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第百九話 ブラ崎

 ブラ? ああ…… ブラはブラでもこっちの方のブラは最悪だった。ブラ崎。黒崎次長は本人のいないところではそう呼ばれている。名字の黒にかけてというよりも実はパワハラブラックな上司という意味が込められていた。ついでに肌の色も毎週のゴルフで浅黒い。


 叱責されているときは妄想するに限る。とにかく時間が早く過ぎ去ってくれれればとファンタジーなひとときを思い出していたのだ。だがUFOの謎の鍵を握るおっぱいを邪魔した小さな赤い布切れ…… ブラのところで現実に引き戻されてしまった。


 朝イチで課長のところに内線電話がかかってきて、いきなり「緊急会議だっ!」と怒鳴ったのだ。電話の向こうの無駄にでかい声は課内のすみずみにまで響いた。

 皆がテーブルで戦々恐々としていると、入ってきた黒崎次長は「誰が座っていいって言ったっ。全員並べやあっ!」と、既に沸点に達していた。


 並ぶって…… それ、すでに会議とかじゃないじゃん。

 課員全員が、黒崎次長の前に一列に並んだ。彼が学生時代に所属していた体育会のアメフト部では、この整列体制になると、必ず全員が順番に頬を張られたということだった。さすがにそれはしないと黒崎は口では言っていたが、たまにビンタが飛んでくることもないわけではない。


 月曜の朝から怒られるというのは本当にメンタルにこたえるのだが、そういうことは多かった。週明け黒崎次長はたいてい機嫌が悪い。それこそコインを投げて表か裏のどちらかが出るくらいの確率で。いや機嫌が悪くないときがないとは言わない。コイントスだって落ちた場所によってはコインが立つって可能性もある。日曜の夕方は明日が火曜日ならって思うのだ。


 目線を合わせないようにする。動物と一緒で目が合ったら喰われる。

「聞くぞ。仕事で一番大事なことってなんだ?」

 課の中で若手の前元に黒崎次長は聞いた。

「えと…… いろいろあると思うのですが…… たっ、たとえばですね、えー」


 前元が口ごもる。黒崎次長がなにを問題にしているのかを予想しているのだ。ここで違った答えを言うと火に油を注ぐことになる。なんだろう? 熱意か、それとも、お客様第一主義か、スピード感とか…… いや、なにをやらかしたかだ。先週起こった出来事で黒崎の逆鱗に触れる可能性のあるものは?

 次に問われるのは自分かも知れない。


「報・連・相だろーがああっ! ああんっ! 報・連・相、報・連・相、緑黄色野菜の方じゃねーぞ、ゴラアアアッ!」

「すっ、す、すみません」と前元。

「この中にだっ、その報・連・相を怠ったものがいるんだよっ! 毎度毎度驚かされるぜ、この課のやつらにはな。ドッキリか、あん、なにかのドッキリなのかよっ! 仕事のキホンのキだろっ。そんなこともできないのかっ!」


 なんらかの報告を黒崎にしてなかったということなのか。

「キホンのキができてないクソ野郎、手を挙げろよっ!」

 テーブルに拳を振り下ろすとダンッと大きな音がした。

 全員無言で互いの顔を見交わす。


「先週何があったか思い出せっ。この俺に報告しておくべきことで、まだしてないことがあるだろうがっ!」

 俺は必死に記憶を探ってみた。特に何もやらかしてないと思う。先週は特にまずいことは起こらなかったのだ。


「アストラルホームと成約したんじゃなかったのかっ!」

 あ…… そうだ。それが一番のトピックスだった。大型の契約だった。

 でもなんで? それってむしろいいことじゃないか? お手柄と言ってもいい。

 黒崎はイスにどすんと座った。ふんぞり返りテーブルの上に足を放り上げる。


「大恥をかかされたよ。くそっ」

 黒崎は、日曜日に専務と同行したゴルフ場でそのアストラル社の役員と出くわしたこと、そして自分がまだ成約の話を知らないということが専務や相手方に分かってしまい恥ずかしい思いをしたことを語った。

 ああ…… なるほど。成約は金曜の午後だったのだ。


 にしても、この会社ではいいことをしても怒られる。そんなの、適当にご成約ありがとうございますってお礼言っておけばいいのに。

「俺が知らないってことがありえないんだよ。無能に思われるだろ。なんの意味もない。そんなのなら成約しなくていいよっ!」


「も、申し訳ございません。ア、アッ、アストラルの契約が金曜の夕方にかけてでして次長さんはもうお帰りになられていたもので…… うひっ」課長が必死に説明する。

 そうだ。報告ったってタイミングがなかったのだ。


「ほお~ 俺がさっさと帰ったのが悪いって言うのかっ!」

「め、滅相もござ……」

「そーかそーか、俺を陥れようとして、わざわざそんなタイミングで契約を取ってきたんだな。あーありがたいなー」

「ひーっ」課長は泣きそうだった。


「アストラルの担当は誰だっ?」

 俺はセーフだった。課参事の唐須に担当を変えられたんだ。最初は俺が受けた話だったが成約の話が見えてきた頃に加納に替えられてしまっていたのだ。替えられたときはムカついたが逆に幸いした。


 加納か…… いい流れだぞ。いや加納が怒られてしまえばいいというんじゃない。一番いいところで手柄を横取りしていったのがムカつかないといえば嘘になるが、それは加納というより課参事のせいだし、加納が叱責されればいいという気持ちはなかった。


 違うのだ。黒崎次長は容赦ない性格だったが、唯一、加納に関してだけは追及の矛先がソフトになる傾向がある。やっぱり、さすがのブラ崎でも創業者の遠縁ってのを気にするのだろう。俺や前元なら叩きつけられるところだ。ここは加納が引き受けるというのが一番被害が小さい。


「あの、すいません、僕ですけど……」加納が困ったような薄笑いで手をあげた。

「あん? かっ、加納か……」

「すいません」

「うむううう。ちゃんと報告しろよ。ダメだろうが……」

「申し訳なかったです」


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