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第百十八話 それは子犬じゃない

 ミッションは成功したのだ。手に入れたモノは金沢へ本部の人間が取りに来る段取りになっていた。とおんも喜んでいた。新幹線の車中で「今度、デートしてあげる」と言ってたのだ。今度ってのは、今夜なのだけれど、昼過ぎにメールが来ていたことに今気がついた。


『やっぱりデートは無理。睦人は好みじゃないの。それから今日で任務が終わりです。さよなら。ありがとう』

 短いメールの本文を何度も繰り返し読んだ。

「なんだよ! どういうことなんだよっ!」

 意味が分からなかった。

 俺は原付の鍵を手にアパートを飛び出した。


 とおんのマンションを目指してスクーターを飛ばす。会ってどうしてやろうなんて考えがあるわけじゃない。約束だからデートしろよなんて迫ったって、むなしいことは分かっている。でも任務を果たしたら、メール一つで顔も見せずに消えるなんてどうなんだよ。許せないという思いと、だからといってどうにもできないという思いが交互に浮かぶ。


 とおんのマンションの近くの交差点にさしかかったときだった。あの黒いオフロードバイクが向こうからやってきたのだ。

 信号で停まったとおんのそばに原付を寄せた。

「とおん、どういうことなんだよっ!?」

 怒鳴った俺に彼女がヘルメットのバイザーを上げた。


「あら睦人。偶然ね。どしたの?」

 まったくいつもの彼女だった。平然としていた。デートの約束を破ったことを微塵も悪いなんて思っていない顔だ。

「ど、どうしたじゃねえよ。おまえ、ほんとにもう任務終わりで本部に戻っちゃうのかよ」

「へ?」

 とおんは俺の言うことが聞こえなかったような顔をした。


「さよならぐらい言いに来たっていいだろっ」

「なに言ってんの。あたし忙しいの。この子をママのところへ戻してあげないとね」

「この子」

「そう、かわいいでしょ、わんこ。餌あげたけど食べないの。ママのところに返しに行くのよ」


 とおんが後部座席にバンドで固定していたものは、俺たちが奪ったジ・オブジェクト・インデペンデンシーと今岡らが呼んでいた干からびた手首だった。バンドで固定したそれは、ゼリーの中から取り出して間もないのかふやけてシートが少し濡れていた。

「わんこだって?」

「可愛いでしょー」


 これが子犬に見えてるというのか。

「とおん、それは子犬じゃない」

 とおんの顔つきがおかしい。俺とのデートのこととか、本部に戻ることを忘れているだけじゃない。こいつ変だ。焦点の定まらない目をしている。


「あはは…… なに言ってんの、睦人ったら。じゃ行くから」

 とおんは明らかにおかしい。今朝のメールにはまだ腹がたっている。非モテをバカにするから罰が当たったんだ。


 しばらく呆然としていた俺は、それでも原付のアクセルをふかして彼女のバイクを追った。考えがあるわけではなかった。けれど追いかけずにいられなかった。


 とおんのバイクとでは随分性能差があるが、彼女はそれほどスピードを出さなかった。ミラーには映っているだろうけれど、俺が追いかけていることを気にした風もなくマイペースで進んでいく。離されても信号で距離が縮んだりしながら、なんとか見失わずについていくことができた。

 

 道のりは郊外へ、そして林道へと入っていった。

 どこへ行くんだ?

 母犬のところだって…… こんな山ん中にその母犬がいるのか?

 いくつかの分岐を過ぎた頃、この道に見覚えがあることに気がついた。前に自転車でサヨクと来た廃鉱山へ至る道だ。


 道はあのゲートにつながっていた。波政と乗り越えたゲートだ。

 ゲートは前に来たときと少し違っていた。大きな看板に放射線管理マークがついている。

 放射能漏れ事故のため立ち入り禁止という表示だった。とおんがバイクを降りてゲートに向かう。

 俺も追いついて原付を降りた。


「とおん、行っちゃダメだ! そっちはなにかある。やつらがそこでなにかやってるんだ」

 とおんの背中に叫ぶ。

 彼女は振り返りもしなかった。なにも聞こえないのかもしれない。


 ゲートの前にとおんが立つ。

 そこは鍵がかかっている。そこから先は乗り越えない限り行けない。バイクも使えないからとおんを止めることができる。よかった。ほっとする。


 バイクの後部座席の白い手首がオレンジ色に発光した。

 ゲートにかかっていた南京錠の数字は、手も触れていないのにくるくる回った。そして勝手に外れて地面に落ちたのだ。

 ぞっとした。

 とおんがゲートを開いた。

「行くな、とおん」

 彼女は再びバイクに乗ってゲートの先へ行ってしまった。


 遠く、廃墟となったコンクリートの建物群が黄色く傾いた陽を浴びせられていた。鉱山跡だ。そこへと続く一本道をとおんのバイクが土埃をあげて走る。林道は途中から舗装されてなくてスクーターでオフロード車両についていくのは厳しい。距離はずいぶん開いてしまった。

 コンクリートの建物の間を抜けてオフロードバイクはその先に行く。


 森の中に切り開かれた広大な土地。そこがヤオヨロズクラスター第二次開発計画の工事現場だった。前に来たときはまだ基礎工事だけだったが、今は巨大な建造物がそびえ立っている。周囲には大型の建設機械、クレーンやプレハブの現場小屋などが点在していた。

 ヤオヨロズふぉれすとに勤務する従業員たちのためのマンションだという。

 マンション? いやマンションではない……


 サッカースタジアムがまだ近いかもしれない。仮説足場に囲まれていたがそのシルエットは巨大な円に近い形をしていた。ここはマンションではない。似ても似つかない。マンション開発は隠れ蓑だ。放射能漏れも偽装工作に決まってる。

 この場所こそ八木亜門らの秘密基地ではないだろうか。とおんは敵の本拠地に向かっているんだ。

 

 行かせてはいけない。そう思うが、もう放っておいて部屋に帰ってしまえばいいという気持ちもあった。任務が終わったら約束を破って自分をおいて去っていこうとした女なのだ。自業自得じゃないかとも思う。自分も八木亜門に捕まるかもしれない。だが、あの手首を奪おうとしたのは俺だ。


 八木亜門の秘密基地という考えが、自分の想像力の産物であってくれればいい。ほんとうはマンションなのかもしれない。俺が考え過ぎているだけなのかも。


 建物の周囲にはひとけはなかった。もう夕方だから現場は終わっているのかもしれない。

 バイクを止めてとおんが降りた。荷台にくくりつけていた子犬、彼女がそう思っているだけなのだが実際は不気味な手首、それを胸に抱いた。


 そこだけ足場がなく開いている箇所にゆっくりととおんが向かう。エントランスだろう。自分の行くべきところを心得ているようでもあった。


 突然、エントランスから黒いスーツの男たちがわらわらと出てきた。六、七人いる。奴らだ。

 囲まれたとおんは悠然としていて特にあわてた様子もない。

 抱えていた手首を男たちの一人が奪った。


 とおんが急に首をあげて周囲をキョロキョロ見渡した。

 女スパイは突然、目の前の黒いスーツの男を蹴り倒した。

 戦闘が始まった。


 後ろからきた奴に羽交い締めにされる。背後の敵にとおんは頭突きをくらわした。恐ろしく強い。それは俺の知っているいつもの女スパイだった。手首の呪縛から解放されたのか。


 せまる夕暮れの藍のトーンの世界で、まばゆく緑に光る棒状のものを男たちの一人がかかげた。

 エレクトリカルブレード!

 とおんが切りつけられた。

 女スパイが崩れ落ちる。


 失神させられたとおんはエントランスから、その内部に運ばれていってしまった。手首とともにだ。やはりここはUFOを開発する基地だった。推論は確信になった。俺はなすすべなく遠くからその一部始終を見ているだけだった。


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