02 Outbreak
2118年8月30日 7:00
目覚ましの音と共に僕は目を覚ます。
湧き上がる高揚感と太鼓のような力強い鼓動の音が祭りみたいだ。
目が冴える。
決戦の朝だ。
そして、最後の朝だ。
準備を始める。
決戦のゴングがなった時からフルスロットルできっちり動けるように開始の5時間前に起きる。
朝食をいつも通り食べ過ぎず重くなりすぎない量を適度に済ませ、
エンゼルスの特製戦闘服に身を包み、
おっちゃんの形見のUSBをしっかりポケットに入れ、
僕が戦闘で使う刀と銃の最後のメンテナンスをする。
僕は基本的に右手に刀、左手に銃を持って戦う。
10年かけて磨いた僕の戦闘スタイルだ。
ヤマトもそうだけど……。
この10年間で製鉄技術は飛躍的に進んだ。
この部隊が使っている剣は全ていわゆる斬鉄剣だ。
そして銃弾は鉄を貫けることができる。
これがなくては話にならない。
10年前は敵に傷ひとつ付けることができなかった。
鉄の精錬度が全く話になっていなかった。
しかし、今は敵とほとんど同じ強度の鋼が作れるようになった。
その技術の進化の元は敵のボディを出来るだけ回収してその鉄を打ち直しただけなのだが。
この技術を盗んだおかげで戦いが戦いになった。
10年前の戦いでは本当に逃げ回ることしかできなかったらしいから。
さらに発展させてバズーカなどの大型の武器もある。
これがこちらの一撃における最大火力で一度に何体も破壊できる。
でもこれはミコトぐらいしか完璧に使いこなせないけど……。
ほかには突入班では隊長しか使わないけど僕たちの武器には爆弾がある。
攻撃範囲が広いのが特徴だが、爆炎で敵を一度見失うことが欠点だ。
敵は索敵を温度と形で人間を判別していると考えられている。
3km先でも追ってくることと壁などの影に隠れても迷わず真っ直ぐに追ってくるからだ。
大体40度ぐらいの人型を狙っている。
昔、戦闘で実験して検証した。
つまり視界が悪くなって不利になるのはこちらだけなのだ。
一撃で倒せていればいいがやりはぐるとこっちは一気に不利になる。
何個も同時に使えばいいんだけど、僕はあまり好きじゃないから使わない。
隊長がこれを使うのは昔から使っていたからと言っているが、
実はアラフォーで体を機敏に動かすのがつらいからというのはみんなが知らない本音だ。
僕が刀を使うのは自分の手に壊した感触があるから。
10年前大切な人達がそうされたときの感覚が伝わってこないと
充実感がない。達成感がわかない。すっきりしない。
銃を持っているのは……なんだっけ?
確か戦いの幅が広がるからだったような……。
まぁ、とにかく、武器の性能Upによって10年前と違い、やっと戦えるようになったのだ。
互角に。
この戦闘服もそうだ。
敵から手に入れた鉄はかなり丈夫だが、何より驚くべきは軽さ。
鉄人の一撃は生身で受けたら即昇天する。
それは今も昔も変わらない。
そこでこの戦闘服はなるべく軽さを重視し、
重要なところにだけ鉄板が入っている。
これによって一撃必殺率は下がった。
なるべく敵の攻撃は躱す。
避けきれなくても絶命は避ける。
そんなふうにできている。
コンコンッと僕の部屋のドアがノックされると
豪快にドアが開き、隊長が入ってきた。
今日も気合が入っているようだ。
「準備は出来ているかー!」
「もちろん」
とっくに心も体も準備は終わっている。
「ハッハッハ、だろうね、リョータローに関しては愚問だったな。
ところで、今日の作戦のことで相談があってきたのだけど最初のままでいいと思うか?
リョータローの意見が聞きたくてな。」
あのあと寝る前に少し考えた。
何かが前回とは変わっている可能性はかなり高い。
ただそれはそこまで大きな変化ではないはずだ。
いじるとしても……一部分……。
前回の突入からそんなに時間が経っていない。
偵察隊によるとほかの部隊が戦いを起こしたらしいが
鉄人たちの動きに大きく変わったところはなかったらしい。
まぁ、突入すらできなかったらしいが。
突入班と陽動班の人数のバランスが悪かったらしい。
やっぱり隊長の作戦ありきだ、突入までいけるのは。
おっと話がそれた。
要するに変わったことがあるとしてもそこまで大きくはないのかもしれない。
しっかり観察すれば対応できるはずだ。
いやそんなことしなくても
今回の陽動班はよその部隊からも人数を借りられたので人数が多い。
陽動班に敵をできるだけ入口から遠ざけてもらう、
できれば10kmくらい離れたところで足止めしてもらえれば、楽に突入できる。
敵がどう変わっていても簡単にこっちに戻って来られないように。
当初は前回と同様に陽動班が敵の注意を引いて
車で敵の隙間を高速で通り過ぎる作戦だったが……、
「だいたいはいいと思う。
けど、要同伴にはもう少し頑張ってもらおうと思う。」
隊長に今思いついた作戦を告げる。
「なるほどな。
じゃあ、今回、陽動を開始してから10分後に
突入班が行動を開始する予定だったが、
20分ぐらいにしとくか!?」
20分か……。
鉄人の移動速度がだいたい時速20km……、
車でまっすぐ走って陽動して移動距離にして6.3km……
だが、一直線に走ることはできない。
もっと近くなる。
どうだろうか
メインは突入の方、こっちが確実に成功するには……。
「30分だ。」
できるだけ、僕たちが突入しやすい状況にしてもらいたい。
それが一番大事だ。
「よし、じゃあ、それでいこう。いつも作戦助かるぜ!」
いつも?いつも隊長が考えているんでしょ。
これだって隊長の意見を少し変えただけだ。
隊長はにっこり笑うと、
「10分後に移動開始だ。遅れんなよ!」
と言って部屋を出ていった。
まぁいい、それに遅れるわけがない。
この時のために生きてきたのだから……。
僕もすべての準備を整えて部屋を出て集合場所、このホテルのロビーに行く。
これから始まる大戦を前に
気持ちが高ぶっているもの、
少し不安そうなもの、
あまり考えないように気を紛れさせているもの、
様々な顔をした戦士たちで溢れていた。
「あっ、おはよう!リョータローくん!今日も頑張ろうね!」
走って近づいてきたヤマトの顔は相変わらず少しこわばっているようだったが、
声を聞く限りはしっかり戦いの準備が出来ていた。
どうやら昨日はちゃんと眠れたらしい。
もしかしたら目に隈とか作っているかもと思っていたのだが、よかったよかった。
「おはよう。」
これが僕にとって最後の挨拶になるだろう。
10年も前から決まっていたことだ、特に気持ちの昂ぶりはない。
「イーーーヤッハーー!!
なんか今日は血が沸騰しそうだぜ!!!」
ヤマトのあとから二人が僕たちのところに来る。
……よかったよかった。
タケルは今日も元気いっぱいだ……。
僕が軽く疲れた。
「ほんとうるさいわね!
緊張感というものがないのは
馬鹿だからかしら。馬鹿だからなのね。」
普段と変わらない口調だが、ミコトの表情はヤマトに似ていた。
いつも冷静で潜在的な感情が顔に出ることがないミコトも流石にいつもどおりとはいかないらしい。
というかタケルのテンションが異常なのだ。
こういう時こそ馬鹿がうつればいいのに。
「よーし、みんな揃ったな!」
特に何でもないような話をしていると
少し高いところにいる隊長の大きな声が聞こえた。
そして、一瞬であたりは静まった。
ようやく始まる!
「ついにこの日が来た!
これから中継地点への移動を開始する。
今から戦いのはじまりだ。
そして、同時に今からが伝説の始まりだ!
それじゃあ出発!!!」
そう言って静かに隊長の拳が上げる!
隊長の一言でみんなの目に火がつく。
バラバラだったみんなの表情が一つ、戦う者の顔だけになる。
隊長のリーダー性にはやっぱり頭が上がらない。
各々の思いを体の内側に宿し、みんながそれぞれ車に乗り込む。
ここは敵のアジトから200kmほどある小さな街だ。
なぜこんなところに泊まっていたかというと
夜な夜な鉄人が徘徊することがあるらしく、
見つかると戦闘になる。
意味のない戦闘でわざわざ戦力を落とすことはない。
それにここから2時間ぐらいでアジトの近くの大きな公園跡に着く。
体を起こすにもそれなりの時間が必要だ。
そしてそこで最終ミーティングを行う。
ここからアジトまでは人はもちろん野生動物も住んでいない。
信号はおろか道もない。
10年前に破壊されたままだ。
100台ほどの車が道なき道をまっすぐに走っていく。
僕は隊長が運転する突入班の車に乗った。
実は隊長車があまり好きではないのだが……。
ほかの車はエコだからといってみんな電気自動車なのだ。
エンジン音も静かで何よりあまりガタガタしない。
それなのに隊長車は昔ながらのガソリン車。
なんかガソリンの匂いが好きらしい。
ガソリン入れる時ぐらいしか嗅がないだろうし
ガソリンスタンドなんてほとんどなくなっているし
2118年現在ガソリンなんてほとんどなくてかなり高いのに。
バカとエンジン音が少しうるさかったが、皆、自分なりの集中力を高めた。
何より窓から見える景色が当時のままだ。
外を見ているだけで十分僕の士気が上がる。
今ならどんな敵がどんな手を使ってこようとも負ける気がしない。
アジトに4km離れたところ、公園跡に到着する。
ドライバーと突入班の僕たちは大きなテントに集まる。
隊長が前に立ちゆっくり話し始めた。
「みんな、聞いてくれ!
突然ですまないが作戦の一部変更がある!
陽動班を3班に分け、この地図に書かれたA、B、Cの地点に
それぞれアジト内にいる鉄人どもをおびき出して欲しい。
30分後に俺たち突入班はアジトに突入することにした。
おそらく前回成功した作戦に対して
敵が何らかの対応をしている可能性があるからだ。
今更作戦を中止することもできない。
陽動班は鉄人を引き連れてそれぞれA、B、C地点に到着し始め次第戦闘を開始!
足止めを開始してくれ!」
そう言うとみんなは黙って頷いた。
僕は敵をおびき出す地点が書かれた地図をみんなに配る。
もしかしたら今日死ぬかもしれない。
そういったことは誰もが頭をよぎっているはずだが、
僕から地図を受け取る手はどれも力強い。
隊長の心はしっかりみんなに乗り移っていた。
「出発前には同乗者にも伝えてくれ!
そして、10分後に全員集合。
突撃の合図を出す。」
始まる。徐々に息苦しくなってきた。
本番が始まる!
広場にぞろぞろ集まってきた。
総勢538人。
「リョータローくん、いよいよだね。
今日は頑張ろうね。」
ヤマトは、緊張はしているが精神的には安定している。
力が発揮できるいい精神状態だ。
「楽しみだな。ワクワクするぜ!」
タケルはどうやらようやく緊張してきたのか、叫ばない。
「……。」
ミコトは何も言わなかったけど
表情から推察するに戦いが待ち遠しそうだ。
「やるか。」
僕?
もちろん、体のなかは既に爆発している。
表面に出さないのが精一杯だ。
隊長が少し高いところに立ちこちらを見る。
始まる、隊長の檄。
「いいか!
今日で長きに渡る人類敗北の歴史に終止符を打つ!
持てる力を最大限発揮すれば俺たちにできないことはない!」
「この世界を守るのは俺たちだ!!!」
「この世界の本当の支配者は誰か教えてやろうぜ!!!」
「鉄クズどもの時代は終わりだ!!!」
「勝つぞーーーーーー!!!」
切れ間切れ間に爆発する雄叫び。
マグマのように熱い体に流れる血潮。
始まる、僕たちの、僕の最後の戦い。
士気は最高潮。
心が、体が溶けそう。
少し息苦しい。
心臓の音が耳から聞こえる。
ワクワクが止まらない。
それぞれ車に乗り込み走り出す。
僕たち突入班は少し離れたところから観察する。
エンジン音が共鳴し
雄叫びを上げながら陽動班の突撃が始まった。
作戦通りまず鉄製のドアを爆弾で破壊する。
わらわらと出てくる鉄人。
そこから3手に分かれて走り出す。
全て作戦通りだ!
鉄人たちはしっかり陽動班に釣られている。
ここは今まで通りだ。
そしてやっぱり強いのも。
発進が遅れた何台かは鉄人のパンチをくらってひっくり返った。
そして群がるように……。
鉄人の体は120cm程の円柱をしたボディの上に
半径30cm程の半球状の頭がある。
さらにボディからは50cm程の腕と足が生えている人型ロボットだ。
奴らのパンチは高速道路を走っている大型車と衝突したときぐらい強さが有り、
当たればほとんどの確率で死ぬ。
さらに鉄人のすごいところは完全二足歩行であること。
そもそも生まれて一年も経たないうちに2本足での歩行が可能である人間でさえ、
骨格的には二足歩行は不可能なのだ。
人間は筋肉の働きによって2本足で立ち、歩くことができる。
中で何が起こっているのかわからないが、完全二足歩行を可能にしている。
うまいことやって転ばせても自力で立ち上がってくる。
完全自立型ロボット。
それほどの高い技術を持っていて、
一度侵入を許した作戦に対して何の手を打ってこないとは
考えられない。
変化、変化は……。
特に見当たらない。
15分も過ぎるとアジトの入口の半径1kmに鉄人はいなくなった。
何か少しプログラムをいじっていると思ったんだが……。
逆に何かあるのか、もしくは敵に何かあったのか……。
「どうだ?何か変わったことあったか?」
隊長が隣で双眼鏡をのぞきながら聞いてきた。
「ないな。」
恐ろしいほど何もない。
「そうか。じゃあ、わからないけど何もしなかったんじゃないか。
こっちが考えているほどのやつじゃなかったか……。」
「中に入られることは別に敵にとってたいしたことじゃなかったか……。」
ヤマトが隊長の言葉を遮る。
自信持てって。その可能性はあるが、ヤマトが言うと心配になるだろう。ヤマトが。
「ハッハッハ、ヤマトお前は心配しすぎだ。
たとえそうだとしてもこっちには俺もリョータローもいる。
俺たちが何とかしてやるよ!
タケルとミコトはどう思う?っていねえ。」
5人並んで双眼鏡で敵アジトを覗いていたが、
飽きちゃったタケルは自分の刀を眺めている。
そして、ミコトも自分の中を眺めながら隣で小言を言っている。
これだから戦闘狂は。
タケルは暇なら告白の一つでもすればいいのに。
やったら死亡フラグか……。
「これは単純に諸葛亮孔明の開城の計みたいなものかもしれないしな。
こっちが難しく考えすぎなのかもしれない。
そろそろ行くか。」
隊長は少し楽観的なところがある気がするが、
上に立って引っ張っていくような人はこのぐらいでちょうどいいのかもしれない。
それに何もしてないのならそれに越したことはない。
隊長の車に乗り込む。
隊長が運転席、ミコトが助手席、僕は後部座席右、ヤマトは左、タケルがトランクだ。
タケルがトランクにいるのは後ろから何か来た時に対応できるようにするためだ。
座り心地とか最悪だからそこだけは嫌だったが、
タケルが自分から志願してくれたおかげで助かった。
時々役に立つな、馬鹿も。
さて、いよいよ出番だ。
陽動班はうまくやってくれたようで
入口の周りには敵も味方の姿もいない。
静寂。
この車のエンジン音を聞くために世界が固唾を飲んでいるのかもしれない。
「よっしゃ行くぜ!」
オオーッ!!!
隊長が思いっきりアクセルを踏む。
時速100kmで敵アジト入口に突っ込む。
隊長は前方、ミコトはさらにその奥、僕は右、ヤマトは左、タケルは後ろを確認。
入口付近に来ても何も出てこない。
アジトの周りになにかおかしなものもない。
なんてことなく突入成功だ。
「イーーーヤッハーー!!!
楽勝だぜ!!!
とっとと親玉ぶっ潰しちまおうぜーー!!!」
あまり広くないんだから暴れんな!
「うん、うまくいってよかったよ。
でもここからが本番なんだよね。
みんな、頑張ろうね!」
ヤマト、頑張れ!
「そうね、頑張りましょう。
前回はここ突入するのにもひと悶着あったものね。
今回はラッキーだったわ、ねぇ、タケ……
馬鹿だからわからないか……。
ねぇ、隊長!」
ひどい!
「おう、ひとえに作戦勝ちだな!
ただ本番はこれからだ。
油断だけはするなよ。ハッハッハ!!!
オラオラ、まだまだ加速するぜー!!!」
いや、隊長それ結構……。
前回は入り口付近で鉄人に捕まった数が多く、
突入に多大の犠牲者が出た。
僕も前回陽動班で戦局を立て直すのが結構大変だった。
あの時そうだったが、一度歯車が狂うとことを運ぶのは大変だ。
絶対に気は抜けない。
「イーーーヤッハーー!!!
隊長!今何キロ出てるの!?」
「120だ!目指せ200キロ!」
「隊長……この車そんなに出ませんよ。
メーター180キロまでしかないし……。
ホントバカばっかり……。ハァ-」
「リョータローくん!
なんか思っていた以上にここ広いね!
僕、ビックリしちゃった!」
「確かに!」
……車内はすっかり緩みきっていた。僕も含めて……。
前回が厳しい戦いだったから今回との落差で……。
そうそう、考えすぎだったのかもしれない。
最悪を想定するのが作戦を立てるときには大事だ。
しかし、最悪にならないのならそれはそれで。
RLsアジト観光車は痛快に風を切っていく。
ワイワイガヤガヤやっていると突然、ブーッブーッという音が鳴る。
隊長の携帯電話だ。
誰だろう?
携帯とは別に隊長と陽動班の班長はトランシーバーを持っている。
こちらは同時に大勢に音声でメッセージを送ることができる。
陽動班の撤退とか作戦終了の支持や状況報告などが一度に全所に届けるのに使う。
このタイミングでかかってくるとしたら陽動班の誰かではないとしたら……。
誰かからの応援メッセージ?
「もしもし。こちらは対RLs討伐特殊部隊、エンゼルス突入班!
只今、敵アジト内を爆走中だぜ。どちらさんですか?オーバー」
誰かわからないのに呑気に電話で自己紹介……。
オレオレ詐欺とかのタブーじゃねぇか。
それにオーバーって……。
それはトランシーバーじゃないでしょ!
隊長、浮かれすぎだ!
たまには責任という重圧から逃れたいのか?
まぁたまにならいいか。
「何を呑気なことを言っているんですか。
私は陽動A班の動きを遠くから監視し、作戦を立てているものですが、
突然A班が陽動中の鉄人が3体、逆走を始めました。
おそらく、何らかで突入班に気づき追いかけたのだと思われます。
我々も逃さないようにしようと思ったのですが、敵が強く我々ではどうにもなりません。
一応、報告したほうが良いと思いまして背後にお気を付けください。」
「……了解した。
引き続き陽動と足止めを頼む。」
そう言って電話を切った隊長。
車が止まる。
一瞬で静まり返る。
本来アジト内に鉄人はいないはずだった。
今回もしかしたら鉄人全員が陽動に釣られないで入口を守る者もいるかもとは思っていた。
そしたら作戦を少し変えなくてはとも思っていたのだが、みんな釣られた。
前回と同じように。だから作戦はうまくいったと思っていた。
やられた。
入口を守らなかったのはあえて中に誘い込み、逃げ場がないところで狩るためだったのだな。
ただ入口を固めるものと思っていた。それをしなかったからてっきり……。
何らかの方法で僕たちの侵入を察知した鉄人がこっちに来る。
左を見るとヤマトは口を開けて目を大きく見開いている。
隊長はサイドブレーキを引き、頭を人差し指でコンコンと叩いている。
隣のミコトも後ろのタケルも困った顔をしている。
流石に状況がわかっているようだ。
沈黙だけが流れる。
こうなっては仕方ない。結局はどうするかだ。
まともに戦ったら、この5人なら10体倒すこと自体は問題ないが、
こっちも何人かは戦闘不能になるに違いない。
一番奥の部屋にいるであろう親玉が丸腰とは考えにくい。
鉄人程のロボットを大量生産できる技術がある。
おそらく予想もつかない兵器があるだろう。
人数は多いほうがいい。
特にここに居るメンバーは高い戦闘力がある。
無意味に消耗することは得策じゃない。
今回は諦めるということも視野に入れなくては……。
つまり、今決めるべきは……。
「隊長、冷静になって聞いてくれ。
進むか引くか……、これだけを考えよう、あまり迷っている暇はない。
30分陽動したということは奴らが来るまでにだいたい30分の猶予がある。
ここから余裕ででるために10分で決めてくれ。」
隊長がこの部隊の意思だ。
隊長が進むといえば全員進むし、引くといえば全員引く。
「引くというのは簡単だが、
進むといった場合後ろから来る鉄人をなんとかする方法はあるのか?」
「ちょっと待って。
進んだ場合の選択としては3つある。
一つは電光石火で先に向かい敵のボスを叩く。
今回は前回にはなかった状況になっている……、
ということはどこかに奴らを制御しているところがあるはずだ。
それを壊す。前回行って得た情報をもとに作ったこの地図だと
未だ行っていない場所はアジト中央に位置するこの部分、この500m四方のどこか。
そこにあるはず。
奴らに追いつかれる前にそれができれば、戦わずして勝つことができる。
問題はおそらくそこにはボスがいる。
これだけの技術力を持つ敵の親玉が……。
そいつを倒す、それも時間をかけずに……、
もしくは足止めをしながらその制御装置を破壊することができるか……。
それが一番のネックになる。
時間の制約は時として大きな枷になる。
30分以内に敵ボスの隠し球をなんとかできるか。
追いつかれたらもう絶望的だ。
二つ目は先に後ろから鉄人を倒してから進む。
何体かはわからないが単純計算で12体だとすると、
こちらの戦闘力で真っ向から戦ったら……、
勝てるかどうかぐらいの強さがある。
よってこの作戦で行くなら自ずと策にはめる必要がある。
考えられるのは2つ。
一つは狭いところに集めてこちらの最大の火力を持つミコトのバズーカで一気に破壊する。
そして生き残りは他が狩る。
これは後ろの方のやつに届かない可能性がある。
さらに敵がやられたときの自爆で爆炎が上がる。
それで視界が遮られたとき次の先手を取られる。
真っ向勝負の時ほどではないが確実に戦闘不能になる。
もう一つは同じように狭いところに集めて隊長の爆弾をフルに使って一気に破壊する。
これは同様の理由、いや爆弾自体の爆煙も合わせて同じことが起こる上に
それ以降の戦闘で隊長が役立たずになる。
爆弾を使うと近くに人はいれないから折衷案は難しい。
それにこれは本番ではない。進むと決めた以上あまり武器の浪費をするのはよくない。
最後の3つ目は……。
いややめておこう。
進むとしたらこの2つだ。」
短い時間で頭をフル回転させる。
言い終わると少しの沈黙が流れ、
「よし、進もう!
この程度の不測の事態を対処できないようでは体張って、命賭けて陽動班に申し訳が立たない」
そう言って車は加速した。
ブゥゥゥゥンとエンジンの音だけが虚しい。
走り出すとすぐに行き止まりになった。
そして、そこにはひとつの扉があった。
ほかに進む道はない。
間違いなくこの扉の奥に親玉がいる。
後ろから来る奴らを殺ってから行くか。
それとも来る前に突入するか。
行くべきか行かざるべきか
それが問題だ。
鉄人の移動速度ではまだ接触するまで時間がある。
そのあいだに考えなくては……。
どうするか。
隊長が手をたたいて大きな音を立てる。
「これからこの扉を突破する。
ここからは車ではいけないので一列縦隊で行く。
先頭に一番戦闘力の高いタケル。
その後ろにヤマト。タケルがカッとなってつっこんでいったら援護してやってくれ。
その後ろにリョータロー。前で起こったことを分析して対応してくれ。
その後ろにミコト。遠方から銃でフォローしてやってくれ。
一番後ろからは俺が行く。
不測の事態になったら各々の判断に任せる。」
「了解!」
ほか4人が返事をして、扉に向かう。
突破力がある一列縦隊で編成したというのは
急いで敵の首を取ると言うことか。
タケル、ヤマト、僕、と順番に扉を通過する。
扉の先にももう一枚扉があった。
その先にきっと……。
しかし次の瞬間、予想できない事態に陥った。
ミコトが後ろを通り過ぎた時点で後ろの扉が締まったのだ……。
締まった……締めたのだ……どっちかが。
まだ隊長が来ていない。
二つ目の扉を前に全員が立ち止まる。
「これは隊長の最後の命令よ。
4人で敵を討て。」
「どういうことだ!」
何が起こってもこの中で一番冷静にいられると思っていたのだが気づいたら僕は声を荒げていた。
「聞こえるか?
リョータロー!お前は絶対聞かないと思ったからこうして騙すような形をとることにした。
すまないな。」
扉の向こうから声が聞こえる。
「どうする気だよ!一人で何する気だ!」
いったいどうする気なんだ……。
なんて口では行っているが本当はわかってる。
『しんがりだ。』
「お前、本当は気づいただろ。
この状況でのベストは行くことでも行かないことでもない。
足止めを一人おいていくのと先に進むのとで隊を分けること。
それが……、お前が言うのをためらった3つ目。
これがどちらも相手をするときに一番損害が少ない。
そして、それができるのが俺だけだって。
確かに今の俺の爆弾だけでは火力が足りないかもしれない。
でも車に積んでいるガソリンも使えば一人で倒すことも可能だって……。」
何もかもお見通しか。
機械的に考えれば隊長が言ったことが一番いい。
一人の犠牲と引き換えに4人が無傷であるこの状況が一番。
でもそれは機械の考えだ。
僕は嫌だ!
隊長が……
こんなところでまた大切な人を失うなんて……
事件のあと僕に生きる道をくれた恩人をここで見殺しにするなんてそんなこと。
感情論でしかない。合理的じゃないのはわかっているけどそんなこと受け入れられない。
「どけよ、ミコト!」
直接止める。隊長が死ぬくらいなら僕が!
これだけ必死だったらミコトもよけるだろう。
しかしミコトはどかなかった。
よけると思ってまっすぐ突っ込んでいった僕は簡単に技をかけられその場に倒れて
関節を決められ身動きが取れなくなった。
「何すんだ、ミコト!」
自分でもびっくりしている。こんな言葉普段なら絶対に言わないのに。
頭の中はひどく冷たかった。
そして僕の問いに返事はない。
背中に小さい水溜りを感じるだけだ。
「あんまりミコトを責めるなよ!
さて、いつまでもお話している場合じゃないな。
ガソリンで火力を上げられるとは言っても計算して仕掛けとか考えないといけないから。」
これが最後だ、リョータロー。」
……。
冷たい頭は聞こえてくる言葉をうまく処理できない。
「お前が今普段なら考えられないほど取り乱しているかわかるか。
それはここがお前にとって大事な場所、大事な人の集まりだったからだよ。
そしてそれは俺にとっても、俺たちにとっても同じだ。
やっぱりお前がいないと寂しいんだよ。
自分を粗末にするようなことだけはするなよ。」
考えたくないこれからまたお別れが来るなんて。
それに死にに行くような奴が何言ってるんだ……。
「お前は、血は繋がってないけど俺の子だ。
俺の子なら俺の子らしく自分が生きるために生きろ!最後まで!
それに俺たちの希望だからな。リョータローは。」
……。
「そろそろ行くわ!
俺が行ってもこの扉は締めておいてな。
最後にミコトに俺の爆弾の一番小さいやつ渡しといた。
俺の爆弾一番火力がないやつだ。
自殺するためでも形見としてってわけじゃないぞ!
それを見て俺が言ったことを思い出せ。それを見て俺の意思を継いでくれ。
いつまでも愛してるぜ、リョータロー……」
ダッタッタッタ
バタン
ギギギーーー
ブルルルルルン
ブゥゥゥゥゥゥゥン
頭が回らない。
少しするとあたりを静寂が包み、僕の背中と目の前のゲリラ豪雨の跡が残る。
そして、
ドカーーーーーンと
頭の中の何かが吹っ飛んだ。
2章-完-