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幕間 一 ・ 貴女に会えるまで 

 大地の色は暗かった。

 地上に幾つもの(むくろ)が散らばっている。

 夜空には茶色い真四角の飛行体が七機、浮いていた。全ての飛行体は地表に向け、白色のサーチライトと鈍色の光線を交互に落としている。

 空から落ちてくる不気味な色合いの光が、剥き出しの赤土に当たるたびに「ピシッ」という音がする。瞬時に地表が割れていく。

 地の裂け目を縫うように、一台のジープが走っていた。

 しばらくして銃痕だらけの古いジープは停まり、痩せたシルエットが飛び降りる。その姿を見つけた上空の飛行体が、大きくサーチライトを照らす。

 地表の白い光が痩躯の男を映した。

 彼は東の方向へと小走りに移動していく。追いかけるように、上から鈍色の熱光線が狙いを付ける。

 男は素早く、目の前にある大きな岩をどかした。

 そして地面の丸い蓋をずらし、地下へとスルリと滑り込んで行った。地表が彼を飲み込み音を立てて閉じられたのと、上空からの熱線が彼に狙いをつけて放たれたのは、ほぼ同時。

 彼は頭上の分厚い蓋が自動で閉まったことを感じ、金属ハシゴを降りていく。

 ハシゴの下で座り込んでいた若い男が、上からの気配に気付く。

「おかえりなさいませ、中佐殿」

「電気をつけてくれるか、すまん」

 頷いて立ち上がる若い男と、ハシゴから降りてきた男は同じ迷彩服を着ている。やがて、中佐と呼ばれた男の周りに、大勢の男が歓声を上げつつ近寄ってきた。

 皆が同じ服装をしている。ここにいる誰もが、お互いに見慣れた姿だった。一見して部下だと分かる傷だらけの男たちが、口々に言う。

「中佐殿、ご無事でなによりでした」

「皆も、ご苦労だったね。お疲れさま」

 中佐は通路を歩きつつ、いつしか後ろにいた金髪の男にゴーグルを渡した。

 ゴーグルを黙って受け取った男は、前を歩く上官とさほど身長は変わらない。やや幼い顔立ちではあったが、聡明な雰囲気を漂わせていた。

「リヨン中佐、ご報告が」

 金髪の男が言い淀む。リヨンは前を向いたまま、鷹揚に頷いた。

「良くない知らせかな」

「まあ」

「部屋で聞こう。ところでハズ、今日は何日だったか」

 上官が軽く振り向く。呼ばれた男は金髪を揺らし、軽く一礼をした。

「十七日です」

「なるほど。もうすぐ建国記念日……。もう日付も忘れてしまいそうだよ」

「ええ」

 この国の暦では、来月の七日に男が言っていた「建国記念日」を迎えることになる。だが、中佐も含めて迷彩服の男たちに日付感覚はない。

 地下ではアンドロイドである「ハズ」と呼ばれた彼だけが、時を伝える唯一の存在だった。

 リヨンは何気なしに小さく頷き、部下と歩調を合わせる。二人は軍靴の足音を立て、長い廊下を歩いて行った。

 通路の両端に灯る電球同士の間隔が、徐々に広くなる。それにつれて要塞の奥に行くほど、内装は入口付近より幾分か雑になっていく。

 しばらくしてリヨンが立ち止まり、黒い壁にあるスイッチを押した。

 両開きのドアが開く。ここは彼の執務室だった。

 ハズは思案しながら、目前の上官を眺める。ためらう彼に、上官の方が先に口を開いた。

「きみの同型モデルのようなものはなかったかな」

 部下は怪訝そうな面持ちになった。

「昔はあったらしいです。ただ、この戦乱でほとんどの『兄弟』は潰されました。僕と同性能なアンドロイドは世界中探しても無いと思いますし、今のところ、そういう情報も聞いておりません」

「そうなのか」

「はい」

「私も……きみと同じように、この世で一人ぼっちになってしまったかもしれない」

 部下は目を丸くした。

「知っておられたのですか」

「うん。今日、わかった」

 リヨンがライトブラウンの髪を額からかきあげる。黒い瞳が、かすかに涙で潤んだ。

「きみが報告したかったのも、このことだろう?」

 ハズは頷き、深く頭を垂れた。

「僕も、他の兵士も、一生懸命にマリーさまや生存者を探しました。ですが」

「顔を上げてくれ。妹の為に、君たちを余計な危険に晒してしまった、申し訳ない。さっきまで私はエディット軍が明朝に上陸するだろう海岸線に、地雷を仕掛けていただろう? その時、これを見つけたよ」

 リヨン中佐はカーゴパンツのポケットを探り、なにかを取り出す。ハズがリヨンの手元を見ると、掌の上に赤いコンパクトがあった。

「これは……」

「ルーンケルンから贈られたと言われる、代々の家宝だよ。母の形見として、妹がずっと持っていた」

 遥か昔、隣国のルーンケルンは存亡の危機に襲われたことがある。ルーンケルンが再興する前から、リヨンの祖先は、隣国の為に様々な形で尽力してきたのだった。

「ロードレ国、に対してではなく、ロードレ軍人の家族、しかも女に与えた、というのがいかにもルーンケルンらしいが」

「そうですね」

 リヨンは掌に乗っているコンパクトを愛おしそうに眺めた。花束が精緻に彫られている木彫りのそれには、幾重にも丁寧に塗料が乗せられている。長く使われてきたせいか、手指の脂がそこかしこに染みていた。それでも一見して、大事に引き継がれてきたことが伺えるものだった。

 ハズはコンパクトの彫りの奥に、一粒の砂が埋まっているのを見つけた。

「砂が」

 リヨンは悲しそうに首を振る。

「どうしても、その砂粒が取れないんだ」

 避難している女性や子供が住んでいた地下壕は、島の山沿いにあった。地下壕とはいえ、粘土質の赤土を深く掘って施工されており、人が集団で生活するには十分な空間だ。そこに妹のマリーは「いたはず」だった。

 それが何故、海岸線に持ち物が落ちていたのか。考えただけで、リヨンは胸が痛くなる。対面のハズも眉をひそめ、言葉を選びあぐねているようだった。

 ハズは迷った。自分や他の兵士が駈けつけた時、壕付近あたり一面は焼け野原だったのだ。地下壕の入り口は、この要塞と同様に分厚い鉄の蓋で覆われている。しかし、その蓋を開けた兵士は絶句した。

 リヨンが丁寧に造らせた内装は、高温の熱で焼けただれて無惨な土壁を晒すのみの状態だった。兵士は皆、必死になって生存者を探した。しかし、誰一人として生きている人間を見つけることは出来なかった。それを果たして伝えるべきか。

 重苦しい沈黙を先に破ったのは、リヨンだった。

「せめて敵軍に連れ去られたと思うより他に、救いがないな」

 ハズの表情が悲しそうに歪む。

 こんな時に、人間のように泣けたら楽になれるんだろうか。

 上官は部下の考えていることを察し、黙って相手の肩を叩く。おそらく、マリーは生きてはいない。なぜか知らないが、敵のエディット軍は捕虜を取らないのが常だった。戦闘が始まってからこのかた、例外はない。

 ……せめて、マリーが苦しまずに逝ってくれていたなら。

 リヨンは唇を噛み締める。

 



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