01 Eve
「いよいよ明日だ!
我々の雪辱を晴らす時が来た!
我々は強くなった!
武器も知識も肉体も気合も10年前の世界の悪夢の時とは違う!
最後の最後まで戦い抜け!
日本の、いや世界の明日は俺たちの手でつくるんだ!
心をたぎらせろ!
明日は……決戦だ。」
隊長の檄がとぶ。ついにこの日が来た!
父さん、母さん、キンジ、そしておっちゃん!
僕、やるよ!10年前の仇を取るよ!
気がつくと形見のUSBを握りしめていた……。
西暦2108年8月11日、今から10年前に起こった大事件、通称、世界の悪夢。
あれから世界は一変した。
平たく言うと突如現れたロボット集団によって日本のある地域が……、
いや、この場合は世界の一部が一瞬で更地にされる事件が起こった……。
その地域には僕が住んでいた街もあって……、
僕は、なんとか生き残ることができたのだけど
その時、親も友人も……、
……何ひとつ抵抗できなかった。
国や世界中の軍事力をフルに使っても誰も太刀打ちできなかった……。
ロボットたちは次々にブッ壊していった……、建物も、車も、そして人も……。
このままじゃいけないことは分かっていたけど足が……、体が……、動かなかった……。
あの事件の前におっちゃんに知り合ってなければ、
あの事件の最中おっちゃんに遭ってなければ、
あの事件の時、おっちゃんが助けてくれなければ、
今、こうして仇を討ちに行くことなんてできなかっただろう。
こうしていられることを心から感謝している。
無事に今日まで、そして、明日の仇討ちまで無事に生きられそうだ。
……そういえば名前も聞いてなかったな、おっちゃんの。
事件が起こったとき避難場所に隠れていて、次に出てきた時には近くにロボットの姿は消えていた。
その代わりに大量の瓦礫と大量の肉片が転がっていた。昔の形を知っているものもたくさん……。
ロボットたちが暴れだしてからすぐに自衛隊を始めとした世界各国の軍隊が
ロボットたちを倒すために投入されたが全く歯が立たなかった。
人間の科学技術を駆使した最新兵器をもってしても
今まで見たこともない材質で出来ていた10mもある巨大ロボット、
通称、デウス・エクス・マキナに至っては傷一つ付けることができなかった……。
1ヶ月、さんざん暴れまわったのち、そのロボット集団は電波を乗っ取りテレビ放送を使って
RLsと名乗り、2つの条件で休戦を要求してきた。
1)RLsが要求したものを直ちに用意し届けること
2)宇宙開発(ロケット開発)をしないこと
世界中の軍事力をもってしても全く勝ち目の見えない戦いに心が折れてしまった人類は
その条件に合意し、敗北という形で終戦を迎えた。
この一連の出来事が世界の悪夢と呼ばれ、全人類に深い傷を残した。
そしてその時から人間は地球上で最も強い生物ではなくなった。
今では破壊された更地に大きくて独創的で腹立たしい建物が建てられている。
それが奴らのアジトだ。
休戦を受け入れてからの10年間、人類だってそのまま黙って従ってきたわけではない。
友好を築こうとして歩み寄ったこともあったが、アジトに踏み込んだ人たちは
見事にただの肉塊になって帰ってきた。
それからは、元地球最強生物種としてのプライドを守るため、表面上は服従する形になっているが、
対RLs討伐特殊部隊が何度も水面下で組織され
この10年間、多くの部隊が世界の覇権を取り戻そうと挑みけてきた。
しかし、武力を持って侵入することは一度もなく無様に敗れてきた……。
ついに明日決戦を迎えることになった僕が所属するこの特殊部隊の名はエンゼルス。
僕がここにいるのは戦争孤児になったあとこの部隊の隊長に引き取られたからだ。
僕がこの組織に入隊するのはこの事件が起こった時から決まっていたのかもしれない。
すべては、奴らと戦い、そして勝つために。
明日、ついに僕が自分の手で仇を討つチャンスがやって来る!
やっとだ、10年間ずっとこればかり考えてきた。ついに明日!
「気合入ってるね、リョータローくん。明日は一緒に頑張ろうね!精一杯、頑張ろうね!」
小柄でおどおどしている青年がとても不安げに話しかけてきた。
ヤマトだ。
「ああ」
内面の気合とは裏腹に淡白に答える。決して、彼のことが嫌いなわけではない。
これは僕の性格のせいだ。どうも人とあまりうまく話せない。というか話そうと思えない。
彼とはこの組織に来てからの長い付き合いだ。
年は2つ下だが、訓練でも勉強でも一緒にいることが多かった。
戦闘力も知能もこの部隊でトップクラスなのだが自分に自信がないようで
いつもおどおどしているのが珠にキズだ。
それに彼はあの事件で死んだ親友と性格が正反対でなんだかほっとけない。
僕の愛すべき弟分といった感じだ。
だが今日のおどおどっぷりはいつもの比ではない。
彼は緊張しているのだろう。無理もない、明日の突入部隊の5人の内の1人に選ばれたのだから。
今回の作戦は僕とヤマトと隊長、あとほかに戦闘狂のタケルとミコトの5人で、
ほかの仲間たちが敵ロボットどもをアジトの外に陽動した隙をついて敵のアジトに乗り込むというもの。
そして、敵の親玉を潰し、仇討ちが完成する……。
これは僕だけか、ええっと最終的に敵の親玉を倒して人類に再び栄光の時を取り戻すというものだ。
RLsのアジトはデウス・エクス・マキナと同じ未知の、現在の科学力では傷一つ付けられない材質
通称、オリハルコンでできていて外壁は傷一つ付けられないが、
休戦条項1の要求したものをアジト内に入れるためと
戦いが起こったときに2m程の戦闘ロボ、通称、鉄人が湧いて出てくるためのドアがあり、
それは普通の鉄で出来ているので我々はそのドアをブッ壊すことで突入ができる。
ドアを破壊すると鉄人どもが戦闘態勢でわらわら出てくるのでそれらをアジトの外におびき寄せる。
アジト内が手薄になるスキをついてこの部隊で最も戦闘力の高い5人がボス戦に専念するという作戦だ。
我々は以前に一度、この方法で突入したことがある。
陽動班が全滅しそうになり、途中で切り上げてしまい敵の親玉を見ることもできなかったが
アジトの内部は大体把握することができた。。
陽動班が全滅し鉄人がアジト内へ戻ってしまうと突入班の全滅は必死となり、
そのときに得たアジト内の情報とか有益なものが失われるのは今後の戦いにおいてあまりよくないと判断したようだ。
それまでアジト内の情報はなかった、
というのもアジトに入って生きて帰ったのは前回が初めてだったから。
前回の作戦を経て明日は前回よりも多くの陽動班を用意し突入班も3人から5人に増やした。
前回の突入で得た正確なアジト内の地図もある。
準備万端!何の問題ない!
明日、敵の親玉を討つ!
まぁ、中には入れさえすれば僕には陽動の数は関係ないけどね……。
それはさて置き、突入部隊は誰でもできるわけではない。
この部隊で優秀なTop5だ。
これ以上だとせっかく陽動で鉄人を吊り出してもそのうち何体かの鉄人はこっちに反応してしまい、
敵の親玉と戦う前に無駄な戦いを余儀なくされるからだ。
突入班は失敗すれば多くの犠牲を払うだけになってしまう。とんでもない大役だ。
ただでさえ小心者のヤマトが緊張するのは無理もない……。
それでも、彼には少しでも元気出してもらいたい。
同じ突入部隊としてではなく、友達として、仲間として、弟分として。
ヤマトは相変わらず不安げな顔で語りかけてくる。
僕と話すことで少しでも元気になればいいんだけど……。
「……頑張ろうね!」
緊張で言葉が出てこないのだろう。語彙が「頑張ろうね」ばっかりだ。
「ああ」
語彙が少ないのは僕ほどではないけど。
「早く寝ないとね」
「ああ、そうだな」
「緊張している?」
「いや、そこまでは……。」
「……。頑張ろうね。」
「ああ、頑張ろう……。」
もっとヤマトの緊張が和らぐような、気の利いたことが言えればいいんだけど……。
僕が話すと言ったら隊長ぐらい、
僕はこの10年間、ほとんど誰とも話という話をしてこなかったから……。
「ハッハッハ、
決戦の前夜だしね。上がっちゃうのも無理ないか。」
堂々とした態度でガタイのいい男が笑いながら近づいてくる。
みんなの前で激を飛ばし終わった隊長が来たのだ。
隊長はその名のとおりこの部隊、エンゼルスの隊長だ。そして、俺の言わば育て親でもある。
10年前、8歳で親も友も街も全て失った身寄りのない僕を引き取ってくれた人。
仇が討てる身体に鍛えてくれた人、仇を討つだけの知識を与えてくれた人。
仇討ちのことばかり考え、自分の殻に閉じこもってばかりの僕をいつも温かく見守ってくれた人。
そして、その人柄でこの部隊のリーダーを任されている人。
一から十まで頼りになるみんなの親父みたいな人だ。
「あっ、あの僕……が、が、頑張ります!」
ヤマトがものすごくガチガチなのだが……、隊長が来たんだきっと大丈夫だろう。
隊長といると自然とホッとするのはたぶん僕だけではないはずだから。
「ハッハッハ、あまり緊張しなくていいぞ!
みんなの前では最後の最後まで戦い抜けとは言ったけど
俺たち突入班は生きて帰るだけで十分な戦果だからな!
何しろ10年も存在しているのに未だに謎が多い集団を相手にするわけだからね!
情報が何より大事。危なくなったら自分を守れ!それだけでいい。
訓練でそれだけの力は充分身についているはずだ。
俺にできたことならお前にも、お前らにもできるよ。」
というのも隊長は前回の戦いでも突入班だった。
この人は本当に頼りになる人なのだ。
この人が無事に帰ってきたことで敵のアジト内の情報とかわかったことがたくさんある。
いつも僕の前を走ってくれる僕にとって神様みたいな人なのだ。
「はっ、はい。頑張ります!」
ヤマトが若干裏返りそうな声で返事をする。
……すぐには無理か。
「……今から明日のこと考えすぎて緊張でうまくいかなかったらしょうがねぇしな。
明日勝って平和な世界がになったら何かやりたい事とかあるか?ヤマト!」
「う~ん、そんなこと言われても急には答えられないよ。」
毎日毎日訓練訓練だもんな。
「じゃあ、リョータローは?」
僕は当然!
「仇討ちの先には何もない……。終わったら旧友に会いに行く。」
10年間、そればかり考えてきたからな。
「旧友って!お前の旧友はみんな片道切符使わないといけないだろ。
まったく、相変わらず夢がないのな。お前の未来はまだまだ続くんだぜ!
そんなんじゃダメ!じゃあ、小さい頃やりたかったことは?小さい頃なら何かあったでしょ。」
「うーん、小さい頃ねー。小さい頃は科学者になりたかったなー。」
命の恩人のおっちゃんがそうだったから。
「へー、科学者か、いいねいいね!明日以降はきっと宇宙開発もできるからな!
勉強次第で未来が一気に開けるかもしれないしな。頑張れよ!」
隊長の頬が緩む。僕の頬も少し。隊長の頑張れにはなんだかいつも背中から押し出される気分になる。
「そんじゃあ、戻ってヤマトは?」
「僕は小さい頃は本ばかり読んでいてね、
だからそれでなんか賞を取るような物語を書けたらなぁって昔……。」
「小説家かもしくは漫画家とか?まぁいろいろあるだろうけど……。いいんじゃないいいんじゃない。
訓練やこの部隊で頑張ってきたこと、実戦で経験してきたことはヤマトにしかない財産になる。
それがうまく表現できれば、きっと今までの世にない話が書けるんじゃないか?
なんだか楽しみだぜ、その日が来るのが!」
「どうだろう、僕には……。結局、文章だってまだ書いたことはないし……。
読んでいた本だって子供向けのやつだったし……。」
「ハッハッハ、そんなの今、心配することじゃねぇよ。
ここまで、未知の、そして、自分たちよりも強い敵を倒すために血のにじむような訓練に耐え、
歯を食いしばって頑張ってこられた奴にできないことはないと思うぜ!
特にお前は何やらせても優秀だったからな!リョータロー、お前もそう思うだろう!?」
「ああ、ヤマトならきっとなんでもできるよ。僕も保証する。」
本当になんでもなれそうな気がする。
励ますための冗談でも兄バカでもでもなく偽りなき本心だ。
ヤマトは本当になんでもそつなくこなした。精神的な問題を除いたら完璧だ!
「うん、わかったよ隊長!なんだかいけそうな気がしてきた!
僕、明日頑張るよ!リョータローくんも頑張ろうね!」
今までで一番力強い「頑張ろうね」を言ったヤマトの顔はキラキラ輝いているように見えた。
さすが隊長!本当に頼りになる。
隊長抜きでこの部隊を戦う部隊にすることはできないだろう。
「ハッハッハ、そうだろう。
そういう俺は10年前から訓練訓練だったわけだが……。
話していたら俺もなんか思い切ったことが出来そうな気がする!
この戦いが終わったら漫才とかしよっかな~、アラフォーだけど」
隊長に漫才は無理だ……。それも保証する。
「……。なんだかだいぶ楽になったよ。ありがとう、リョータローくん!、隊長!」
ヤマト……、スルーしてやんなよ。確かに拾うの面倒だけど……。
「僕、もう寝るね!おやすみなさい。」
……ニゲタ。ヤマトは自分の部屋へ足早に去っていった。
「ああ、おやすみ。」
まぁ、面倒事は気にせず、明日のためにゆっくり休め。
「おやすみ。また明日!寝坊はすんなよ!」
隊長と僕は手を振ってヤマトと別れた。とりあえずあの顔なら今夜は眠れるだろう。
よかった、よかった。
隣で隊長も僕と同じこと考えているようで安堵のため息が聞こえた。
「あいつ、小心者だからちょっと心配だったんだが、やっぱり男だな、腹を括った。大丈夫そうだ。
よかったよかった。それにあいつの前じゃ不安な顔はできないしね……。」
……あれ?今度は隊長が少し不安そうな顔になっている。強がっていたようだ。
作戦の立案から部隊の士気の維持まで隊長の仕事……、
いや、隊長の人柄、能力、それらでないと務まらない、
誰がやってもいいけど実際、隊長以外にはできないことが多い。
2回目とはいえ、いろいろ考えることが多いので、それだけ不安にもなりやすいのだろう。
「やっぱり2回目でも決戦前夜は緊張するな~。そうそう慣れるものじゃない。……おっと。」
急にシャキっとする隊長。残りの突入班の二人、タケルとミコトが近づいてきたのだ。
隊長はこの部隊の精神的支柱、普段からあまり不安な顔は見せない。
隊長が困った顔を見せるのは10年間その手で育ててきた僕と二人でいるときぐらいだ。
隊長ほどすごい人は知らないけどやっぱり隊長も人の子、弱音を吐きたくもなる。
僕を拾ったばかりに未婚なのにコブ付き……。
さらに、なんだか凄すぎて異性として気になる前に威勢が気になってしまうと言われ現在お先真っ暗。
世界が平和になったら転職じゃなくて婚活を頑張って欲しい。
アラフォーだし……。
隊長が気張っているとこの部隊一番のムードメーカーにして
一番のロボット破壊数を誇るのタケルがウズウズした口を開く。
「隊長!明日はオレ、暴れちゃうぜ!
イーーーヤッハーー!!!」
タケルはいつも通り、いやいつも以上にたぎっているようだ。
こいつも前回突入したメンバーなのだが、緊張を楽しむことができているようだ。
タケルは僕の2つ上で頭は細胞が1つしかないような感じだが
こと剣術に関してこの部隊において右に出る者はいない。
身体能力は世界でも有数だと思われる。
そして、この部隊で一番多くの鉄人を破壊している。
「あんたはいつもうるさいわね。馬鹿だからかしら!やっぱり馬鹿だからなのね!」
よくタケルと一緒にいるこの人がミコト、かなり口が悪い。
ミコトも2つ上でタケルといつも一緒なのだがこっちはいつも通り落ち着いている。
普段通りとはいかない決戦前夜でも自分を失わないでいられるのはすごいな。
ミコトも前回突入部隊で、戦い、特に銃の腕は半端ではない。
銃ならなんでも、ハンドガンはもちろんバズーカのような大型のものも
手足のように扱うことができる銃のスペシャリストだ。
「お前らは相変わらずだな。その分なら大丈夫だな……。若さが羨ましいわ。」
タケルのは若さではない。幼さだ。
「なんだなんだ、隊長元気ないな!明日はいよいよロボット壊し放題の日なんだぜ!
ダメだなー、もうせーの、
イーーーヤッハーー!!!」
……うるせぇな。タケル。
「イーーーヤッハーー!!!しょうがねぇなー。気持ちから!だもんなタケル!」
隊長も続けて叫ぶ。
……隊長はやっぱりすごい。そんな気分じゃなかったろうに。
ここでノらなかったら馬鹿なタケルは馬鹿ゆえに落ち込み明日の士気を下げてしまうかもしれない。
僕には隊長の真似は無理だ。
隊長、これで大丈夫そうかな。
「うるさいっての!バカ二人!」
そう言ってミコトはバカ二人を尻目に僕の方に体を向けた。
「私たちは明日背中を預けるメンバーに挨拶して武器のメンテして寝ようとしてたのに。
……ってあれ、ヤマトは?」
「寝た。」
僕もそろそろ寝たい。
「あら、そうなの彼ちゃんと眠れるのかしら、
ほら、彼ってミジンコぐらいの心臓しかないじゃない。」
「大丈夫。」
ヤマトはそんなにやわじゃない。
「寝不足で足引っ張られたらかなわないけどリョータローが言うのならきっと大丈夫ね。」
僕とヤマトはいつも兄弟みたいだったからな。周りは保護者みたいに思っているのだろう。
とは言っても僕はこんな感じでほとんど話さなかったから
僕的にはヤマトの装飾品みたいな感じだったけど。
「それじゃあ、私も寝るね。
馬鹿じゃないからテンションだけではやってらんないのよ。おやすみ。」
「おやすみ。」
手を振るとミコトは隣で騒いでいる二人を何事もないかのように背を向けて部屋へ戻っていった。
「タケルも寝たら?」
このテンション……、流石に明日までは持つまい……。
いや馬鹿だから持つか、いやいや、力が発揮できなければ意味がない。
そう思って僕は言った。
「そうそう、このエネルギーは明日にとっておけ、タケル!」
隊長も騒ぎ疲れたように頷いた。
「ああ、そうするわ!この体の奥からわき上がるこの……、これ……
明日がんばるわ~ほんじゃま、おやすみ~!」
タケルは走り去っていった。元気なやつ……。
まぁ、ミコトがいなくなればタケルもいなくなるのは分かっていた。
タケルは隠しているつもりのようだが、
タケルがミコトのことを好きなのはこの部隊に所属しているミコト以外の全員が知っている。
馬鹿だから筒抜けなのだ。
二人は小さい頃からずっと一緒だったらしい。
ミコトはタケルが好きなことに気づいているかは知らないし、
ミコトがタケルのことをどう思っているのかも知らない。
もっと言うと、僕はあまり興味がない。
仇討ちの先にどんな未来があっても僕には関係ないから……。
僕ももう寝ないと。時計を見ると午後11時。
突入決行は明日の正午。十分な睡眠時間と十分な体を目覚めさせる時間が必要なのだ。
明日のために寝よう。
「僕も、隊長、おやすみ」
「ちょっと待って!リョータロー」
隊長が慌てて呼び止める。
そういえば隊長は初めから僕に何か言いたそうだったな。
ほかの人なら無視して寝るところだったが隊長なら仕方ない。
「どうしたの?」
「リョータロー、敵の親玉ってどんなやつだと思う?
このタイミングに聞くのも変だとは思うが急に気になってな。
暴走したコンピュータか?それとも宇宙人が裏で操っているとか?
それとも考えたくないけど……人間か?」
最初の襲来から10年も経っているが正直なところは未だにわからない。
10年間繰り返してきた戦闘の中で分かったことだが、
鉄人たちの動きははじめから決められているかのように動く。
まるでプログラミングされているように。
アクションゲームの敵キャラみたいな感じだ。
そして破壊すると戦隊ヒーロー物に出てくる怪人のように
自爆して内部が修復不可能な感じになってしまい解析ができないので実際のところは証拠などないのだが、おそらく鉄人たちを動かしているのはコンピュータプログラムと思っていい。
人類が進化させたコンピュータが人類の手に負えなくなって暴走という線もなくはない。
だが、現状はこちらが手を出さない限り、鉄人が何かを壊すということはない。
かなりしつけが行き届いている。
だけど共存を望んでいるということもない。
それは友好関係を求めてアジトを訪ねた人間を
一人残らずただの肉の塊にして返したところを見てもそうだ。
可能性はある。だけど僕はコンピュータの暴走ではないと思っている。
世界の悪夢で真っ先に狙われた僕の住んでいた地域はお世辞にも都会とは言えない。
むしろ田舎だ。
その日なんかの国際会議とかがあって世界有数の実力者が集まったとか
特別なイベントがあって権力者たちが集まったとかそんなことはない。
破壊されても日本としても世界としてもそこまで困らないといっていいだろう。
結果、圧倒的な力を示して人類にひれ伏させることには成功したが、
こうやって僕たちのような組織が何度も作られる程度のダメージしか与えられてない。
コンピュータのくせに手がぬるすぎる。
次に敵の親玉が人である可能性について。
何者かが、もしくは謎の悪の組織がロボットを操り、世界を支配しようとしている可能性。
僕はこれもないと思っている。
まず、そいつもしくはそいつらに人類の持つ最新、最凶の兵器を駆使しても
傷一つつかない物質、オリハルコンを誰にも知られることなく生み出せるわけがない。
出来たらその業界人はみんな間抜けだ!
それに大量のロボットたち。
確かに僕が住んでいたところは田舎で何かを隠すには不自由しないだけの土地はある。
しかし、巨大ロボ、デウス・エクス・マキナに至っては10m位ある。
それを作るにはそれなりに大きな土地が必要だ。
誰にも気づかれずにそんなに大きな土地を確保できるのだろうか。
近くにそれほど大規模な工場的なものがあったという記憶はない。
さらに全長2m程度のロボ、鉄人。アジト内にはそれが300体くらいもいる。
それも人知れず作るのには流石に無理がある。
残るは宇宙人説だ。
実際、世間ではこれが一番有力ということになっている。だが、僕はこれも違うと思っている。
確かに人間……というより地球人よりも文明が発達している生命体が存在していると仮定したとき、
そいつらの脅威となりうる地球人に宇宙開発を禁止して
さらなる発展を阻止しようとするということはわかる。
そうなると人間を生かしておくのはなんでだ?
仲良くなろうと近づくと惨殺する。友好的でないことは明らかだ。
一方でアジトからロボットが出てくるのは要求した物資を中に入れるときだけで
特にアジトを広げようとも増やそうともしない。地球侵略をしようとしているとも思えない。
ただ世界には……、宇宙にはまだまだ上がいるということを示したかったとしても
そのあとの要求が地味すぎる。
実質的に地球人を縛ったのは宇宙進出のみ。
宇宙の外でなにか起こっているのか。
行けばすぐに何かが変わってしまうのか。
でも地球から望遠鏡で見える範囲では特に何か特別なことはないらしい。
敵に関して諸説あるが結局のところどれも決定打にかける。
敵を知る鍵はやはり宇宙にあると思うが、8年前、世界中に存在したありとあらゆるロケット打ち上げ場は
アジトから飛んでいったミサイルで破壊された。
爆破されるまでそのロケット打ち上げ場に関して
関係者以外誰ひとりその存在を知らない秘密裏に作られた場所まで正確に……。
それを敵が知っていたことで方法は分からないが我々は監視されていることを知った。
やつに武力で対抗するすべを持たない人類は、宇宙に行けない。
よって相手が何者かを知るすべはない。
そんな我々が勝つには知恵を振り絞るしかないのだ。
隊長には正直に分からないと言った。可能性を語るのは簡単だが
先入観を持って挑んで違っていたときにそれで動きが一瞬鈍るかもしれない。
そしてその一瞬が命取りになるかもしれない。
僕たちは敵がなんであっても倒す。それだけわかっていれば十分だ。
それはそうとなんでまた急にそんなことを?10年間戦い続けた相手について今更?
「もし相手が知能を持っていたら、前回成功したこの作戦は
もしかしたら対策を立てられているんじゃないかと思ってね。
リョータローはどう思う?」
確かに。作戦の立案から実行日までこの部隊は隊長に丸投げしているので
そんなこと考えたこともなかったが確かに普通ならそうする。
弱点をいつまで晒しているというのは考えにくい。
なにせ相手は自分たちより文明が発達しているのだ。
我々で思いついたことが思いつかないわけがあるまい。
従来、僕たちがアジトを襲撃したとき、出迎えてくれたのは今までは鉄人が大体300体。
そして、鉄人の行動原理は最も近くにいる生物に近づき攻撃するというOne Paturn戦法だ。
一般的なアクションゲームの敵と大体同じだ。
ただ、襲いかかってくる範囲は半径3kmと異常に広い。
だいたいゲームの敵は移動可能な範囲が決まっていてそのエリアを超えると元の定位置に戻るが、
鉄人にそれはない。標的を見失ってもその場にいる。
そして侵略者と戦っているロボットがいなくなるとそこで初めてアジトに戻る。
範囲内に人がいれば一番近くの人にまっすぐ突っ込んでくる。
その移動速度はだいたい時速20km程度。
世界レベルのマラソン選手がマラソンを走るときの速度だ。
敵の索敵から避けるには全力で走って鉄人との距離から3km以上はなさないといけない。
3km話す前にこっちがスタミナ切れになるので大概は走って逃げることはできない。
なので撤退するときは車を使う。
そういった習性があるため敵に対して陽動作戦が使えたのだ。
敵が前回の突入を反省して潜入を拒むために修正を加えるとしたら、
ドア自体、もしくは鉄人のプログラムか……。
だが、アジトを外から監視している部隊からドアに関して特別な情報、
材質がオリハルコンになったとか、砲台がついたとかそういう情報は入ってない。
前回ぶっ壊したドアがもう直ったという悲しい知らせは聞いたけど、
それは前回同様でやっぱり鉄製だったらしい。ドアに関して問題はなさそうだ。
細工してくるなら鉄人か……。どんな細工だ。
多分鉄人が襲ってくるのは長期戦を避けるためだと考えられる。
鉄人が戦闘中エネルギーを充填しているというところを見たことない。
補給場所が外にあるのなら我々は真っ先に狙う。つまり中にしかない。
簡単なのはマンツーマンディフェンスからゾーンディフェンスにするとか?
いや、それはどうだろうか。
相手が襲ってこないのならこちらは人員を交換しながら近くにいればいい。
そうなるとおのずと長期戦になる。
まぁこちらと同様に鉄人も交代制にすればいいのだが300体が入口付近に集まる。
こちらの遠距離攻撃で一網打尽にすることも可能。
それに300体のプログラムはおそらく一括管理している。
交代制とか言って個別に管理するのは面倒だろうし、可能ならとっくにやっていると思う。
何かしら手を打ってくると思うが、今眠いしわからない。
なんであっても対応できるようにしなければ。
ここで何かしらのベストとした結論を出したとして、
敵の考えがそれと全く同じように考えるとは限らない。
将棋の名人と呼ばれる人は何人もいるが、全員が全く同じ戦い方をしないのと一緒だ。
「みんなが陽動しているあいだに少し様子を見たほうがいいかも……。鉄人の……。
何か変わっている可能性は高いと思う。」
今はそれだけだ。実際に見てみないと何とも言えない。
「ふむ、わかった。それじゃあ、少し作戦変更しないと!ありがとな。」
礼を言われるほどではない。隊長が言わなきゃ考えもしなかった。
もう寝よう。
「隊長、おやすみ。」
「最後にひとつだけ。
ただ俺が言いたいのは仇討ちで気合い入るのはわかる。
でも、お前にはまだまだ未来がある!間違っても特攻だ!とか言って
自分から死にに行くようなことだけはするなよ。」
と、少し心配そうな顔をする隊長。
「ああ、わかっているよ」
僕は即答した。
……。
「……。
それならいい。
今日はもう寝ようか。
おやすみ。またあしたな!」
「おやすみ」
僕の声を聞くと隊長は少し寂しそうに振り返り、部屋へ去った。
僕もたぎる気持ちを落ち着けて自分のベッドに潜り込んだ。
1章 -完-