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第十七話 スパイは国家公務員

「勝負ございました、そこまでですっ!」

 馬都井が叫んだ。


「ほ、骨は折れてないわ。っつ。受け身取ったから。ま、まだ闘える。馬都井、邪魔しないでっ」

「恐縮でございますが、この馬都井の見立てでは、お嬢さまのかなうお相手ではございません。これまでのお相手とは次元が異なっております」


「ふう、そうですわね。だからこそ愉しみがあったのでしょうけど。脚だけじゃなくて投げ技まで持っているとはね」


「テーブルに背負いを決めたのは初めてだけどね」

「さてさて、では私がお相手いたしましょう」

 馬都井が一歩前に出た。


「その馬都井ってのはどれくらい使えるの?」

「百回やって、わたくしは一度も勝ててないわ」

「いえいえ、お嬢さま、まだ96回でございます」


 オセロの対戦成績でも語るような口調だ。

「女性に手をあげるのは本意ではないのですが、しかし、それが犯罪者を更生する道につながるのであれば……」


 ほんとに、美々さんが百回近く闘って一回も勝てないというほどなら。


「はあ」

 大きくため息をついて、とおんは胸元からなにかを投げた。

 シュルルル。


 高速回転しながら、白っぽい二つがそれぞれ馬都井と美々の元へ飛行する。

 しゅ、手裏剣!?

 美々も馬都井もそれを指と指の間で挟んだ。


「もう、分かったわよ。それ見て」ととおん。

「名刺?」カードを見た美々が言う。

「中央安全保障局 情報部 内域情報課 調査官…… 国家公務員……でございますか?」


「そう、それがあたしの身分。善が勝つって言ったわね。あたしも悪じゃない。あたしは犯罪者なんかじゃない。政府機関の者、あんまり邪魔だてすると公務執行妨害になるわよ」


「でもスパイだって言ってたじゃん?」と俺。

「ええ、スパイよ。情報部調査官はいわゆるスパイという職業だわ。でも、よその国に雇われてるのでも、どこかの会社に頼まれて企業機密を盗むのでもない。わたしはこの国の秩序と安寧を守るための正義のスパイよ」


「我が国も国家としてスパイを持っていましたのね。興味深いですわ」と美々。

「いやいや、宵宮さまの戦闘能力はその道のプロフェッショナルの方のものだったのですね。お嬢様がかなわないのも無理はない。この馬都井、敬服いたしました」


「で、でもさ、俺の会社の書庫で何してたんだよ? つか任務ってなんなの?」

「スパイとして任務を一般人に明かすわけにはいかないわ」


「ま、そりゃそうかもしれないけど……」

「ただ、これだけは言える。わたしは巨大な陰謀を追いかけているのよ」

「巨大な陰謀?」

「そうよ、組織的な陰謀ね」


「陰謀ねえ……」

「ちょっとなに? その疑わしそうな目は。わたしが追いかけてるのは国家的な陰謀よ。世界の平和を左右しかねないようなね」

「はあ……」


「敵は狡猾な奴らよ。このわたしをこれほど苦戦させるとは」

 苦戦してるんだ……


「それで、陰謀ってのはどんなような?」

「それは、このヤオヨロズふぉれすとで起こっているの」

「えー? ヤオヨロズふぉれすとで?」

 なんか、急に世界の平和を左右するってところから身近になってきたような気がする。


「な、なによ? 信じてないの?」

「ん~。いや、なんか伝わってこないっていうか、こう漠然としていて」

「謎が謎を呼んでいるのよ。誰が敵で、誰が味方かも分からない」

 女スパイの説明はあおりばかりで具体性がなく全く分からない。


「ああ、もう、じれったいわね。あたしはね、消えた研究者を捜しているのよ」

「最初からそう言ってくれれば分かりやすいのに」

「あ」

 口に手を当てて、やらかしたって顔をする。


「ひょっとして任務明かしちゃった?」

「そ、そんなことないわよっ! これくらいぜんぜん大丈夫だし」

 明らかに動揺している。


「も、問題ないわっ。大丈夫」

 やっぱ、この人、へっぽこか?


「要するに人探しをしてるんだ」

「そ、そうだけど。なんかその言い方違う。あたしの任務が普通っぽく聞こえるじゃないのっ」


「ま、分かったけど」

「ちょっと、ちゃんと驚きなさいよ。超伝導磁性体の研究者が突然研究所を辞めてこのヤオヨロズふぉれすとに来ているという情報があるのよっ!」


「はあ」

 すらすらと言っちゃっていいのかな? ま、そんな、もったいつけるようなことでもないだろうけど? 少なくとも世界の命運を握る謎っていうのではないだろ……


「でもさ、なんで書庫なんだよ?」

「空調の図面よ。あなたの会社はふぉれすとビルの空調設備を請け負っている。このビルには隠されたフロアがあるんじゃないかって思うの」

「え~、隠されたフロア?」


「な、なによお、あたしの推理を疑うの。彼をこのビルの中で見たの。このふぉれすとビルのどこかに、きっと秘密の研究所があるのよ」


 俺は女スパイの額に手を当てた。

「ちょっ、熱なんかないっ!」


「まさかねえ」と美々も言う。

「超伝導の磁性体研究にはそれなりの設備が必要なはずよ。研究施設が必ずあるはず」

「そんなの建設会社の図面を見たらいいじゃない」と俺。


「ふぉれすとビルの建設会社の図面には記されていなかった。きっと、管理されているのよ。でも、下請けの空調設備の会社なら情報管理がゆるいから配管構成を見れば隠されたフロアが分かるんじゃないかと思ったのよ」


「でも研究者が一人転職したってだけだろ。なんで、そんなことをスパイが調べてるんだよ」

「そこは…… だって上が教えてくれないんだもん」

 女スパイ、宵宮とおんは口を尖らせた。


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