行した結果、その研究者、八木亜門は二十二階の会社に勤めていることが分かっていた。転職していたということだった。会社は超伝導とは全く関係のないもので技術系の会社ではなく、食品卸関連の小さな商社でトマトーマという名だった。


 俺は研究をあきらめて普通にサラリーマンになったんじゃと思ったが、女スパイは「なにやって会社か怪しいもんだわ。偽装の可能性もあるから調査が必要よ」と言い張ったのだ。


 調査はした。段ボールの健康食品商品サンプルの小包を送りつけて、中に盗聴器と電波送信の機械を仕込んだのだが、その段ボールはすぐに部屋の中から捨てられてしまって盗聴できなかった。


 とおんは陰謀がある証拠だと例の調子で主張したが、怪しいと思う。心当たりのない青汁のサンプルなんて気持ち悪いと考えるのが普通で箱ごと捨てられてもしょうがないだろう。


 そういうわけで高層ビルの窓の外から隠しカメラを仕掛けて室内を撮影するという無謀な作戦になったのだ。


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