第三章・変化していく 1
ハズはそこまで話し、軽く溜め息をついた。
「すぐに理解していただける話だとは思っていません。でも、なるべく早く納得してくれたらうれしいです。これがサーヤの飛び込んできた現実であり、ぼくたちの生きている世界のことだから」
思いつめたような表情の彼が、ひどく小さく感じた。
わたしは「ううん」とだけ言い、首を大袈裟に横に振ってみせる。ハズの曇っていた瞳が明るくなった。
「あらためて、今までの話を整理してみてもいい?」
「どうぞ」
自分自身の理解のためにも、言葉を探す。
「つまり、あなたとリヨン中佐はロードレの国民だということよね?」
「ええ」
「ロードレという国家は、国境を挟んでエディットとは隣同士」
「そうです」
「で、ロードレの同盟国であるルーンケルンが、エディットに侵攻された」
ほんの少し、ハズが肩の力を抜いたのが見てとれた。わたしは彼からの言葉を待った。
「ええ、その通りです」
「エディットからルーンケルンを守るために、ハズやリヨン中佐は、ここにいるのね? 要は最前線、ってことなの?」
地図上のルーンケルン本国から散らばる諸島を指でたどり、ハズを見上げた。
彼は、ゆったりと口角を上げる。
「はい、サーヤは理解が早いですね」
その物言いのやわらかさに、ようやく癒されたような気がした。
ハズは戦闘関連の話になると、途端に厳しい顔つきになる。軍用アンドロイドとして生産されたということだから、当然のことなのだろう。
深呼吸をしながら彼の皮膚や髪の生え際を見た。どこからどう見ても、わたしやリヨン中佐と同じ生身の人間だ。
「どうかしましたか?」
「なんでもない」
「そうですか」
こんな優男風味あふれるハズが、血なまぐさい殺戮現場に放り込むために造られたなんて、どうしても想像がつかない。彼を造った人は、とんでもなく優秀な科学者だったに違いない。
「ハズは元々、ロードレで生まれたの?」
わたしの問いに、彼は「ええ」と答えた。
「そう聞いていますけれどもね。今のこのご時世では、どうでもいいことなのかもしれません」
「どうでもいいこと……なのかな」
思わず、声をひそめてしまった。ハズが眉間に皺を寄せる。
「人間であれば……。自分はどこから来て、どう生きるのか考えるんでしょうけれども。実際にぼくを造った人は誰かわからない状態ですし……。それに何より『ぼくの図面』が存在しないんです。無いものを探すよりも、今なすべきことを考えて行った方がいい」
「……前向きなんだね」
今度は彼が、わたしに向かってかぶりを振った。
「違いますよ。ぼくの体は機械ですが、図面がない以上は、サーヤとかリヨン中佐と同じなんです。万が一にでも欠損したり故障したら、それでおしまい」
ハズが優しい顔で、こちらを見つめる。
微笑む、でもなく、無理矢理に取り繕って頬をゆるめる、でもなく。
わたしはハズの双眸に浮かぶ光を見て、左の胸を押さえた。




