第百七話 百円でできる変革
お天気の土曜の朝だった。湿度がなくてカラッとしている。
入院費や薬やらの支払いを済まして、とおんがエントランスから出て来た。
「お出迎え、ありがと。あーあ、やっと抜け出せるわ」
「もう痛みはないのか?」
「ほとんどね。あばらのあたりはさわれば痛いけど、ま、ぜんぜん大丈夫な方よ」
今日が彼女の待ちかねていた退院の日だった。
退院しても別の部署へ異動しないことになったのだ。
黒い物質を奪取したことによって、とおんの任務の継続が決定した。さらに正式に俺が協力者になることも許可された。
あの黒い物質「オブジェクト」は現在のところ分析できていない。金属ではないようで、地球上に存在しない物質なんじゃないかという意見もあるそうだ。それがどれほどの価値を有するのかは分からないけれど、少なくともその分析が進むまでは、とおんの任務は続行するということだった。
「日本の施設じゃダメだから、チューリッヒに送るみたい。結果が出るとしても時間がかかるわね」
「その間はこっちでスパイができるんだろ」
「そうね」
「よかった……」
「睦人の手柄ね。でも目標のためなら、あんな似てないモノマネでもするって図々しさには驚かされるわ。あんた、案外スパイに向いてるかもよ」
「ほめてないよね」
彼女が「ん?」という表情をして、足元を見た。
気づいたか?
今日、俺の身長は二cm高い。
とおんの身長は一六七cmだ。ヒール履くと俺を超える。でも俺が二cmアップで同じくらいなる。
「なあ、とおん。シークレットシューズって女子的になし?」
「ん…… 化粧してきれいな女の子って嫌い?」
「いや、全然好き」
「靴のせいで背が高くなったとしてもいいじゃない。イケメン度が上がるんだったら」
その日以来、俺はときどき靴の中敷きを変える。気合いの入っているときとか。
出費は、ダ◯ソーで一〇〇円(税抜き)ぽっち。二cm身長アップのが売っていたのだ。
二センチ背が伸びるだけだけど、俺の日常は高度二cmの冒険になる。
スパイ(協力者)としての俺のコードネームは「アキレス」ってのはどうだろうか。他はすべて完璧だけれども唯一の弱点が踵。まさに俺のことじゃね?
今回、いろいろな冒険をした。けれど俺自身の自己啓発として一番大きかったことは、実は『身長を気にするくらいだったら厚底の靴を履け』ってことなんだ。これまでもそういう対策を考えなかったわけじゃないけど、そうすることでなおさらコンプレックスが気になるようにも思えてやってみなかった。でも今回のミッションでやったら案外良かったのだ。
シークレットシューズはいい。ほんと人生変わるよっ。