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第十二話 アイスブレイク・ジョハリの窓

 丸テーブルをはさんで、俺とその女の子、そして美々さんがイスに座った。馬都井くんは少し離れて立っている。


「まずはアイスブレイクも兼ねて、簡単な自分自身を振り返るプログラムをしましょう」

 そう言って美々はポストイットを配った。割と大きめのサイズのもので色は各色取りそろえてある。


「まず黄色のポストイットを一枚剥がして、裏側のくっつく面にお名前を書いてください」

 言われたとおり俺はポストイットの裏側に名前を書いた。もう一人の彼女も、そして美々さんも同じようにした。


「じゃ、折り曲げて粘着シールのところをくっつけ、中が見えないようにして」

 言われたようにする。なんだかくじ引きのくじを作っているようだ。

「次は、ピンクのポストイットね。年齢、仕事と電話番号を書いて同じようにして」


 ポストイットに記入する内容は、最初の方はさしさわりのない項目だったが、だんだん踏み込んだ内容になっていった。例えば、悩んでいることや恥ずかしいこと、失敗談やコンプレックス、ひそかに抱いている野望といったような。


「ねえ、なんのためにこんなことするの?」

 もう一人の受講者の彼女が聞く。

「もちろん自分自身を振り返るためよ。効果的な自己啓発のためには、まず、しっかりと自分を分析することが必要なの。だから素直に自分のことを書いてみて」


 二十枚くらいポストイットに書いただろうか。最後には自分のことではなくて、テーブルについた三人それぞれの印象や評価、悪口なんかも書かされた。


「ところで、みなさんジョハリの窓って知ってる?」

「え?」

「なにそれ」


「ジョーとハリーという人が考えた自己分析の一つなんだけどね、自分というものを四つに分けるの。その、ひとつひとつが窓になるんだけど」

 美々さんは、ホワイトボードに図を描いた。


「自分と他者、知っていると知らない、この4つの要素を組み合わせて自己というものを分けるの。自分も他者も知っている自己、これは公開されている自己」

「そして、自分も他者も知らない自己、これが未知の自己」

「自分は知っているけど他者は知らない自己、これは秘密の自己」

「自分では知らないのに他者が知っている自己、これが盲点の自己」


図解するとこんなイメージだ。

公開 秘密

盲点 未知


「公開している部分が大きい人ってのは、どちらかというとオープンな心を持っていてのびのび人生を生きてるって人のイメージかしら。秘密の部分が多い人は悩みを抱えていることが多いわね。盲点が大きい人は勘違いな感じの人で人生が思い通りにならないことも多いみたい。そして、未知の部分、ここには、なぜかわからないようなトラブルの原因、あるいは思いもよらない可能性が眠っているかもしれないわ」


「そう言えば、ジョハリの窓って聞いたことあるかも」

 女の子が言った。


 俺はジョハリってのは知らないけど、本格的に自己啓発セミナーらしくなってきたように思えた。


「じゃ、二人とも目を閉じて自分のオープンな部分と秘密の部分について頭の中に描いてみましょう。それから、自分では知り得ない盲点と未知の部分についても、どんなものがあるだろうか想像してみてください」


 自分のオープンな部分、自分でも分かっていて他人もそう思っている自分、そんな自分について考えてみる。あらかじめポストイットに書いていたので、まだイメージすることが容易だ。


 二部上場商社の社員というだけで取り立てて可も不可もない感じ、モテモテのイケメンではない。そして秘密。UFOを見たことがあるということだろうか。ときどき言ってしまって秘密でもなくなっているけど……


「わたくしたちは、たとえば、他者から自分の盲点を聞いて知らない自分を発見したり、あるいは自分の悩みを解決するために秘密を打ち明けたり、自分の潜在能力を発掘するために未知の部分を発見していくということに取り組むべきなの」

 目を閉じた耳に、美々さんの言葉が入ってくる。なるほど、こういうのが自己啓発セミナーなわけね。なんとなく役に立つ感があるよ…… 案外まともじゃん。


「もう、いいわよおっ。目を開けて」

 目を開けると、テーブルの上にあった、二つ折りにしたポストイットがなくなっていた。いや、美々さんの手の中の透明のサラダボールの中に入っている。


「さあ、それでは、ジョハリの窓を壊しましょ。今から、このポストイットを読んでいきます」


「えっ!」

「ええっ!」


「ポストイットに記入したみんなの悩みや願いを共有したいと思います」


「いやよ!」

「ちょ、ちょっと、待って」


 ポストイットには、美々さんの言うがままに素直に自分のいろいろなこと、知られたくないことまで含めて記されている。


「ぜったいにいやよ。そんな、会ってすぐの他人に自分の秘密を晒さなきゃなんないの!」

それは、もう一人の彼女だって同じだった。


「あら、見ず知らずの他人だからいいんじゃない。ネットの知恵袋とかもそうでしょ」


「ちょっと、さすがに」 俺だって嫌だ。

「そんなのいやよ。恥ずかしいじゃない!」


「恥ずかしい?」

「そうよ、恥ずかしいわよっ」

「やめます?」

「当然でしょ」


「そうですか? 本当にやめてしまっていいんですね?」

「やめるわよっ」


「ほんとうに? あなたは恥ずかしい思いもせずに自分を啓発できるって思う? 成長できるって思う?」

「そりゃ……」


「秘密のゾーンが大きければ大きいほど実は生きていくことが大変でつらいのよ。孤独な人ということになるわけ。あなたは、今のままでいいの。なぜ、このセミナーに参加するの? なぜ、この場所にいるの?」


「……」

 美々さんのその言葉に、彼女も思うところがあるようだった。


「大丈夫、大丈夫。今から読み上げるのは、あなたの悩みでもわたくしの悩みでもないの。セミナー受講者の匿名の誰かは分からない悩みや願いなんだから。問題になるのは、それが誰の悩みかとかじゃなくって、どうやって解決するかってことなの」


「そうです。お嬢さまの言うとおりでございます。ですから、どなたの書いたポストイットか予想がついたとしても、おっしゃってはいけない。それが紳士協定でございます。ちなみに私とお嬢さまのも入れてございますから。ポストイットがひかれるのは四分の一の確率でございますね」


「悩みや願いっていうのは客観視するということが解決には必要なの。あくまで、ここの悩みはこのセミナーの研究材料というわけ。これから読み上げる悩みや願いについては誰々個人のものという考えは捨てて、へえ、世の中にはそんな人もいるんだってくらいにとらえたらいいわ。じゃ、いきますわよぉ 」


「ちょ、ちょっと」

「なにがでるのか~ なにがでるのか♪ にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃっ♪」


 こっ、この人、少し楽しんでないか?


 美々さんは、いくつかある青い色のポストイットの中から一枚を選んだ。青は悩みを書いたやつだ。俺も何枚か書いてる。


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