第十三話 悩みとかトラウマ
「読みますね。『別に悩んでるわけじゃないけど、胸がもう少し大きくなったらいいのに』あー、身体的なお悩みですわね」
隣の女の子が真っ赤になった。
「さー、いったいどなたのお悩みでしょうか?」
いやいやいや、分かりきってるって。美々さんは、どう見たって巨乳でその部分に関して不満などあろうはずがない。あとの二人は男だし。
いや、誰のか言わなければ、誰のか分からない匿名の悩みであるというコンセプトには無理があるのじゃないだろうか。だって、この場所には4人しかいないし。
「……」
微妙な空気が流れる。
「こほん。あらー、もっと胸が大きくならないかしら~」と美々さん。
わっ、わざとらしいっ。ぜんぜん心がこもってねー。
「牛乳を飲んだらいかがでしょう?」
馬都井くんが言う。
「一般論なんだけど、マッサージ…… 揉んだらいいんじゃないかしら。あなたはどう思うかしら?」
美々さんが俺にふる。そんな意見を求められても……。
「えーと、いや、べ、別に、男はそんな胸ばかり見ているわけじゃないから。大丈夫。ちょっとくらい小さいからって、そんなの……」
「そっ、そんな、なぐさめなんていらないわよっ! なんなのよ、この茶番。帰るっ!」
「まあまあ。ここからですから」と馬都井くん。
「やってらんないわよっ」
「では、このプログラムやめて、他のにしましょうか?」と馬都井くん。
「なんで、あたしだけ恥ずかしい思いをしなきゃいけないのよ。他の人の恥ずかしいのも読みなさいよっ」
「はっ。では、これですね。『仕事中、向かいの紀子先輩の胸の谷間が気になって作業に集中できません……』」
ぐあ。俺のポストイットだった。
「やっぱり、胸が気になっているんじゃないのっ!」
「き、気を取り直して、もう一枚、今度はトラウマのをいきますね」
あ、マズい。お、俺のはひかないで~ お願いっ。
「えー『リコーダー事件』」
ビンゴッ!
「読みます。『中1の夏、放課後に凛音ちゃんのアルト・リコーダーを持っているところをクラスの女子に見つかったこと。クラスの女子全員からすごい目でにらまれたけど、女性が苦手なことの原体験のような気がする』うわ~ なに? この中に一人変態さんがいる?」
全員の視線が俺に刺さった。
「変態でございますね」
「最低だわ」
「ち、違うんだ。吹いてない、吹いてないってば! 神に誓ってもいい。匂いをかいだだけなんだっ!」
「匂い! って、やっぱ変態なんじゃない」 と女の子。
「だ、だから違うんだって。そういう意味じゃなくて、俺のアルト・リコーダーがなんか変なにおいがして、俺だけかどうか気になって、他の人は違うのかなって。そしたら彼女のは甘い匂いがして……」
「匂いかいだだけってのが、むしろ、マニア度が高い感じがするわね」 と美々さん。
「そうね、間接キスがしたいっていうのは、許されないとはいえ、まだ、理解できる気がするわ。でも匂いだけって……いわゆるフェチっていうやつね。マジ気持ち悪い」
「くっ!そんな言われるんだったら、いっそ、あの時、口つけちゃってればよかったよっ!」
「みなさま、馬都井から、ちょっと一言。個人の特定はやめましょう。このプログラムは誰の話か分からないと言うところがポイントでして、どなたのお話かなんとなく想像がついたとしても、知らない振りをしておくということが大切なのでございます」
「もう、そういうの、先に言ってよ!」
やらかしちゃったことを後悔する。そうだ、あくまで匿名なんだった。
「そうだったわね、馬都井。わたくしとしたことが、つい、リコーダーを舐め回すという変態さんのインパクトの大きさにプログラムの趣旨を忘れてしまっていたわ」
「舐め回してないしっ!」
「どんどんいくわよ。次は願いのポストイットね。えーと、『今欲しいものは、華やいでイロハ坂のDVDセット、ぜったいコレクション用と視聴用で2つ買う。でも、悩むのは、華イロのDVDはバージョン違いがあって、結局4つ買わないといけないってこと。結構出費なんだよね』」
また、俺のじゃん。まあ、でも無難なところでよかった。ふー。
「いやー、だれの願いなんだろね。微笑ましいなあ。あはは」
そう。これは、『匿名』の誰かの願いなんだ。知らないフリをするというのがルールだよね。
「キモっ」
「キモいわ~」
女性陣二人の反応は同じものだった。
「キ、キモいってなんだよっ。いやいやいや、別にこの人キモくないでしょ。ぜんぜんキモくないでしょ」
「いや、華イロとか言ってるし。どーせ、頭の悪そうな男に従順な美少女惚れるようなあり得ない設定のやつよ」
「は、華イロの悪口を言うなっ。あれは、日本いや世界のアニメ史に残る金字塔なんだ」
「う、うわ~」
「このポストイットにはさすがに引きますわね。あ、だれかは分かりませんけれど……」
「もういいよっ。とりつくろってくれなくってっ!」
「つ、つぎいきますわね~」 美々さんがヒキつりながら言った。
「えー『女の子にモテたいです。どうしてモテないんだろ』こ、これは、また、ストレートな願いというか、魂の叫びというか。でも、いいです。この、どなたのかは分からない切実な、とても切実な願いに対してアドバイスをお願いします」
また、俺のだ…… だんだん恥ずかしくもなくなってきてる。これが、ひょっとしてセミナーの狙いなのか?
「まあ、イケメンじゃないのは仕方ないにしても、華イロよね。まず、それがダメだわ」と女の子。
「どなたのか分からないってフリ、まったく無駄だったよねっ!」
「そもそも、中1の時から匂いフェチの変態というのがいけませんわね」 美々さんも傷口に塩をねじ込んでくる。
「そこまで蒸し返してくれちゃいますかっ!」
「モテないって以前の問題よね。せめて、人並み?いえ、普通の人間として扱われることを目標にしたらいいんじゃないの」
「ぜんぜん、アドバイスになってねーよっ。てか、普通の人間扱いされてねーのかよっ」
「いえいえ、出河さま、ご自身がオタクで変態で非モテだという現実が分かったということが大事なんです。まず、真摯にご自分と向き合いましょう」
「ひどい言われようだよねっ。おかげさまで、また、トラウマが一つ増えたよっ!」
「ま、まあまあ、前向きに考えましょう。今がボトムなのですわ。これからは上がるだけじゃない。とても有意義な啓発でしたわ。あ~有意義。ゆーいぎ、ゆーいぎっ」
無理矢理、美々さんはまとめた。
「まったく、誰の悩みか分からないようにするっての、もう、バレバレじゃないすかっ!」
「いや~ 匿名のお悩み相談室で4人しかいないってのには無理がありますわね」と美々 さん。
「お嬢さま、やはり、このプログラムですと、10人くらいいないといけませんね」
「もういいよっ。帰るっ」