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第四章・お互いの気持ち 3

 ハズと一緒に、白壁続く通路を歩いている。地下要塞の通路はうねうねと入り組んでいて、奥へ奥へと行くごとに天井も低くなり、通路幅も狭くなってきていた。

 ところどころ、地下水が床に滲み出ていて滑りそうになる。シューズのつま先に力を入れた時に、ハズが振り返った。

「どうしました? 眉間に皺なんか作っちゃって」

「……仕事が終わってから、自分の部屋にたどり着ける自信がないわ」

「あはは。任務が一段落ついたら、必ず誰かが送り届けてくれますよ」

 カラッと笑い声を上げるアンドロイドが恨めしい。朝が来るまでは「誰かの役に立ちたい、リヨン中佐のよろこんでくれる顔が見たい」という気持ちで一杯だったくせに、ちょっとしたことでくじけそうになるって、どういうことよ自分。

 突き当たりを曲がると、わたしと同じくらいの背丈の男が立っていた。

 年の頃はリヨン中佐と同じか、少し下くらいだろうか。短く刈った黒髪と同じ色の瞳をしている。無駄な脂肪が一切ついていない顔の人だな、と思う。すっと通った鼻筋と大きめの薄い唇が、知的な雰囲気を漂わせている。丁寧に整えられた細眉が、わたしとハズを見比べたのち、かすかに上がった。

「はじめまして。衛生班長のシュウです」

 差し伸べられた手を握る。シュウは白い歯を見せ、ぎゅっと握り返してきた。

「はじめまして。サーヤです」

 あたたかい温もりを感じながら、頭を下げる。

「昨日の夜、ハズさんからあなたのことを伺いました」

「すみません。急にご迷惑をかけてしまったみたいで……」

 シュウが微笑みながら、わたしの横にいるハズを見遣った。

「人手が足りなかったので、ハズさんからの申し出はありがたかったですよ」

「そうですか」

 ハズが衛生班長に向き直った。

「サーヤにはロードレの言語や慣習を教えてきた途中だったんだ。あとのことは、シュウに頼みます」

「まかせてください」

 シュウはわたしから手を離す。同時に、強い眼差しで見つめてきた。

「中佐からもハズさんからも、あなたのことを聞いたときはショックでした。信じられないというか」

「そうでしょうね。わたしも、いまだに夢の中にいるみたいですから」

 ふっ、とシュウが口元をゆるめる。

「でも中佐は嘘を言う人じゃない。ましてハズさんまで、あなたのことを親しみをこめて話してくれた。わたしはあなたが、どこから来た人であっても問いません。これだけ人の歴史が長くあるのだから、時々は神様とやらも間違うでしょうしね」

「わたしは神様の過ちのような存在ですかね」

 ちょっぴりおかしくて、同じくらい寂しい一言にも取れた。やっぱり、わたしの存在は「信じられないもの」なんだろうって。

 シュウはわたしを慮るように微笑み、かぶりを振った。

「違いますよ。サーヤは……たぶん、リヨン中佐に『呼ばれた』んだと思うんです」

 ハズが、ぎょっとしたように両目を見開く。シュウは、そんなハズを片手で押しとどめた。

「仮にも軍人がこんなことを言うのは間違っています。リヨン中佐からも叱られるでしょうけれどもね。直観した、とかね。感情だけで物事を言うのは止めなさいと」

「どういうことでしょう……?」

 今日から直属の上司になる人だ、と思うと、砕けた口調で尋ねるわけにもいかない。シュウは顔中に笑みを広げる。

「わたしはリヨン中佐と幼馴染みなんです。サーヤは彼のご母堂にも、妹さまにも、よく似ておられる」

 ハズがシュウの言葉を聞き届けた直後、大きなため息をついた。

「なにか、いけないことでも言いましたかね?」

 衛生班長が、いたずらっぽい目でハズを見上げる。問われた方は口元に手を当ててはいるが、苦笑しているのが見てとれる。

 わたしはというと。立ったままで、ぽかんと口を開けてしまっていた。

「そんなこと、はじめて伺いました。わたしがリヨン中佐のお母さんと妹さんに似ているだなんて」

 いつのまにかシュウは、わたしから目を逸らしていた。そして片手の人差し指で、こめかみを押さえている。

「つい、懐かしくなって言い過ぎました。……今から、サーヤにしてもらいたい作業の説明をいたしましょう」

「はい。よろしくお願いします」

 シュウが自らの横にある、重たそうなドアを開ける。うながされるままに、ハズと一緒に部屋の中へと足を踏み入れた。












来週の日曜日に更新しますー。

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