第十一話 もう一人の受講希望者
入り口でもみ合っているときに扉がまた開いた。
女子だ。
「自己啓発セミナーとかいうのをやってるのはここね」
「えっ?」
呼吸するのを忘れるほどの綺麗な顔がそこにあった。
磁器を思わせるなめらかで白く透明な肌。つり目がちのくっきりとした瞳は、どこかで見たなんとかブルーとかいう気取った猫を思い出させた。瞳の色は青ではないけれど魂が吸い取られてしまいそうだ。
華奢な曲線を描くあごの輪郭にぴったりのかわいらしいくちびるはピンクに潤って、そこだけはどこかあどけなさがある。だ、誰なんだ? この娘……
つか、なんで今日に限ってこんな美人にばかり会うんだ?
「セミナー受講希望の方ね?」
美々と名乗ったセミナー講師が聞く。
「まあね。でも、まず、どんなことをするのかを教えてもらいたいわ。参加するかどうかは内容次第ね」
美女が二人いた。
俺のあとから入ってきた彼女は、抜けるように白く綺麗な顔をしていた。月の女神のような顔をじっと見ていると目が離せなくなって一生見ていてもまだ見続けたくなるような。一方、講師の方は華やかさや愛らしさを天真爛漫な笑顔に湛えていて、女性的な魅力が太陽の光のようにこぼれてくる。こちらは一目見るだけで幸せに満たされるような美しさだ。
二人の個性はまるっきり違う。なのに、その二人ともがこれ以上どうしようもないくらいの完璧な美しさだった。世界の美しい顔百人に日本からこの二人がエントリーされていたとしても、まあそうだよねってくらいの。
美と美が競合していた。美人戦争が会議室の入り口で勃発していたのだ。
「そうですね。では、説明しましょう。わたくしは吉良守美々。このセミナーを主宰するものよ。彼は馬都井、アシスタントをしてくれるわ」
「この人は?」
俺のことを聞かれた。
「受講希望の方…… ですよね?」と馬都井。
「……」
「ふーん」
興味なさげに彼女は生返事。
俺は会議室から脱出しようとするのを忘れてしまっていた。
「えーと……」
「お帰りになられるのですか?」
「え、あ……」ドアノブに手をかける。
二人の美人を見比べる。
ちょっと待て、人生の中で、こんな美人のそばに居れたことなんてあったか。走馬燈のように、小学校、中学校、高校、大学、会社の全人生を早回しで再生する。
ねーわ!ねーわ、こんなの。この状況をラッキーと言わずして、なにをラッキーと言うんですかい? 俺は美人惑星に不時着しちゃったんじゃないのか。
「いや~ やっぱ、説明だけ聞いちゃおうかなあ?」
「もちろん」「もちろんでございます」
吉良守美々と馬都井が笑顔になった。
「このセミナーはね、あなた方がイメージしているような、これまでの自己啓発のセミナーとはまるっきり違うの」
美々さんの言葉によって、オリエンテーションらしきものが始まった。
たしかに室内の様子はかなりヘンテコだ。怪しいと言ってもいい。
「いままでの自己啓発セミナーは教えることに主眼をおいていた。セミナーってそういうものという既成概念があったのよね」
ふーん、じゃあ、教えないってことなのだろうか……
「でも、教えなけりゃセミナーにならないじゃない?」
もう一人の受講希望者の女の子が俺の思っていた質問をする。
「わたくしが始めようとしているものは個々人の課題を実際にクリアしていくための自己啓発セミナーなの」
「個々人の課題をクリア?」
俺は聞いた。
「そう。実生活に軸足をおいたとっても実践的なセミナーなの。古今東西の新旧すべての自己啓発メソッドを網羅的に俯瞰した上で最適の手法を時点時点で取り入れ、受講者個人の抱える課題解決を図る。それがこのセミナーのコンセプトですわ」
う~ん? なんかそれっぽい説明だったけど、要するに行き当たりばったりってことじゃ……
「逆に言うとね、このセミナーのテーマはあなたたちの望んでいること、あるいは悩みといったものが創るのよ」
「なんだか、よく分からないんだけど」
彼女と同様に俺もよく分からなかった。
「今はそれでかまわないわ。とにかく、どれだけ言葉で説明したって、やってみなけりゃ始まらないし、それがあなたの自己啓発になるかどうかなんて分からないとは思わない?」
「まあ、そうね」
「というわけで、美々の自己啓発セミナー始まりますわよおっ!」




