第十八話 自己啓発セミナーとスパイ活動
「ねえ、スパイの宵宮さん、せっかくですから、わたくしたちもその謎を探るのを手伝わさせいただくというのはどうでしょうか」
美々が思いもかけない提案をした。
「ええ〜?そんな、一般人を任務に巻き込むなんて……」
「最初に言ったけど、わたくしのセミナーはその人が悩んでることを題材にというコンセプトなのですわ。スパイというお仕事の上での悩みなのでしょ」
「極秘の任務なのよ」
「あら、どのみちスパイだってバレたのですから、よろしいんじゃないでしょうか」
「だ、だめよ……」
「ふーん、だめですの。そう。じゃ、宵宮とおんってスパイの方がいるんですけど本物でしょうかってここに聞いちゃいます?」
にっこり笑って美々は手のひらの名刺を見せた。女スパイの所属の連絡先も記されている。
「ええっ、や、やめてよ。ちょっ……」
「どうします?」
「わ、わかった。きょ、協力者ってことね…… ま、あなたの格闘能力は認められるものがあるし」
室内は食い散らかされたお菓子の家みたいな惨状だった。会議テーブルが真っ二つに壊れ床に残骸になっていた。
会議テーブルってそんなヤワかったっけ。
持ち上げようとすると普通に重かった。
「それと、出河さん、あなたもスパイの作戦に参加しますわね?」
「ええっ、俺もなんですか? なんで?」
「なんたってスパイですわよ。これまでにしたことのない新しい体験ができますわ。自己啓発の可能性があると思いません?」
「でも、こんな…… ちょっとアレげなスパイだし」
「アレげってどういう意味よ?」
美々の鼻から赤いものがたれてきた。
「あ、いけませんわ」
鼻血だった。あわてて彼女はティッシュを鼻に詰めた。
「なんか熱いわ~」美々は手のひらでパタパタ顔を仰いだ。
「黒ヤモリってほんとうに効いちゃうの。あっちの方にもね。うふ」
え? あっちの方って? 妙になまめかしい潤んだ目をしてしている。
こっ、これは俺に迫ってくるんじゃないのか。ドキドキした。
だが……
「すてきな脚だわあ~。あのハイキックには痺れちゃったあん」
美々は女スパイの脚をすりすり触った。
えーっ。
「ちょっ、たすけて~。ひゃ~っ」
女スパイが悲鳴を上げる。
「お嬢さま、ごめんっ!」
ドスッ。
馬都井が美々を床に横たえる。
「失礼をいたしました。黒ヤモリが……強精剤なんです。古には惚れ薬の成分にもなっていたものでして」
「も、鎖つけといてよ」
「ところで、出河さまもセミナー続けられますよね」
「い、いや、でもスパイの手伝いをするんでしょ? それはさすがに…… そもそも俺が自己啓発セミナーに来た理由とぜんぜん関係ないし」
「はたしてそうでしょうか?」
「えっ?」
「出河さまは女性に好意を持たれることを目的にセミナーにいらっしゃった。ジェームズボンド、イーサンハント、スパイって大変おモテになりますよね」
「そりゃさ、イケメンだもん」
「ほんとうにそうでしょうか?」
「へ?」
「ジョニーイングリッシュのローワン・アトキンソン、裸のガンを持つ男のレスリー・ニールセン、オースティンパワーズ、大丈夫ですよ。ほら、ブサイクでもしっかりモテてます。出河さまのような方であっても可能性はあるのではないでしょうか。いえ、むしろ、出河さまのような大きなハンデを背負った非モテの男性がモテようとするには、スパイに学ぶよりほかないと言っても過言ではないでしょう」
「過言だよっ!」
重ね重ね失礼だよ。
とはいえ、たしかにスパイはモテている。秘密の任務を命がけで果たす男、うーん、かっこいいのかも。それにスパイと言ったって、命がけのドンパチとかじゃなさそうだし。女の子にモテる。う~む、スパイ、ひょっとしてあり?
自己啓発の一環としてスパイ活動を行う…… いやいやいや、ないないない。あまりに強引でしょ。んなアホな。それはないって。絶対ない。