第百三話 レーザー警備
ガラス張りとなっているクリーンルームからはオフィススペースが見えた。そこにはスーツ姿の男が歩いていた。例の黒のスーツの警備スタッフだ。明らかに研究者とは異なりスーツに包まれた筋肉やセットされた髪がFBIとかSPとかのイメージに近い。男はセルの太いメガネをかけていた。そして、それと同じメガネがずらりと壁にいくつも並んで掛けられて配線と接続されていた。
『充電? ……しているようね』ととおん。
『通信インカムやカメラとかの装置を入れたスマートグラスの可能性がありますわ』と美々さん。
そうか、そう言えば、警備の男達の何人かが同じメガネをしていたような気もする。
見つめていると見破られそうな気がして男から視線を逸らし、クリーンルームの内部を見渡す。中央には実験台がいくつも連なっている。その奥の方の実験台の上にガラスで密閉された一メートル四方よりも少し大きいくらいのケースがあった。
ケースの正面には、新書くらいのサイズの小箱がついていてテンキーがある。
『これ電磁的な鍵がかかっているわ』ととおん。
『暗証番号を入力するタイプですわね』美々さんも言う。
つまり指紋認証は使えないということだ。
ケースの内部には集積回路を何百倍にも拡大したような複雑な配線がされた銀色の固まりがあった。見たこともないような機械は多足動物のようで気色悪い。
ケースの中のその機械の周囲には外からの侵入者を威嚇するように赤い光線が縦、横、斜めに張り巡らされている。触れたならきっと警報装置が作動するのだろう。
『レーザーの検知システムか。よっぽど大事なものってのがバレバレじゃない』ととおん。
これはなんだろう? 厳重な取り扱いから考えると、彼らが開発している動力機関の中核となる部品だろうか?
ケースの中の液晶に数字が表示されていた。三四.五℃。温度か?
『庫内が暖かく保たれているわ』ととおん。
『熱帯くらいの温度ですわね』と美々さん。
暖めて保管する必要がある機械ってのも変わっているなと思う。普通は冷やすだろ。あ、バッテリーみたいなものは違うかもしれないけど。
そのとき研究員の一人がまたこちらに来た。
「亜門様、おつかれさまです」
『これ、欲しいわ』とおんが言った。
えっ!?
『そうですわね、ここで行われている研究の根幹に関わるものかもしれませんわ。あなたたちが目撃したUFOの動力機関の核となるような部品とか。たしかに手に入れるべきですわ』美々さんも同意する。
『睦人、どうにかしてそれを奪いなさい』
どうにかって……
八木亜門はこの組織の中の絶対者だ。だから彼が指示をすれば逆らうものはいないだろう。なんとかセリフを組み合わせて機械をケースから出させればいい。
録音したやりとりの中で亜門のセリフは、
①「一人だ」
②「ああ」
③「本日のコーヒー、ホットを」
④「ああ、それで」
⑤「いや、結構だ」
⑥「チョコレートチャンククッキーというのはなんだね?」
⑦「君は食べたことあるのかね?」
⑧「やり残した仕事があってね」
⑨「ちょっと待ってくれ、小銭がある」の九つだ。
それらを組み合わせて。 ……無理だと思う。
どうする? どうする? どうすればいいんだ?
んんんんんんん……
「それを出したまえ」
俺は八木亜門の口調を真似て喋っていた。
『ぐあっ、に、似てない』ととおん。
研究員は変な顔をした。
気まずい沈黙が続く。
だが、もう一度声を出したらバレてしまいそうだ。
間があった。相手は変な顔をしている。
俺は黙って手をさしのべた。
「はい、少々お待ちください」
「ああ」②のボタンで答えた。
「亜門様、風邪でも引きましたか?」
「いや、結構だ」
⑤のボタンの答え方ははいまいちだったけれど、研究員は暗証番号を入力してケースの扉を開いた。連動してレーザーも切れた。
『ひっ、ひどいな。ぜんぜん似てないじゃない!』とおん。
『よけいなお世話だよっ。雰囲気はとらえてたろ。だいたいとおんがなんとかしろって言うから……』
『心臓に悪いですわ』と美々さん。
『いや、こっちがだし。心臓止まるかと思ったよ。おまいら安全な部屋でモニターしてるだけじゃないか』
研究員に聞こえないようにインカムで言い争う。
研究員はケースの中に手を入れて機械を取り出そうとした…… と思ったら、機械の配線を順番に外していった。
えっ? 分解してるぞ……
その機械ではなく、機械の中心部分にあったものを俺に渡した。
「どうぞ」
「ああ」②のボタンで答える。
黒い石のようなものだった。銀色の機械や配線に隠れて見えなかったのだ。
機械に周囲を囲まれたその様子は、心電図を取るときの人間に似ているような気がした。
黒い餅のようなもの。丸餅を切った端っこの湾曲している部分。黒曜石の石器。矢尻のような外見をしている。
ただ、触ってみると温かい。庫内の温度の三四.五度。体温に近い温度だ。
石でも金属でもなく柔らかい手触りを感じた。握っても変形する訳じゃなく堅いのだが、妙な柔らかさ温かさのようなものを感じる。堅い木に漆を塗ったような手触り。
黒い石は不自然な形をしていた。造り上げられたものというよりは、壊れたもの、欠損しているように思えた。
ギザギザになって一部が割れたような。そして土か汚れのようなものが付着していた。これは、土? もしかして、あのUFOが実験中に墜落したとかして壊れたのだろうか。
そう、俺は、それが空中に浮遊していた黒い物体、UFOと同じ材質なのだと分かった。これは、まさしくあのUFOの一部かもしれない。
少し柔らかい感触がする。金属じゃない。プラスティックのようなシリコンのような。それよりは堅い、不思議な感触。
『とおん、あのUFOと同じものだと思わないか?』
『そうね。その一部に見えるわ』
「諸田さん……」
他の研究スタッフに呼ばれて、その研究員は行った。