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第十四話 こいつ! あの……

「まあまあ、まあまあ」と馬都井くん。

「おかしいわね、どうしてかしら、ちょっと空気が殺伐としてきたような気がしますわ」と美々さん。

「このクソみたいなプログラムのせいだよっ!」


「ふふ。大丈夫よ。なのでえ~、今度はポストイットに書いていただいた他の人をほめるところも読んでみましょ。あ、ここで、みなさんのお名前を言いますね。まず、記念すべき受講生第1号の彼は出河睦人でがわむつとさんね、で、彼女は宵宮よいみやとおんさん」

「よ、よろしく」

「あ、はい……」

 まだ、このセミナーを受けるとは決めてないけども何となく頭を下げて挨拶した。


「えー、では、宵宮さんに対してのコメント。いきます。『月の女神のように美しい人だ』」

俺のコメントだった。照れ隠しにその宵宮さんに向けて微笑む。


「キ、キモっ!」

「えっ。ほめてあげてんのにっ!?」

「あー、少々身の程知らずなコメントだったかな…… イケメンが言うならともかく」

 ごめんよっ、イケメンじゃなくて。


「えーと、宵宮さんに対しては、まだコメントがありますので読み上げますね。『このこ、足、長っ。てか、足めちゃくちゃ綺麗』」

「セ、セクハラじゃんっ。そんなとこ見てんの。もおお」

 またも、そういう言葉が返ってくる。でも、今度は言葉ほど気分を害したようには見えない。ひょっとしてちょっと印象良くなった?

 よしゃ。どれほど変態だのオタクだの罵倒されようが、美人とは仲良くしたい。これはいい流れだ。最初はキモいとかって反応でも、ほめ続けることが大事なんだな、きっと。


「そう、人のいいところに注目するって言うことが大切なの。たとえば胸がアレな娘の場合は足をほめましょう。コンプレックスになっている胸ではなく、あくまで足を。決して胸のことに触れてはいけませんよ。胸のことを言うと気分を害し…」

「しつこいわっ!」 宵宮さんがキレた。

 せっかく俺がほめたのに台無しだよっ。


「さあ~盛り上がってきましたわよっ。あ、そう言えば、宵宮さんの願いのポストイットがもう一つあるわね。読むね。『テンパらないようになりたい。また失敗しちゃった。才能も実力もあるのにどうして本番になると弱いのかな?』おおっ、いいわね」


「それが、あたしがこのセミナーに来た理由よ。もう受けないけどねっ!」

「いえいえ、こういうのがわたくしのセミナーにぴったりなんです。心理的なアプローチで解決できるでしょう。後ほど本格的な啓発プログラムを実施して、解決策を示しましょう」


「ほんとうなの?」

 疑わしそうな表情だ。そりゃそうだろう。これまで、罵詈雑言しか聞かされていないような気がする。特に、俺……


「あの、ちょっと俺のほめコメントももらえませんかねっ。キモいとか変態とか、このままだと立ち直れない気が……」

「もちろんです。私が読みましょう。出河さんのあまりにも残念な感じだったし、これじゃ可哀想過ぎますからね」と馬都井くん。


「じゃ、読みます。『基本印象薄いし、あれな感じなところもいっぱいあるけど、いいひとっぽいかも? 悩みは、たとえば彼女がいないとか、女の子としゃべれないとか、女の子に嫌われているとか、モテないとかなんだろうな。ちょっと薄気味悪い感じもあるし。でも、まあ、ダメ人間の方がセミナーのコンセプトには合致してるからよしとしなきゃいけませんわね』」


「ほめてないじゃんっ! いいひとっぽいかもって微妙にほめてるのかそうじゃないのかってとこだけで、あと全部けなしてんじゃんっ!」


「私はちゃんとほめておりますよ」馬都井くんがフォローする。

「じゃ、読むわね。『同性にはとても好まれそうな方です』」


「ほっ、ほめてねーよっ! 同姓にはって、暗に異性に好まれないって言っちゃってるよっ。これまで、さんざんモテないってこき下ろされて、焼け石に水にもなってねーよっ。もういいよっ。このメンツに心癒されるコメントを求めた俺がバカだったよ」


「まあまあ、もう一枚、宵宮さんのほめコメントが残っているから」

 まったく期待できないが、せめて美々さんたちよりはましなのが欲しい。でないと立ち直れない。


「では読みます。『印象薄う~ けどスパイには、そーゆー奴の方がむしろ向いてるかも』」

「ええ、ええ。やっぱりね。どーせ、俺は印象薄いですよ。え? スパイに向いてる? スパイ?……」


 あ、こいつ、あの……

 彼女がしているヘアバンドには銀色のラメがキラキラしていた。

 俺は立ち上がって彼女のそばへ寄った。

 そして無言で彼女のヘアバンドを顔に降ろした。


「なっ、なにすんのよっ!」

 ヘアバンドには二つの穴が開いて目がのぞく。ヘアバンドは覆面になった。


「おまえっ、書庫のへっぽこスパイっ!」

「だっ、だれがへっぽこよっ!」

 彼女が俺を睨んだ。


「あっ、あんた!? 薄暗かったし印象薄いから気づかなかったけど……」

「悪かったな。印象薄くてっ」

「書庫にいたバカリーマンじゃないっ!」


「ええっ? 二人とも知り合いなの?」

「知り合い…… そんな、おだやかなもんじゃない。こいつは産業スパイなんだ。会社の書庫でファイルを盗もうとしていた」

「見逃すって言ったじゃない」


「あの場は見逃したけど、ここであったのは別だ」

 女の子でもやっぱ犯罪者を取り逃すわけにはいかない。


 ガッ!

 俺はそのまま彼女を羽交い締めにした。

「きゃっ、さっ、触るな。ヘンタイっ!」

 ダンッ!

 次の瞬間、天井のライトが光っていた。床に仰向けに寝ころんでいるんだと分かってから背中側が熱を持っていることに気づいた。息が…… で、出ない。


 羽交い締めにしていた俺を、どうやってか彼女が投げて床に叩きつけたのだった。

「だ、大丈夫っ!?」と美々さん。

「け、警察呼んで。そいつ犯罪者だ。産業スパイなんだっ」


「そういうわけなら闘いましょう」

 俺の依頼に対し美々さんは意外なことを言った。


「素人がバカな真似すると怪我するわよ」

「素人ねえ……」

 美々さんは、両の拳を握り左を前に突き出し右をあごの横に持っていった。

「その構え…… なにかやってた?」

「ええ、それなりにね」


「お嬢さまは…… 白鳥路学園中等部並びに高等部では女子の護身術としてマーシャルアーツ系のものをカリキュラムに取り入れております。高じていくつか異種目ではありますが格闘技系の大会にも出場しており、全国でも上位の成績を収められております」


「ふふ、あなたの今の投げはなかなかだったわ。久しぶり。ちょっと血が騒いじゃうかも……」

「そのバカリーマンとは違って楽しめそうね。じゃ、遠慮なくいかしてもらうわ」


「あちょーっ」

 美々が奇声をあげた。

 あ、あちょーって…… 昭和な感じに一抹の不安を覚える。大丈夫なのか? しかし、相手もへっぽこスパイだ。低レベル同士の闘いはいいところにいくのかもしれない。あ、でも、そのへっぽこスパイにあっという間にやられてんの俺だけど。

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