第三章・変化していく 2
軽はずみな言葉を悔いた。知らなかったとはいえ、いつもいつもハズの心を傷つけてばかりだ。彼は、わたしの気持ちをそらすように笑みを浮かべる。
「サーヤ」
「ん?」
「ぼくは大丈夫。絶対に、リヨン中佐と一緒にいる限り」
「どういうこと?」
「さっき言ったようなこと……つまり、欠損や故障はありえない」
わたしは涙ぐんでいた。
「どうして、そう思うの……?」
「ぼくにはわかる、ぼくが今、ここにいる理由が。一つは、リヨン中佐に寄り添い、助けること。もう一つは、サーヤを元の世界に帰すこと。この二つが成されるまでは、最悪の事態にはなりません」
ハズは、きっぱりと言い切った。
たまらなくなったわたしは、声を上げて泣いている。
「わ、わたしからも伝えてほしいの」
「はい」
「『感謝します』って。ありがとうって、伝えてほしいの」
「わかりました」
ハズがうなずく。
「今日の授業は、ここまでにしましょうか」
ひとり残された部屋の中には、まだハズの声が残っている。
――中佐は仰っていました。一日も早く、サーヤを元の世界に返してあげたい。そのためになら、どんな協力もすると伝えておいてくれ、と。
めそめそと涙を拭きながら、リヨンを思う。
トリップしてきたこの世界で、暴行されそうだったところを助け出してくれた人だ。その時の、わたしの惨めな姿かたちを問わずに、気持ちが落ち着くことをひたすら待ってくれていた人だ。
この世界に来てから、どれくらいの日数が経っているだろう。朝晩の区別は、なんとなくわかる。ハズが食事を届けてくれるからだ。だが、既にスマフォは電池切れで使えなくなってしまった。
「さっきハズに言えばよかった、時計が必要だって。今の日付が知りたいって」
そのほかにも、言いたいことがあったはずだ。もっと言いたいことが、あったのに。
わたしにも、地下要塞の中にいる人たちのためにできることがあるはずだ。助けてくれたリヨンや、言葉を教えてくれるハズに甘えてばかりじゃ、いけないんだ。
顔を上げた。わたしは矢も盾もたまらず、ドアの外に飛び出している。勢いよく開けたドアに、ひとりの兵士がぶつかりそうになった。
「ごめんなさい!」
ぺこぺこと頭を下げるわたしに、若い兵士は肩をすくめて笑顔を見せた。なにかを言っているようだけれども、早口すぎて意味が全然わからない。迷彩服を着ている彼は、見たところわたしと同じくらいの年齢に見える。
……とにかく、ジェスチャーは通じるはず!
「教えて! リヨン中佐のいるところって、どこなの?」
兵士は聞きなれている『リヨン』の言葉に、わずかに目を見開く。
「リヨン?」
「そう、リヨン中佐よ。どこに部屋があるの? 連れてって!」
彼は右手を挙げて頬をゆるめた。そして、親指で自分の胸をつつく。どうやら「ついてこい」と言いたいらしい。
間近で見るリヨン以外の「生身の男性の背中」からは、きつい汗の匂いが漂ってくる。その兵士の後姿はハズよりも肩幅が広く、ウエストもぎゅっと引き締まっている。迷彩色の戦闘服は肘あたりがほつれていたのか、丁寧にかがってあった。
彼は歩きながら、何度かわたしを振り返った。そのたびに、わたしはうなずいて歩調を速める。
やがて兵士は立ち止まった。そして黒い鉄扉の横にある、インターフォンのボタンを押した。
中からリヨンの声がする。兵士はわたしになにかを言い、まっすぐに歩いて行った。
この部屋に入るのは二回目だ。ドアが開くまでの短い時間、わたしは大きく息を吸った。
修正おわりました(2015/03/26)。




