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第百二十五話 神殿

 そのとき、突如、足元にふにゃりとした感触が伝わった。地震? 身体が揺れる。

「きゃっ」とおんが小さく悲鳴を上げる。

「うわっ」俺もバランスを崩しそうになった。


 足元を見た。透明な床に俺の足がめり込んでいた。ガラス板みたいだった床は、ガラスではなくゼリー細工かなにかでできたように柔らかなものになって、そこに足が埋まっていたのだ。

「ちょ、ちょっと。助けてっ!」とおんが手を伸ばす。


 だが、どうしようもできない。俺だって膝までもう埋まっていた。

 俺たち二人は一気にゼリーのような床にずぶずぶと沈んでいった。

 顔までゼリーの中に埋まる。


「ぐげぼあっ」口の中に入ってこようとするゼリーを吐き出そうともがく。窒息してしまう。

 次の瞬間、重力がなくなって、すとんと床のゼリーを通過し身体は落ちた。

 ドンッ!

 一つ下の階に落ちた。しりもちをついた。衝撃に息が詰まる。

 なんとか起きあがった。どこも折れてはなさそうだ。とおんも床に倒れていたが、首を振りながら立ち上がった。


 ここは?

「ふふふ、ふは、ふはっ、ふははははははははははははっ」

 この、かんに障る声は……

「や、八木亜門っ」俺はその部屋の中央に立って高笑いしている敵を見つけた。

 薙刀を構える。

 こいつさえ倒せば……

 俺は駆けた。とおんもだ。


 だが……

 八木亜門が円筒状の懐中電灯のようなものをこちらへ向けて、オレンジ色の光を照射した 。

 ふにゃり。足元に柔らかい感触が……

 固いはずの床が一瞬でゼリー状になった。さっきと同じように足が埋まっていく。また落とされるのか?

 しかし、そのゼリーの床は一瞬で元のガラスのような固体になった。俺の足首をめり込ませたままにだ。

 足がっ。


「あうっ。な、なんなのこれっ? 抜けないっ」

 見るととおんも全く同じ状態だった。足が固定されて動けない。


「動けまい、スパイの諸君。万事休すだ。しかし、ここまで潜り込んでくるとはなかなかのものよ。歓迎するぞ」

「なにしやがった?」俺は聞いた。


「恐るべき技術だろう。物質の態様を変えるのだ。固体を液体に、あるいはその逆にな」

 床という固体を液体に変え、さらに固体に戻すことで、俺たちの足元を固めたのだった。なすすべがなかった。


 ホールのように広い部屋は奇妙だった。中央には土があった。むき出しの土の地面が床の上に盛り上がっていた。そこには巨大な木の柱が何本も列になって屹立し円形に並んでいた。その様子は縄文時代の遺跡に似ていた。

 しかし、一方で計器類のいっぱいついた機械もその中央の木柱列を取り囲むように配置されている。操縦席のような場所もあって戦艦の艦橋にも似ていた。その部屋は未来と過去が混淆した空間だった。


「ここはなんだ? おまえはなにをやろうとしているんだ」

「ここか? ここは実験施設であり、そしてまた神殿でもあるのだ」亜門は自慢するように両手を広げた。その瞬間、照明が点灯し部屋を煌々と照らした。


 中央の木柱列へ向かって上から線が延びている。透明の天井を通して、その線は頭上の一人一人の白い男達に接続されているのが分かった。

 俺の視線に八木亜門が気づいた。

「ああ、彼らか。彼らはエネルギー源よ。研究員としても戦闘員としても二流三流の使えない者どもなのだ。だが、ここでは役に立たないものはいない。彼らは神殿へ自らの生命を供給しているのだ」


「神殿へ生命?」俺は聞き返した。

「この場所には生け贄の伝説があった。人間を供えたというな。伝説ではないのだ。実際に宇宙人に人を食べさせていたのだよ。奇跡を成就させるためにな。神は生命エネルギーを直接食べる。だから、あれらも生き餌じゃなければならない。なかなか面倒だろう? 生きたワームを給仕するようにしているのだ。ただな、生命エネルギーが強いものほど美味しく見えるのだろう。拘束しておかないと共食いを始めてしまう」


 生け贄? なんにだ?

 神殿を形作るする柱の隙間から木柱列の中心にあるものが見えた。

 息を飲んだ。


 それは、頭上の白い男達に似ていると言ってもよかった。大きさは大人の人間よりも小さく小学生くらいだ。そして半身がちぎれていた。腹から下がなかった。断面からは、牡蠣貝のような灰色のどろどろした得体の知れないものがはみ出していた。遺骸の手首は外れていて、すぐそばの台の上に載せられていた。あのとおんが子犬と思い込んだ手首だ。

 地球のものではなかった。それは、まさしく俺たちが知っているものだった。よく知ってはいるが、決して本物が表に出てくることがないもの。

 リトルグレイと呼ばれる宇宙人の死体だった。


 宇宙人の死体の周囲には、それを囲むように五つの石が置いてあった。石には刻印がある。遺跡の碑文に書いてあった結界の石かもしれない。


 八木亜門は神殿を拝んだ。

「太陽系外から来訪し、何百年間もこの状態だったのだ。腐敗することもなくな。奇跡が目の前にあるのだよ。これは死んでいる。我々の科学ではな。だが、死んでも命を喰らうことができる。思念の力で重力を制御する能力も発揮できる。死してなお生きているのだ。死にながら生きている、それは我々の知る生命のカタチを超えた存在。つまり神なのだよ」


「反重力装置は解析した。だが、どれほど構造原理を解き明かしても装置は作動しなかった。どうやら、この神の身体、あるいはその一部がないと作動しないのだ。なぜ神の存在が必要なのか。それは地球上の理論、人類の科学では成立させられない原理によって作動するからだ。神というOパーツ、存在し得ないものが実在しているということが、その作動原理を実存させるのだ。神の身体が奇跡を存立させうる」


「冥途の土産に教えといてやろう。我々がなにをしようとしているかをな。この千年、二千年の間、どの歴史上の戦乱・革命も成し得なかったような、世界を根本から変革する偉大なことをしようとしているのだ」


「ふん。冥途の土産ってセリフを吐いた悪役はたいがい破滅するのよ」とおんが罵った。


「ふふ、破滅か。破滅するのは我々ではない。我々以外の全てだ。地球は滅亡に近づいている。隕石だよ」


 八木亜門はなにもない空間にスクリーンを出現させた。そこには巨大な小惑星が表示されていた。

「巨大な隕石だ。ユカタンに落下したものの十倍を超えるな。人類の科学技術では避けることは出来ん。核ミサイルだろうとどんな兵器だろうと。すなわち地球を脱出するしかあるまい。だが大量の人員を乗せて宇宙空間を旅する船は人類の技術では建造不可能だ。ではどうするか? 地球上には実は人類以外のテクノロジーが眠っていたのだ。我々は神の技術を発掘し使う。まさに人類の飛躍よ。それがヤオヨロズアジェンダと呼ばれる計画なのだ」


「だけど、亜門、おまえはそのアジェンダを裏切ったんじゃないのか。牢屋に入れられていたなんとか機構の男から聞いたぞ」

「ふんっ、余計なことを言いおって。ま、そもそもが方向性が違ったのだ。彼らには実行力も危機感も不足している。彼らのやり方では世界は救えぬ」


「女スパイよ、悪役と言ったな? 我は悪ではない。我こそが世界を破滅から救い、人類を飛躍させるのだ。そもそも正義とか悪とはなんなのだ。知っているか? しょせん勝者からしか正義は語られないということを。敗者に正義はない、それが摂理よ。スパイよ、我々は悪ではない。世界を救おうとしている我々に刃向かう貴様たちこそ悪よ。この世界に完全な正義などいない。どの救世主もなにかを犠牲にした。悪魔とののしられるか、神とあがめられるかは結局は勝利するか敗北するかよ。革命家、正義の味方、歴史を振り返って見ろ。全てが痛みをもたらした。貴様らスパイと我らの戦いは、善と悪の戦いではない。どちらも善でありどちらも悪である。善と善、あるいは悪と悪が戦う物語よ」


 八木亜門が世界を滅亡の危機から救おうとしている。俺はそれが直感的に嘘ではないと理解した。これまで調べてきたことと符合している。

 俺は悪を倒すヒーローではなかったのだと気づいた。亜門は悪ではなかった。悪がいなければ正義は存在できない。

 俺はヒーローになり損なったのだ。愕然とした。

 ひょっとして、俺たちは八木亜門を肯定し、露と消えたほうがいいのか?


「これくらいにしておこう。ちょうどよい頃合いであったのだ。いよいよ我々のアジェンダを発動させる時が来たようだ」


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