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中年魔術師走る

災難である――――――


現在、お昼を過ぎるか過ぎないかの微妙なあたりの時間

私は田舎道と言って差し支えない道を自動車で走っている


車道の横には、列車の線路が並列するように伸びている


それ以外は延々と広がる田んぼと遠くに眺める山々


田舎という表現以外の何者でもない場所を自動車で走っている

この現代社会でこれほどに開けている場所もなかなかにないであろう


これが長期休暇の一端で、これからどこかに小旅行でも洒落込めたらどれほどに素晴らしいことであろうか


私は、仕事以外の趣味のない面白みのない人間のように思われているのかもしれないが

それはとんだ誤解であることを言わなければいならない


私自身は面白みもない人間であることは否定しない

これは、自分にユーモアがないということではなく、私を眺めても楽しい等のポジティブな感情が湧き上がるような人間ではないということだ


まとまった休みの日にはいつもと違うところに行ってみようかと思うくらいの感性はある

…まぁ、そのくらいの感性しかないとも言えるのだが


このように休みを切望してしまうほどに、仕事が嫌いだったであろうか?

最早、生活の一部として仕事というものが身体に染み付いてしまっているのだ

自分に仕事がなかったらと考えるとぞっとしてしまう

働きたくないのは人間の本音であるわけだが

仕事がなくなることを恐れてしまうなんて

人間という生き物はつくづく奇特なものである


私は普通車の窓を開け、車中に入り込もうとする風を顔に浸しながらため息を吐く。

これほどまでに少しの旅行と呼べる場所に来ているのに、心の中が晴れ晴れしないのは

今回は残念ながらに職務という生産的行動で来ているからにほかならない


――――


私は一人の時間を大事にしている

他人と関わりを持つことが億劫な人間である


ありふれた乗用車に乗り、ハンドルを握る手もほぼ固定されてしまっている

開けた場所をひたすらにまっすぐ走り続けているのだ


いくら仕事とはいえ

一人ならば幾分かマシであろうと思った


残念なことに人生とは平穏とは無関係である


「うぃ~っす。マユミぃ?…あ~マジで?いや、すぐ帰んからさー。メシ作って用意しといてくんね?…あ?なんかオレって亭主関白ぽくね!?マジウケる!!」


同じ日本人とは思えないほどの言語感覚の溝である


言語とは、文化の中で変化していくものと認識しているが

ここまで、自分と剥離しているものだとは気がつかなかったと言えよう


椅子を深く倒し、助手席にどっぷりと座り込む姿はとてもではないが自分の後輩とは思えない姿勢であった

携帯電話を片手に大声で喋り込んでいる


私は一応、上司という体裁があるので彼に注意しなければならないのであろう

このようなことは他人任せにしているし 積極的には関わろうとしない

年齢上、彼に模範を見せ 注意深く指導するのが大人としての行動なのであろう

そんな社交性は皆無で、良識や大人の自覚なんて持ち合わせていなかった


私は年功序列というものに疑問を持ち続けている


たまたま早く生まれて、少しだけ長く生きてきただけなのである


世の中には、40過ぎても子供な人間もいる

世の中には 10代で達観した人間もいるであろう


定義上の成人

定義上の大人


そんなものに浅ましくもしがみつき、そして社会に害を成す人間が世界中にどれほどいることであろうか


私は今まで生きてきた数十年がある

その経験則、今まで生き残って来れたバイブル…指標というものが存在する


そこで他人と比較したりすることはあるであろう


だが、それを他人には押し付けない むしろ関わりたくない


道を踏み外しているわけではないが、反社会的な人間である


どうしようもなくエゴで、自分が生きるためでしかないのだ


「レーヴァン。君は職務中だ。私用の電話は控えるべきだと思うが?」


別に、電話をやめなくてもいい。

何気なく体裁を保っただけだ


二人きりという空間で会話を模索する方が疲労してしまうというものだ

私という人間に関わらずに他人と会話していてもらったほうが楽なのであった


この男…レーヴァンという名の男が私の同僚、もとい後輩として会社に入ったのは数年前だ

この会社は面接や試験といった類のモノがない


我々の職業は確かに現代社会では特殊だと思われがちであろうが、そうでもない

一般の人には認知されていないだけで、古くから人々の傍に有り続けてきたのである


通常の場合であれば

普通に面接が有り、普通に履歴書も書く。

現代社会の作法となんら変わりないのである。


これだけ書けば、私の会社がどれほどに変わっているかも想像できるだろう。


どれほどの規模で、どれほどの構成で

何の目的の会社なのか―――


普通の人間であれば、とてもではないが敬遠してしまうような内容である


非常に残念なことに、この不明瞭な企業は普通ではない人材ばかりが集まってしまう

選考基準がそうだからなのであろうか

はたまた、そういう人材だけが生き残ってしまったのか


―と、ここまで考えたところで、自分も普通ではない人材に含まれてしまうということに少し笑いがこぼれそうになった


「…うーいっ。あとでかけなおすわ~。ん?あぁ?その話はあとでにするべ?じゃあな。」


私の儚き願いは消え去り、レーヴァンは電話を切ってしまった。

かれこれと当たり障りのない会話に思案を巡らせようとしていた。


「いやぁ~。悪いっすね先輩。うちのカミさん仕事中に電話してくんなっつったのに、うっさいんすわ色々と。マジ、オメーは俺のお袋かっ。って話っすよね!まぁ、嫁ではあるんですけど」


私の思案を遮るように軽い口調で喋りかけられる

まったく反省の色が見られない。形ばかりの謝罪である。

倒したシートから、わずかばかり起き上がった姿勢が多少の反省を演出しているつもりであろうがまったく効果をなしていない


ヘラヘラとした顔がやたらと感情を逆撫でする


「レーヴァン。君が結婚しているというのは初耳だが…」


彼の人間性を疑ってばかりで非常に心苦しくはあるが

勤務態度や接し方に対して、感情に任せるほど若くはない


「あれっ?言ってませんでしたっけ?いやぁ、うちの嫁ね。もうすぐ子供が生まれるんすわぁ~。将来は野球チーム作れるくらいに…って何を言わせるんすかぁ!!」


誰も突っ込まないノリツッコミを照れた笑いとともに浮かべる彼の表情


幸せとはなんなのであろうか

ふと、そんなことが頭をよぎってしまう


彼は立派で褒められた男ではないのであろう

しかし、こうして子を成し 自分の伴侶について幸せそうに語るその姿は

人生という長いレールを謳歌しているのではないか


私にもそのような道が存在していたのであろうか?


ありえない過程に思いを巡らせたところで、その思考を遮られる


「それにしても、ラン&ガンはなんでこんな所に来てるんでしょうねぇ。どうしようもないほどになんもないっすよ。」


未だに、建造物すらまばらな真っ直ぐな道を見ながらレーヴァンはつぶやく


私は今回の任務に思考を戻す


「あぁ…自分の任務を放棄し、指定された魔術師区域からの逃亡…これは犯罪だ。」


今回の任務は、同じ会社に所属する魔術師の捕獲及び連行だ


名前をラン&ガンという

私は同じ任務をしたことはないが

逃亡弊所と逃走した目標の追跡・捕獲を主にする魔術師である


ラン&ガンは捕獲対象を追跡中に指定区域からの離脱


本来であれば魔術師のルール 法律違反により司法機関の手に委ねられる事案だが

今回は任務中の離脱ということにより

まずは我々が先行して捕獲と連行を試みる形になっている


魔術師という強大な力が動くということはそれを抑止する為の機関もまた強大だということだ

下手に動けば一般社会に影響を与えかねない事態にまで発展する可能性を孕んでいる


不思議なものである


人間は強大な力を持てば世界を動かし得る程の影響力を持つものと若い頃は思っていたが

世の中はそうはなっていないらしい


逆に気軽に身動きがとれないほどに縛られてしまうものらしい


これは魔術師という存在に対しての

一般人の反抗であるのかもしれない

我々という存在を縛り付けているのは、同じ人間であるということだ


世間には隠匿される存在ではあるが

それは完璧なるものではない

我々も人間社会の一部ということらしい


ある時代では魔術師は弾圧の対象であり

ある時代では救国の英雄でもあった


いくら力を持っていても、大多数の力に抗い続けるには余りにも脆弱な存在である


様々な選択肢があったであろう

我々の祖は様々な選択の中から


一般社会との共存を選んだのだ


結果として現代社会では溶け込むような形で存在している


そして今回の違反


魔術師は任務中に限らず

自分の区域から出る際には申請が必要になる


もちろん区域は窮屈になるほどに狭い範囲ではないが

気軽に旅行に行けるようなモノでもない


これは一部の地域にとどまれる魔術師の数は限られているということだ


魔術師同士が結託して社会に悪影響を与えることを防ぐためである

いつでも鎮圧できるほどの人数に魔術師を抑えているのだ

これを魔術師の間では『檻なき幽閉』と揶揄している


それほど気にするようなものでもないが

やはり、自分の行動が制限されることに関しては気持ちのいいものではないであろう


こうして、区域を出れば追っ手が差し向けられる


何かを得れば何かを奪われる


結局のところ、魔法を使えた所で

何かの免許を取ったのと変わりはないのだ


大きすぎる力は別の何か代償が必要になってしまう


どうしようもない円環の思考を止め運転席から望む景色に集中する


すると、運転している車に並走する形で一羽の鳥が近づいてきた


「おおっ、戻ってきたな。ご苦労ご苦労!!」


おもむろに助手席に座るレーヴァンが窓を開け一羽の鳥に向けて話をかける

傍から見れば鳥に話をかける変人そのものではあるが

魔術師であるならばその限りではない


「ふむふむ…ここから先に見える峠道の手前あたりっすね~。仲間が何羽かやられちゃってるみたいっすよ。」


そう言うと、胸元からインクの入っていないペンを取り出すレーヴァン

ペン先を並走する鳥に向けると

瞬く間にペン先に鳥が吸い込まれていく

次の瞬間には、先ほどまで空であったはずのペンにインクが満たされている


今回の彼の仕事は魔法で生成した鳥を使役しての偵察が主な仕事である


鳥は彼の目であり、耳であり

手足でもあるのだ


「なるほど、思った以上に速いな…。さすがはラン&ガンだ。」


先ほども説明したが

今回の捕獲対象は同業の魔術師であり


そして、逃走のプロフェッショナルである

我々の追跡を躱すことも想像出来る

それを踏まえての布陣だ


レーヴァンという男は軽薄でどうしようもない男ではあるが追跡や調査、現場での情報収集能力は信頼せざる得ない


本来であれば、気がつかれることなく相手の行動を全て把握することも可能なほどではある


それに気がつき、こうして多少の被害をこちらに与えているあたりは

さすがに相手もプロであると言えよう


私は踏み込んでいたアクセルをさらに強く踏み込むのであった





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