心情エコ・再利用
私は長い間、ずっとその部屋にいた。彼女と一緒に、何年も何年も。
彼女と私が出会ったのは、今から六年ほども前のことだ。私が始めて見た彼女の表情は、どこまでも光り輝く笑顔だった。私はそれだけで、その瞬間だけでとても幸せだった。
それからは、私達はずっと一緒だった。
彼女が朝起きたときも。
彼女が学校から帰ってきたときも。
彼女が眠りにつくそのときも。
幸せだったときの記憶を挙げれば、きりがない。
彼女が家に友達を連れてきたとき、私を抱いて皆に自慢してくれたこと。
綺麗な首飾りを作って私にかけてくれたこと。
そういえば、彼女がなにか怖い映画でも見たのだろうか、震えながら私を抱いて布団に入ったこともあった。おびえている彼女の表情が、だんだん安らかになっていく様子はなんだか微笑ましかった。
それが、いつからだろう。
彼女が、私を抱いてくれることはなくなった。部屋の片隅に打ち捨てられ、それから今度はタンスの上に置き去りにされた。ここでは彼女と視線すら合わない。
いつしか、私は彼女に忘れ去られてしまった。
寂しい。
ある日のことだ。その日はなんだか、騒がしかった。家族は皆あわただしく動き回り、彼女もまた部屋の中を整理し始めた。
何が起こっているのか、私にはよくわからない。
ふと、彼女がタンスの上に手を伸ばして、私を手に取った。驚いた。同時に、嬉しかった。
私の上に積もった埃をはたいて、彼女は顔をしかめる。それから少し何かを考えていると、彼女の母親がやってきて引越しの準備は進んでいるか、と彼女に尋ねた。
引越し。
彼女はこの部屋を出て行くようだ。どこへ行くのか、それは私にはわからない。
私はただ、嬉しかったのだ。
彼女が再び私を手に取ってくれたこと。私も連れて行ってもらえるのだろうか。また以前のように、彼女と共に過ごせるのだろうか。目の届かないタンスの上ではなく、もっと彼女の近くにいられるのだろうか。
そんな希望があふれてくる。
ふと、彼女がおもむろに私を袋の中に放り込んだ。
私はその袋の中に、他のいろいろなものと共に詰め込まれた。
彼女の手がその袋をつかんで、歩き出す。ドアを開け、外へ。
朝の光がまぶしかった。
そういえば、彼女と一緒に外へ出たこともあった。彼女が連れて行ってくれた外の世界、その空気はとてもおいしかった。
彼女がその手を離す。歩き去っていってしまった。
袋は、私はそのまま、そこに置き去りにされた。半透明の袋の中から、私は彼女の背中をずっと見送っていた。
しばらくして、大きな車がやってきた。車から男が出てきて、私の入っている袋を持ち上げた。車の後部には巨大な、ローラーのようなものがあった。
男が、無造作に袋をその中へ放り込んだ。
そして、私は―
あたしはぱたん、と読んでいた本を閉じてため息をついた。
「……なんでこんなもの、読んじゃうんだろう」
周囲を見回す。あたしの部屋に散乱したダンボール箱とガラクタの山、燃えるゴミの袋とトランクケース。
引越しのために部屋の整理をしていたら出てきた昔買った本。こういうものはついつい読みふけってしまう。マンガしかり、アルバムしかりだ。
そこへ母親が顔を出した。
「こら、早く荷作りしなさい。本なんか読んでないで」
「はいはい」
あたしは立ち上がって、タンスの上を見た。
ティディベア。
小学校六年生のとき買ってもらって、いつからかずっとそこに放置しっぱなしのぬいぐるみだ。今春大学に合格して、これでかれこれ六年の付き合いになるだろうか。
「……どうしよっかな」
あたしは手に持っていた本とぬいぐるみをちらちらと見比べて、それからティディベアを手に取った。ばふばふとはたくと埃が舞って、思わず顔をしかめてしまう。
「……」
あたしはそいつとしばらくにらめっこしてから、
「……捨てづらくなったよ」
そうつぶやいて、ひょい、とダンボール箱の中に彼を放り込んだ。
期せずしてエコロジー? な話に。なにか、感想いただけたら幸いです。