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第百十五話 超特急のドッペルゲンガー

 ダム湖は延々と続き、その間は平穏なフライトだった。

「カッ、カクッ。カッカッカッ」という音がインカム越しに聞こえた。歯ぎしりだ。び、美々さん?

「スピー、プシュルルル」これは、いびき? とおんのだよ。

 二人ともかっこつけてるけど、寝ちゃったら可愛いところあるじゃん。


「ふわわあ」大きなあくびがした。とおんだ。

「ん? あら、おはようですわ。とおんちゃん」美々さんも目を覚ました。

 今頃になってようやくとおんと美々さんが起きた。


「二人とも寝てたけどすごかったんだぜ。自衛隊機にロックオンされて、トンネルの中飛んで、ダムの放水をヘリがかぶって、もう大変だったんだから!」

「は、なに言ってんの。夢見てたんじゃないの」

 さっきまでかいくぐったスパイ映画ばりのヘリアクションを力説する俺に、とおんはそう答えた。


「夢見てたのはおまいらだろ」

「まったく、スパイだとかって偉そうにしているくせに、肝心なときにいびきと歯ぎしりで寝てるんだし」

「失礼ね。いびきなんてかかないわよ」

「いや、かいてた。とおんはいびきだし、美々さんは歯ぎしりしてたよ」


「あんた、熱あんじゃないの」

「わたくしは歯ぎしりなんて生まれてこのかたしたことがありませんわ」

「いーや、してたし。二人とも。なあ馬都井くん」

「い、いや、私には聞こえませんでしたが。ヘリの音が……」

 蚊が鳴くような声で馬都井くんが言ってうつむいた。

 う、裏切りやがったな。


「ほら、やっぱり非モテの心ない中傷だしっ!」

「美しいわたくしたちを貶めて、自分のいる底辺に引きずり降ろしモノにしようという醜い作戦よ。さもしいですわっ!」

 さ、さもしい。

 人生において、さもしいなどと言われたのはこのときをおいて他に覚えがない。


 いや、誇り高い猛獣たちに挑んだ俺が間違ってたのかもしれない。雌ライオンの歯ぎしりと雌トラのいびき。安易に手出しして猛獣達の返り討ちにあってしまったのだ。


 そういや、美々さんが学芸会でライオンキングを演じた話をしてたことがある。ヒロインの雌ライオンなのにタテガミがあったということだ。ゴージャスだからという理由だそうだけど、こと美々さんの場合は雌ライオンでもタテガミが似合う気がする。ただ、雄ライオンもタテガミだから、タテガミとタテガミが愛を語り合うミュージカルだったらしい。シュールだ。


 ヘリはレーダーを避けるため低空を飛ぶ。山裾をかすめ谷間を抜けて平地に出た。

「そろそろ線路です」馬都井くんが言った。

 遠くに線路があった。上越妙高と長野の間あたりだ。自衛隊機との遭遇で時間がとられ、もう新幹線は上越妙高を出ている。黒崎がそこで降車したのでなければいいが……


「来たっ!」

 とおんが声を上げた。彼女は目がいい。

 線路のずっと先に白い流線型の超特急の姿があった。

 ヘリ、すげえ…… ほんとに追いついちゃったよ、新幹線に。

「発信器の探知レーダーを確認しましょう」と馬都井くん。


 俺はポケットから手のひらサイズのポータブル端末を取り出した。

 スイッチを入れるが画面に光点が表示されない。

「ダメだ。画面、真っ黒。上越妙高で降りたのか」

「いや、まだ距離があります」と馬都井くん。

 そうだ。このレーダーは電波の到達範囲が狭く、五〇〇メートルほどしか探査範囲が及ばないんだ。

「馬都井、接近して」と美々さん。


「はっ」

 ヘリが線路に接近していく。

 レーダーの画面の端に光点が表示される。光点は新幹線と同じ位置だ。時速二〇〇キロで移動している。

「映った! 黒崎次長はあの新幹線に乗ってる」

「よっしゃあ。追いついたっ!」とおんが美々さんとハイタッチした。


 ヘリは少し距離をとって新幹線と平行に飛行する。あまり接近すると不審に思われてしまうかもしれないからだ。それでなくても自衛隊機に国籍不明機に間違われたのだし。


 とにかく新幹線から離されなければ大丈夫だ。そして駅に着いたら五〇〇メートル以内に接近しレーダーを確認すれば、黒崎が降車したかどうか分かる。線路は行き先は決まっているし途中で降りることなどできない。どの駅で降りるかだけだ。北陸新幹線かがやきの場合、停車駅も限られている。

 そういう意味では新幹線は追跡しやすい。ヘリを持ってればだけれど。


「あ、また、新幹線だ」

 とおんが指をさした方向は、追いかけている新幹線の進行方向ではなく、後ろの方だった。

「二つも新幹線なんて珍しいですわね」

 その新幹線は俺たちが追いかけている新幹線を追いかけるようにして線路を走ってきた。


「変だな。新幹線が同一方向に走行するなんて。どういうことだ……」馬都井くんが小さくつぶやく。

「あ、あの新幹線なんか変。色が薄いっていうか」ととおん。

「透けてますわ」


 美々さんの言うとおりだった。それは新幹線の形をしていたが、まるでゼリーかクラゲのように透明だった。

 その新幹線の幽霊のようなものが徐々に速度を上げ、俺たちの追う黒崎を乗せた新幹線に迫る。そして、ついに車両同士が並んだ。手前に黒崎を乗せた新幹線、奥に透明な新幹線が併走する。


 透明な方の新幹線が淡くオレンジに発光する。そして、透明な新幹線の中に中身、イスや乗客の影が出現した。その姿は徐々に色彩を帯びてはっきりとしていく。そして、最後に透明な新幹線は、車両の外板も白くを透明でないものになって、まるっきり普通の新幹線になった。そのさまは脱皮したての薄緑のセミが濃く色づいていくのを早回ししているようでもあった。もう併走する2つの新幹線は手前も奥も区別がつかない。


 なにげなく見た手に持っていたレーダーにも異変を発見した。光点が二つになっていたのだ。

 突如、奥の方の新幹線が加速した。

 二〇〇キロで走る新幹線の倍、いや、それ以上の速度だった。見る間にその新幹線は遠ざかっていく。

 ドオオオンッ!

 轟くような大音響がしてヘリがビリビリ揺れた。


「ソニックブーム。音速を超えたのか…… なんだあれは」

 馬都井くんが真剣な顔をしていた。そんな彼の顔は見たことがなかった。さっき自衛隊機に追いかけられたときでさえ。


「なんなの?」ととおん。

「わけがわかりませんわ……」美々さんが不満げな顔をする。

 だが、女性陣二人は、それ以上、そのことについて触れなかった。

 ときどき女ってとても現実的だなと思うことがある。その奇妙な新幹線について、どれだけ推論したとしても恐らく答えは出ない。ただ気持ちが不安になるだけだ。不安な気持ちはミッションの妨げになる。だからだろうか?


 それでも俺はそのことについて考えずにいられなかった。

 音速…… 自衛隊機と同じスピード。そんな新幹線はない。リニアだってマッハは出ない。

 あれはなんだ? 新幹線ではない。だがレーダーの光点は二つになった。新幹線に擬態したのか。そっくりそのまま中身までコピーして。あの偽物は新幹線のドッペルゲンガーみたいなものとなったのか。


 一瞬オレンジの光に包まれていた。その光が幼い頃に見たUFOの色に似ていることに気づいてはいた。


 八木亜門とUFOは関係している。


 自衛隊機のスクランブルとサンタクロースという謎の交信。アームストロング船長が月の裏にはサンタクロースがいたと発言したことを思い出した。サンタクロースとはそれを指す隠語ではないのか。不明機はなんだったのか。自衛隊機はこのヘリを追いかけていたのではなく、新幹線に擬態したあの幽霊超特急を追いかけていたのではないのか。とおんの言う陰謀とは違うもっと大きななにかが起こっているような気がした。


 考えたことを俺は口には出さなかった。まとまりがなかったし、誰もそんなことを望んでいるように思えなかった。そして、ヘリは本物の黒崎を乗せた新幹線を追跡し続けた。それが、今、集中すべき俺達スパイのミッションだったから。


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