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中年魔術師嘆く

そう

これはとても小さな話である

人間として矮小であり

どうしようもない程に世界から忌み嫌われる存在の話だ――――



某県八月


夏というものはどうしても暑くなってしまうようだ

汗で透けたシャツから肌着がうっすらと浮かび上がっている

額につたう汗をハンカチで拭う


この描写がうら若き女子高生であれば、どんなに幸せなことであっただろうか


しかし残念なことに

暑さに参っているのは

枯れも枯れ切った、ただのオッサンである


いい匂いなどしない

オッサン臭さだけだ


もう何をしても暑いのだ


いや


何もしなくても暑い


ちょうどに木陰で噴水の飛沫があたるほどに離れた位置に存在するベンチに腰掛け

抗うことを許してはくれぬ暑さとの戦いに明け暮れている


夏は嫌いだ

というより、四季折々嫌いだ

環境というものはめまぐるしく変わりすぎているのだ

もっと世界は人間を中心に回るべきだ

この思想をエゴというだろうか?

しかし、自分が人間である以上は人間の立場にたって主張すべきだと思う

世界を労わるなんてのは間違っていると言ってもいい

積極的に破壊しろとはいわないが

変に取り繕わずに、自分たちの益になるから生かしてやる

その位の気持ちでいるべきだと


我が身でもびっくりするほどに傲慢な考えだと笑ってしまいそうになった

表情に出そうになるのをこらえ、目を前に向けてみる


ちょうど噴水の間際に歩きたての子供が水と戯れ

親は数歩離れた場所から、笑顔ではしゃぐ子供を見守っている


残念なことに私にとってその光景は微笑ましくともなんともない


自分と他人

越えられぬ大きな隔たりがある気がしてならない



自分にもあの子供のように無邪気に世界を受け入れていた時期があったのだろうか


あまりにも遠い昔のことのようで忘れてしまった

それ以前に、この暑さはとてもではないが受け入れることが出来なさそうだ


仕事で徹夜明けの身体には太陽すらキツイ

こうして平日の昼間から公園のベンチに腰をかける中年は世間一般ではダメな大人の認識だろう


しかし、職務を放棄しているわけではないと言わなければならない


『…目標、アルファ地点を通過。』


私の耳元に、ややノイズの混じった声が聞こえてくる

決してすぐ側で発せられたわけではない声は

私に途中経過の報告をした


『ブレイズ…お前の担当区域に入ったぞ。目標は一体。』


いかにも物騒な物言いだが

私が職務を全うしている最中であることの証明になったであろうか


おもむろにスーツの内ポケットからタバコを取り出し

慣れた手つきで火を付ける


「クソッ、タバコは嫌いなんだがなぁ…」


現在進行形でタバコを吸っているのにも関わらずにこの独り言である

矛盾も良い所だ

慣れていても、嫌いなものは嫌いだ

だからこそ、そこに付け入る隙があるのだ


手にとったタバコを口にして

肺に煙をゆったりと溜め込み

揺らめくように吐き出す


仕事に関してはやるからには丁寧にする性分ではある


今の仕事が好きかと言われればそうでもないと思う

しかし、ただ機械的に作業をしていては疲れてしまう

なのでちょっとした部分に遊び心を入れている


こういう部分を世間一般では『職人のこだわり』というのだろうか


職人なんてガラではないし

そこまで立派な人間でもないわけだが


ただのオッサンの仕事のほんのわずかな楽しみのようなもんだ


私が黙々と下準備をしていると

ふと、視界の端に動くものがあった


相手に気がつかれぬように視線をそちらに向けると

遠くから人が走る様子が映った


『ブレイズ…目標接近中だ。首尾良く頼む』


遠目から見ても分かる疲れっぷりだ

他のヤツにだいぶ追い掛け回されたと予想する


このまま何もないで仕事終わりたかったという気持ちがあったことは否定はできない

他の場所に行ってくれればよかったのに

数ある選択肢の中から運悪く私のところにやってきてしまったのだ


まぁ、私がこれから新たに何かをするということは特にはないのだが


先ほどと変わらずにベンチに腰をかけタバコを吸っている

早く終わらないものだろうか


疲れた息遣いが聞こえる位の距離まで標的が近づいてきた


ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…


一歩一歩


私の座る場所に近づいてくる



ハッ…ハッ…ハッ…嗚呼っっっっ!!


私の目の前を通り過ぎようとした瞬間


何気なく繰り返す、走行動作を乱す障害


本来、何事もなく地を踏みしめるはずであった目標の足は何かに掴まれるようにしてその動きを止めざるえなくなった


そこからが早かった

バランスを失う体―――

その体の周りを何かが覆うようにして包み込む


地に伏せる時にはすっかり目標は動かなかくなっていた

否、動けなくなっていた


「ブレイズ…目標沈黙した…ウィドウにあとはまかせた」


私は吸い終わったタバコを携帯灰皿にねじ込み

一息入れてからベンチから腰をあげる


座りっぱなしは思った以上に腰にくる


自分が爺と呼ばれる年齢に近づいているという事を伝えてくれる警告(アラーム)のようなものだ

老いるものではないなまったく


私は自分の足先を見下ろす

目標は『白いもや』のようなものに包まれ、地面に横たわっている

声も上げず…あげれず。何も能動的な行動が取れずにいる。

ただそこにあるだけのモノと錯覚してしまいそうなくらいだ


「やった張本人が言うのもなんだが同情するぜ。ご苦労さん」


まるで心にもないことを言った。

相手の心情や行く末のことなどを考えだしたらキリがない。

非情な人間だと自分では思わないが、他人のために感情を強く抱くような人間ではない


「ハ~イ。オッサン乙~!!」


…私が思慮に耽ける時間を破壊しようとする 明るくもけたたましい声が耳に入った

仕事終わりの気だるさと開放感をすべて無にするかのような元凶のほうに目を向ける


目の前には私とはまるで無縁に思える、非常に派手な女学生の姿が映った

健康的ではない小麦色の肌 加工された人工まつ毛を取り付けた瞳 明らかに校則にそぐわないであろう改造制服

顔の原型がぼやけるほどの濃いメイク 色を変えすぎて傷んだ髪 それを結ぶ不釣合いに幼稚な髪留め


四十も半ばの私のようなオッサンと10代真っ盛りのティーンに共通項なんて、同じ人類であるという事ぐらいしかない


「うっひょぉ~。今回も派手にやっちゃってくれてますな~」


私が捉えた目標を間近でジロジロと見ている

お前ほど派手ではない。とでも言い返してみるのも面白いとは思うが大人気ないと思ったので自重した

先程から思っていた疑問を派手な彼女に投げかけることにした


「…ウィドウはどうした?何故、お前がいるんだ。」


この後の予定では目標をウィドウに引渡す手筈だったはずだ


「あっるぅぇ?聞いてないのぉ?ウィドウちゃんは今日は定時帰宅だよぉ?」


頭が痛くなるような話だった。

こっちは残業に次ぐ残業で真昼間までかかってやっと終わったというのに

そもそも、このような仕事で定時とか言っていることがおかしいとは思わないのだろうか



「そんじゃ回収やりますか~!」


「あぁ…そうしてくれ…」


私の気苦労などお構いなしといった風であった

おもむろに彼女はポケットから先端に輪っかのついた紐状のモノを地面に垂らした


すると、地面に垂らした先端にドス黒い塊が集まっていく


彼女の場合は紐状のモノ『リード』と『首輪』が起点


みるみる内に黒い塊は巨大な生き物と認識できるほどに鮮明に 形作られていった


「ペロっと食べちゃってくださいなっ!ペロ!」


黒い巨大な生物は、彼女の指示を皮切りに目標を頭から丸呑みしていく

獰猛な犬のように攻撃的に 忍び寄る大蛇のように鮮やかに


清濁を併せ持ったような洗練された動きで対象を喰らう


いつ見てもなかなかにグロテスクな光景だ


対象がすべて飲み込まれると、黒い塊は欠片一つ残さずに辺りに四散していった


「あーあー。こちらペットショップ!代理の転送任務完了しますたぁ~!」


仕事の手際は良く

本部への連絡をしているようであった

私の存在はどうやら掻き消えているようだ

どうやら若い女子というものは私とは相容れない存在なのかもしれない


「…さて。んじゃ、オッサン!なに食べに行く?」


私は彼女の発した音を、言語と認識出来なかった

思わず目頭を抑えてしまう


「…ふぅ。どうやら私は疲れているようだ。」


「仕事も終わったし!景気づけにシースーでも行っちゃいますか!!?もちろん回らないヤツでオネガイシャス!!」


「ペットショップ。どうやら、君は私と意思疎通をするための言葉を持ち合わせていないようだが。私の喋る言葉は君に通じているだろうか?もしかしたら、私が喋っている言葉が間違っているのかもしれないな。」


私は皮肉混じりに彼女こと『ペットショップ』に向けてまくしたてる

昔から、仕事の延長線での付き合いは悪い方であると自負している

あくまで仕事の付き合いは仕事の付き合いだ

プライベートまで邪魔されたくないものである


「えぇ~!?私とオッサンの仲じゃん~。ねぇ~!!い~こ~よ~!」


ペットショップは私の腕に絡みついてくる


私が10代であった頃はここまで幼稚な人間であっただろうか


そもそもお互いに馴れ合うような関係ではないはずだ。

共同任務自体は珍しくはない

ペットショップとも複数人の任務で一緒になったことは確かにあるが、業務的な会話ほどの関係であるし

こうして二人きりの現場になったことは、私の記憶の中では存在しない


そもそも、私たちは体裁上は会社という集団ではあるが

規模や構成自体は、大雑把にしか把握していない

各々がフリーな立場で、必要とあればお呼びがかかる形になる

それくらいに個々の関係性は希薄である


それであるにも関わらずだ…


なぜ。私の目の前にいる派手な女子高生はこうも慣れ慣れしいのであろうか

五十にも足が届きそうな年齢である私を誘うのか理解に苦しむ


むしろ私ほどの年齢の男性には嫌悪感を抱くような年頃ではないのではないか


「…ペットショップよ。どんな思惑があるかは知らないが、私は昨日の夜から任務にあたって非常に疲れている。私ほどの年齢になると体力的にしんどくなってくるものだ。こういうことを言うのは心苦しいが他人といるのも億劫になってしまう気持ちがわかってもらえると嬉しいのだが」


自分の年齢を言い訳にして断ろうとしているのが滑稽で思わず笑ってしまいそうになる。

実際には人並みにしんどい程度で、そこまで老いについて真剣には受け止めてはいない

単純に、仕事先の人間と…さらに若者と話すことに神経をすり減らしたくはないだけである


「ん~、オッサンがそこまで言うなら…メンラーでいいよっ!!」


どうやら、私の理解の斜め上をいくのが彼女の思考らしい

私はこの一言で決心した

これ以上は無駄に時間を労するだけだと



「…近所にラーメン屋がある。そこでいいか?」


こうなれば被害を最小限に食い止めるべきだ

最短ルートへ誘導することを考えることにした


「いいのっ!?ヤタッ!!」


ペットショップは私から手をほどき、目の前で小躍りを始めた

少々、阿呆っぽいが

ここまで喜んでいる姿を見ると

人間関係があまり得意でない私でも暖かい気持ちが多少なりは芽生えてくるものだった。


ペットショップはグイグイと前に走り出し

こちらに振り返り、手を振る


「はやくいこーよー!!メンラー逃げちゃうよー!!」


今日も一日が長い――――――


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