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第二章・知ってしまった世界 3

 軍用アンドロイドは地図を指した。彼の人差し指の先には、芥子粒ほどの島がある。それが今、わたしたちがいる場所だ。

 この島はロードレ、エディット、どちらの国ともほぼ等距離に位置している。ハズは言った。

「防波堤……。その通りだと思います。我々はルーンケルン国民の盾になるために、ここにいます」

 わたしは「あっ」と小さな声を上げていた。

 だって、地下要塞にいる人たちが、どんな国に属する人か? など、考えたこともなかったのだ。

 リヨンや彼の部下が、どんな国の人か……それらは、確実にわたし自身の生活に関係する。けれど今までまったく、頓着したことがなかった。

 それにわたしは、自分自身を庇護されて当然の存在だと考えていたし、疑ったこともなかった。

 リヨンと初めて会った時から。

 無自覚に「生きていていい」……もっと言えば、どこに属さなくても生きていていいに決まっている! ……そんな風に、思い込んでいたことに気がついたのだ。

 それと……。

 あまり勉強が好きじゃなかったけど、こんなわたしでも「戦」に勝ち負けがあるのは知っている。リヨンたちが勝つ方に就いているなら安心だ。だけど、もし万が一、勝てる見込みのない戦をしているとしたら……。

 ふと考えただけで、背筋が寒くなった。

 この先、負ける側に保護されていて、身の保証もない世界なんて冗談じゃない。リヨンやハズに恩返しどころではない、そんなものは生きていてこそできることだ。

 薄情者かもしれないけれど……誰だって、自分の命は惜しいでしょう?

 わたしの目尻や頬は、今にも引きつりそうだ。きっと傍から見たら、性格の悪い女が苦虫を噛み潰しているように見えることだろう。

 気づいたハズが一瞬、訝しげに目を細める。あわてて笑顔を浮かべ、問いかけた。

「……この地下にいる人は皆、ロードレの兵隊さんなの?」

「そういうことになりますね」

 ハズは肩から力を抜いて微笑む。気のせいか彼の笑顔は、小学一年生の時の担任に似ていた。不思議と懐かしい感情が、心に浮かぶ。

 担任は教師になったばかりだと、家庭訪問の時に話していた。にこやかで穏やかな男性で、子供心に憧れたものだ。

「どの国と、どういう理由で戦っているの?」

「東の大国であるエディットの脅威から、ルーンケルンと自分の国を護るためです」

「脅威?」

「ええ」

 彼は背筋を伸ばし、瞳を強く輝かせる。

 ハズから目をそらすことができない。背中だけを後ろに引いていた。血なまぐさい話を避けたいと、本能的に思ってしまったのかもしれない。

「どうしました?」

 彼の問いに、ふたたび身を戻す。

「つ、続けてください」

 ハズは唇を引き結ぶ。ひと呼吸置いてから話しはじめた彼から、一層、慎重になっている様子が伝わってきた。


 隣国のルーンケルンと我々は、はるか昔から交流がありました。お互いが差異を認めつつ、文化や経済でも共存共栄を目指して王室同士が努力してきたのです。

 海洋国家ルーンケルンには豊かな資源がありました。我々は資源を色々なものに変える高い技術力がありました。ふたつの国は、それぞれの特性を生かしながら今まで存在してきたのです。お互いが、これまで一度も戦を交えなかったのは、気候のせいもあるかもしれません。

 ロードレとルーンケルンは温暖な気候に恵まれているためでしょうか。二つの国の民はおしなべて穏やかで義理堅く、勤勉という特性を持っています。

 さて、もうひとつの国家、エディットと我が国は海峡で隔てられています。

 気流も変わるせいでしょうか、あちらは気候も非常に不安定です。それに加えて、痩せた大地が国土の大半を占めていることも要因なのか、安定した文化が育まれる素地も少なく、内乱が絶えない国なんです。

 エディット国内で富める者は、ごくわずかだと思います。

 国民の気質ですか? ええ、我々と正反対と言ってもいいかもしれません。

 しかし、そのためか昔は呪術の発達が進みました。一時は為政者によって禁じられていたこともあると聞きます。つい最近で言うと、武力の開発がめざましいという一面もあるのです。


 呪術? サーヤには不思議な言葉でしょうか。

 僕は過去に、あなたの住んでいた国を、ほんの少しですが勉強しました。日本にも、呪術を生業としていた人たちが存在していたんですよ。


 我々はもちろんルーンケルンも、今まで何度かエディットと親交を持とうと努力したこともあります。ですが、何故か、ごく短い期間しか交流は続きません。

 外交が続かない理由はわかりません。ですが、交流をはじめてしばらく経つと、エディットでは激しい内乱や災害が起こり、即座に為政者が変わります。

 さっきサーヤは、不思議そうな表情をしていましたね。本当に、なにかに呪われているかのように、三つの国家は一緒に歩むことができないのです。 

 しかしながら我々とエディット……互いの国民が、わずかずつでも交流を図ろうとしていた経緯はあるんですよ。

 エディット王制は民間同士の交流でも、快く感じていなかったようですね。一方、ロードレ側は黙認していました。余程のことがない限りは、先達が試みようとした外交の端緒を会得したかったからではないかと、僕は思います。 

 ただ、ここ数十年、国境沿い近辺を中心として犯罪が多くなってきていました。

 こちらの王室が気づいた時には、ほぼ手遅れでした。海峡沿いの多くの土地や人民はエディットに奪われていたのです。

 まるでインクのシミが広がるように、主権の侵害はじわじわと拡がっていました。

 と同時に、ロードレ国民からエディット側に様々な技術が渡っていたことにも気がつきました。しかもエディット側から脅されて供与した形跡はなく、逆にこちら側から進んで人や物が渡っていたようなのです。


 人は平穏な日々が続くと、毎日を退屈に感じて、変化を求めるものなのかもしれません。

 一部のロードレ国民がエディット国民を可哀想だと思い、様々な便宜を図ったことが(あだ)になったのかもしれません。我が国も、そのような行為を形式的にでも禁じておけばよかったのです。そうしておけば我々の主権が侵害されることもなかったと思います。しかし、ロードレ国の上層部は愚かでした。人間の持つ「善性」を過信していたからです。

 僕は人の持つ「善性」を否定はしません。

 けれども主義主張が折り合えない相手同士に、善性を期待しても無理なのではないかと思います。まして当時は話し合いで解決できる事態を、既に超えていたからです。

 何度も言いますが、気がついた時には多くのことが手遅れになっていました。我々がいくら努力して、侵攻を防ごうとしても、ほとんどの努力が無駄に費やされていきました。

 あちらの国土が天候不順で災害続きなのは変わりません。国民が慢性的に抱えている苛立ちも、変わりません。

 エディットは自国民の不満を、武力を使って昇華する方法を考えました。自分たちで自分たちの国家を建て直すことよりも、ルーンケルンやロードレを侵略してしまえば楽だということに気がついてしまったのです。


 やがて彼らが海洋国家ルーンケルンに、牙を剥く日が来ました。

 同日にロードレに対しても、エディットは挙兵をして一気に襲いかかってきたのです。





※いつも読んでくださって、有難うございます!

この小説は(タグにも表記しておりますが)、某拙作の世界観を大部分、引っ張って来ました。違うのは時間軸くらいかな……。

とまれ、不得手なところを克服できるよう、がんばってまいります。よろしくお願いいたします。

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