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第百二十七話 墜落

 頭上の白い男達に変化があった。激しく痙攣した後にぐったりして動かなくなったものが何人かいた。

 白衣の研究員が慌てた様子で端末を手に入ってきた。

「亜門様、動力源が足りません。補給しないと船が……」白衣が言う。


「うぬう、想定以上に消耗が激しいではないか。既にそれだけしか残っておらんのか。今日の本稼働にたどり着く前に酷使し過ぎたか」

 亜門は俺ととおんを見た。

「新たな動力源か。ふふふ。スパイたちよ。無為な日々から貴様らを救ってやろう。喜べ。大いなる使命の犠牲にしてくれる。ぐはっ、ぐははは」


 亜門は白衣の研究員に指示した。

「はっ。亜門様。では」白衣の男はいったんこの部屋から出て行った。


 白衣の男と黒スーツが戻ってくると、三人がかりでとおんを拘束した。

「な、なにすんのよっ?」

 亜門があの照射装置を使うと床は液状になり、とおんの足が抜けた。

「女スパイよ。おまえを名誉ある生け贄にしてしんぜよう」

 亜門の指示でとおんが神殿に連れていかれる。


「古来行われていた生贄の儀式には決まって女が使われていた。非常に興味深いと思っておったのだ。なぜ女なのか?  これまでの我らの実証実験では男だけだった。が、女ならどうなるのか、ずっと検証したいと思っていたのだよ」

「は、放してっ!」

「女、世界の変革のための犠牲となるのだ」


 天井の向こうの白い男たちから垂れ下がって伸びているケーブルの一本を白衣の研究員が切断した。そして切断した先にヘルメットのような器具を接続すると、それをとおんの頭に無理矢理にはめた。

「やめろおおおっ!」俺の叫びはむなしく部屋に響き渡った。


 とおんの頭からまばゆいオレンジ色の光がケーブルに流れ怪物へと注がれていく。

「とおおおんっ!」

 エイリアンの身体もまばゆく光る。

 バチンッ!

 漏電したような音がして神殿は光に包まれた。爆発したのか?


 ヘルメットのオレンジの光が消え、ケーブルが焼け焦げていた。

「いやいや、活きが良すぎるようですな、この女」と白衣の研究者。

 神殿を取り囲んでいた石の一つが割れていた。

 今の一瞬で壊れたのだ。

「なんという力なのか。やはり女を生贄にすることには意味があったのだ。もう一度だ。容量のでかいケーブルを持って来い。五倍、いや十倍でもよいぞ」八木亜門が指示する。


 くそ、なんとかできないか。

 俺の足は床に埋まったまま動かせない。あの照射装置があれば。なんとか手に入れられないのか?

 研究員はいったん部屋から出た。ケーブルを取りに行ったのだろう。


「睦人、もう最期だから言っておきたいことがあるの」

「え?」

「今日デートしないってメールしたのは巻き込みたくなかったから。わたしも睦人のこと嫌いなわけじゃない 。だから…… ぜったいあの世でちゅーしてあげるからね」


「あ、ああ」うれしかった。でも同時に悔しくもあった。あの世じゃなくて、生きているうちにして欲しかったよ。くそくそくそ。ほんとうにもう最期なのか。


 研究員がさっきのよりもずっと太いケーブルを持って戻ってきた。

「亜門様、これであれば、先ほどのようなことはございませんでしょう」

「活きが良すぎるのも考えものだが、燃料としては持つのであろう。生体エネルギーの需給計画が大幅に改善できようぞ」


 そのとき、外にあり得ない光景が出現していることに俺は気づいた。このUFOに併走して飛行しているものがあったのだ。

 長い棒のようなシルエット。


「あ!」

 夜空を新幹線が走っていた。あのヘリから見た北陸新幹線だ。うっすらオレンジの光に超特急の輪郭が包まれていた。

「なんだこれ?」俺は馬鹿みたいにその光景を眺めていた。俺だけじゃない。八木亜門もとおんも黒スーツもだ。


 突如、それが形状を変化させた。巨大な円形になったのだ。いや、単なる円形ではない。円形に後に四角い部分がついている。その形を知っていた。前方後円墳の形にそっくりだった。


 なんだ?

 あ! 似ている。あれは、この船だ。真似ているのだ。この母船と同じ姿に変化したのだと思った。この船の形は古墳の形をしていたのか。あれはなにか? あれはこそがほんもののUFOだ。


 なぜ急に、今なんだ?

 ひょっとしたら、それは石が割れたせいではないかと思った。とおんから宇宙人へと流れ込んだエネルギーがあまりに巨大で、そのために石が割れた。それでなにかの結界が消えたのだとしたら。


「か、神だ。ヤオヨロズの神々が降臨しているのだ。我は歴史の転換点に立ち会っている。我が人類の大いなる歴史を作っているのだ。我らの偉大な行いが奇跡を呼んだのだ」


 同時に宇宙人の身体に変化が生じていた。裂けた半身のどろどろがその量を増している。どんどん増殖し、そし、カタチを形作っていくのだ。宇宙人に本来備わっていたはずの足が生えていた。宇宙人はそうやって完全体になったのだった。

「見ろおおおおっ。か、神が復活した。奇跡だ。奇跡だ。奇跡を我は起こしたのだああああっ」八木亜門の顔は歓喜に輝いていた。


 世界が変革していく中で、でも俺は別のことを考えていた。

 亜門が世界を救おうとしていることは認める。でも俺やとおんがそのために犠牲にならなきゃいけないのか。世界は救えばいい。 でも俺たちも生き残りたい。

 八木亜門こそが未来では正義の味方ろ称されるのかもしれない。でも、それは自分のやりたいやり方であって、人のことなんて考えてない。


 だったら俺が自らの生命や好きな女を守るように生きてもいいんじゃないか。

 誰もが正義を主張する。それぞれにとっては筋の通った正義なのだろう。絶対なものなどない。だから自分を中心に見るしかない。亜門のことは理解する。それでも俺たちを滅ぼそうとするなら亜門と戦う。恨みとかじゃない。理解できる部分だってある。でも戦う。自分が生き残ろうとする本能のままにだ。


 八木亜門が言う神=宇宙人は、神殿から一歩づつ歩み始めた。

「神よ、そなたを復活させたのは、この我だ」

八木亜門は宇宙人を迎えるかのように両手を広げた。

だが宇宙人は八木亜門を見ていなかった。


 宇宙船が傾いた。平衡感覚に異常を来した。八木亜門のいる方が坂の上でこっちが下だ。重力制御という宇宙人の魔法が解けかけているのかもしれない。


 まだ終わってない。

 俺はここを逃げ出す。とおんを救う。俺は絶対に生きているうちに、とおんとちゅーしたいんだっ!


 逃げるとすれば今だ。足元さえ動けば。

 この混乱に乗じてあの照射装置を奪えないか。俺は自分の長刀を見た。エレクトリカルブレードの刃は起動したままだった。


「とおおおりゃっ!」俺は薙刀を投げた。

 電気の刃は八木亜門の肩のあたりをかすめた。

「うがっ!」

 亜門は照射装置を落とした。

 円筒状の機械が空き缶みたいに傾いた床をこっちに向かって転がってくる。

 俺はめいいっぱい身体を伸ばしてそれをキャッチした。


 自分の足元に向けてスイッチを押した。

 突如、床が柔らかくなる。

「おしゃっ!」

 その粘着質のような床を抜けて必死に駆けた。

「ええい、なにをするっ!」

 亜門への電撃は弱かったようだった。


 今度は俺が照射装置で亜門の足元を照らす。亜門はそこにはまってもがいた。

「ぐはっ。お、おのれぇ」

 俺は薙刀を拾って亜門の目の前に立った。


「よせっ。わしは世界を滅亡から救う救世主だぞ」

「そうかもしれない」

 亜門は亜門なりに世界を救おうとしているのだろう。でも別の救い方はないのか。俺は正義じゃないかもしれない。だけど俺なりの生き方をしてなにが悪い。チャレンジする権利くらいある。きっと俺が勝ったからといって大団円にはならない。それでも自分が生き延びるために戦うのは生命の権利だ。俺は俺のやり方で自分ととおんを救いたい。正義の味方じゃなくったって。


「歴史の転換点に立ち会っているのだぞ」

「だったら、俺のやり方でそれに関わってやる。お前とは違うやり方で」

「バカなことを」


「亜門、お前を止める。とおんに俺はつく」

「女に目がくらむとは愚か者め」

「愚かでも俺は自分で選んだ道を行くんだ。悪を倒すヒーローじゃなくても、自分の信じた道を行く。八木亜門、おまえは悪者じゃないのかもしれない。そして俺は正義の味方じゃないのかもしれない。でも俺は好きな女と一緒に生き延びたいんだ」


 薙刀をゆっくりと振り下ろし亜門の首元に触れさせた。

「ぶぎゃっ」叫び声を上げてあっけなく亜門は倒れた。

 ごめんよ、八木亜門。


 神殿のとおんに向かう。

 黒スーツを薙刀の一撃で倒す。

「逃げるぞっ」俺はとおんに声をかけた。

「う、うんっ」とおんが俺の手を取る。少し足元がふらついていた。生け贄の儀式のせいかもしれない。


 俺はとおんに肩を貸して部屋の出口へ走った。

 宇宙人は同じ形をしたもう一つのUFOへとゆっくりと歩いていった。そのシルエットをどこかのビルで見たことがあると俺は思い出していた。

 神殿の神は不在となった。

 神を奪ったもう一つの古墳の形をした飛行体、本物のUFOが高く飛んでいく。


 本物とは逆に、俺たちを載せたツクリモノのUFOはゆっくりと高度を下げていった。

「こっ、これ、墜ちていくわ」

「くそ。終わりなのか」


 プルルルルル。

 そのとき俺の携帯に着信があった。

「また、電源切っとかないでっ」とおんがにらむ。

 馬都井くんだった。

『馬都井くん、どこっ? すぐ助けに来て! ヘリで』

『ええ、ヘリですよ。近くまで来てます』


『は!? な、なんでっ?』

『緊急だったでしょうから。携帯のGPSの反応で山の中にいることが分かりましたから、最初にメールいただいてすぐにヘリを飛ばしたのです』

『ええっ』

 馬都井くん、君こそヒーローだよ。


『閃光弾で合図します』

 ピカッ。

 宇宙船の外にまばゆい閃光が走った。

『確認できましたか』

 光の方角にサーチライトを点灯したヘリがいた。

 ほ、ほんとに来てるしっ!


『驚きました。クラゲのような透明な飛行物体ですね。睦人さんはどちらにいらっしゃるのです』

『すぐ目の前だよ。エレクトリカルブレード分かる?』

『あ、はい、確認いたしました。でも、どうやって救出します? 縄ばしごをご用意してますが』


 困った。

 外に出なきゃ。携帯で撮影した見取り図を開く。

 窓はない。


「睦人、ひょっとしてそれでゼリーみたいになるんじゃ」とおんが俺が持っていた照射装置を手に取った。

 スイッチを押す。

 ぴちょん。壁面が液体になった。

『馬都井くん、この場所に縄ばしごをおろしてっ』


 ヘリから縄ばしごがぶら下がってくる。

「とおん、いっしょに飛ぶぞ」

「うん」とおんと俺は液体化した壁に向かって助走をつけて突っ込んだ。

 虚空に浮かぶ縄ばしごに二人のスパイは飛びついていた。

 俺たちは、巨大な透明で古墳の形をした宇宙船が墜ちていく様を夜空の上から眺めていた。


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