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短編

私が好きな君の話

作者: 雨咲まどか

「好きなものって、どうやったら増えるんですか」


 パックの林檎ジュースにストローを刺した瞬間、後輩の藤田君が珍しく話しかけてきた。ちょっと嬉しい。

 いつも通り幽霊部員ばかりの文芸部だから、今日も結局集まったのは私たち二人だけだった。藤田君はなんで来るんだろうな。私は正直、藤田君に会えるからだけど。


「んー、どうだろ。気づいたら好きなものだらけだったから」


 せっかくの質問だったけど、思いつかなかった。ちょっと不甲斐なくて目を反らしてジュースを飲む。口内に林檎の甘さが広がった。美味しい。林檎ジュース好き。


「……そうですか。前向きな人ってうらやましいです。俺、駄目なんです。嫌いな人とか物ばっかりで、良いところより悪いところばっかり目に入るんです。……良いところを探しても、どうせ裏返したら悪いところがあるって思います。優しい人がいても、見返りを求めてるのかなと思うし、自分のためじゃなくて他人のために、とか嘘くさいとしか思えない。

 自分が根本的に後ろ向きだから、物事を無理矢理前向きに捉えても、やっぱり駄目なんです」


 藤田君は教科書を音読してるかのように抑揚もなく言って、分厚い本に視線を落とした。彼がこうして自分から自分のことを話のは初めてだから、大変びっくりした。

 それから、少し寂しかった。自分の好きな相手が、目の前で嫌いな人が多いって話をしているのは、辛かった。


 普段はなんともない筈の沈黙が重い。おかしいぞ。今日の後輩君は様子がおかしい。

 私はパイプイスに座り直す。平然を装いながら、必死に言葉を探した。


「私のポジティブは、自分のためだよ。私は好きな人とか好きな物が多いけど、それで損することもあるもん」


「例えばどんな事ですか?」


「えっと……。例えば、時間を浪費しちゃうとか、好きな物のために他の大切な物をなくしちゃうとか。――でも、好きな物が多いと自分が楽しいから、世界の色が違うから、このままでいるの。どうせ自分のためなら、自分が楽な方がいいでしょ?」


 顎に手を当てて私が神妙な顔をしていると、藤田君は本を閉じて小さく笑い出した。おいおい、先輩が真剣に語ってるのに笑うとは良い度胸だな。


「先輩は、十分根っからのポジティブだと思いますよ」


 藤田君はえらく楽しそうだ。なんだか心外だけど、私は彼のこういうところに弱いから、ふてくされて見せる位しか出来ない。弱味を握られるってこういう事を言うんだな。君を好きな私の話くらい、真面目に聞いてくれと言いたいけど、言えない。


「まあ、また何かあったらいつでも私に訊きなさい! たまには答えてあげるから」


 ちょっと悔しい私は、大人の余裕を見せてみた。たった一歳だろうが、私の方が大人なのである。

 きっとまた生意気な事を言うだろうと思いきや、藤田君は目元を和ませた。


「じゃあ、たまには、先輩が好きな俺の話くらい聞いてください」

 

 私はその言葉に一呼吸程固まった。


「なな、なんで私が藤田君が好きだって知ってるの?」


 自分で爆弾発言をしておいて、藤田君はきょとんとしている。

 いつからばれてたんだろう。っていうか、こんな事言って藤田君はどうする気だったんだ。


 私が「うん。私藤田君の事好きだから話聞くよ。うふふ」とでも言うと思ったのか! そんな訳ないでしょ!


「せ、先輩。ちょっと落ち着いてください」


 藤田君がおろおろしてる。レアだけど、じっくり観察してる場合じゃない。


「トイレ行ってくる!」


 私は、ほとんど手つかずのジュースのパックを片手に部室を飛び出した。トイレ行くって言い訳したのにジュース持ってきてどうするんだ。


 トイレの前で立ち止まって深呼吸してみる。もうすぐ秋だというのに暑い。気温が暑いんだか、自分の脳みそが変なんだか、分からなかった。


 藤田君の台詞が脳内でくるくる巡る。


『先輩が、好きな俺、の話』


 ……黙れ自意識過剰! と叫びかけた時、気づいた。


 もしかしてこれは、「先輩の好きな俺」って、私が藤田君を好きな事を指してるんじゃなくて。

「先輩を好き、な俺」って、私のことを好きな藤田君を指してるんだとしたら。


 体感温度がどんどん上がっていく。私はゆっくりと踵を返した。

 私が好きな藤田君の話を、聞きに行かなくちゃ。




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