バースデイプレゼント
文章初心者の作品です。
先日私は誕生日を迎えた。恋人と夜景の見える小奇麗なレストランでディナーを楽しむなんて相手のいない私は、両親と小さな居酒屋でささやかな団欒を囲む予定であった。その居酒屋は看板も出ておらず一見すると木造の民家であり名を『一心』といった。
さて予定通り7時にお店に入った私たちは予約を確認した。しかし、店員さんの反応は鈍く妙に困ったような表情を浮かべている。私の誕生日ということで父親が座敷の予約をしていたはずなのだが……
「申し訳ありません。こちらの手違いで明日の7時からの予約となっておりました。本日は他のお客様の予約が入っておりましてお座敷を御用意することができません。カウンターでよければすぐにでも御用意させていただきますが」
顔を見合わせる私たちも困惑気味である。誕生日に居酒屋のカウンターは無いんじゃないかなとの意見の一致の末私たちは店を後にしたのであった。さてどうするかとまたまた相談である。こういうときに頼りになるのはやはり家長である父親であった。
「よし。それなら『寅』にしよう。歩いて5分もしないしな」と即断即決である。
次の瞬間には携帯を懐から取り出し
「もしもし~。今から三人いけますか?あ、大丈夫?すぐ行きますね」と歩き始めている。
「やっぱりお父さんだね」私と母親は苦笑交じりに頷いて後を追いかけた。
そしてやってきた『寅』である。こちらも小さな佇まいである。夏には蛍が飛び交う小川のそばにあり私の中学時代の同級生の御両親が経営されていたりする。夏の盛りの時期には鰻を食べに何度も通っている馴染みの店でもあるが夜に来るのは初めてであった。
料理はおまかせにしてお酒は好きなものを注文する。最初はやはりビールである。アルコール耐性がからっきし弱い私は、大学入学時から体育会に所属していため散々ビールに苦い想いを味わってきた。コンパの終了時に重力に勝てず何とか立とうともがき何度先輩方の笑いの種になったことか。しかし、とりあえず生中が飲めるようになったおかげで社会人になっても何とか酒の場をごまかせるのは苦しい部活時代の収穫の一つである。次いで日本酒。両親にお酌をしたりされたりするのは二十歳を超えてからの楽しみの一つである。十代の頃には想像もしなかったことではあるが、大人になる楽しみというのは確実に存在するとしみじみと思う瞬間である。
料理の途中でカウンターで飲んでいたお客の一人が父親の友人でお土産にもってきた珍しい日本酒をおごってくれたり、両親に仕事の様子を話したり、そろそろ結婚相手はいないのかと突っ込まれたりと和やかな調子で楽しい時間は過ぎていった。
さてお会計というところで本日のサプライズは起こった。女将さん曰く
「本日のお題は既に『一心』さんからいただいております」とのこと。
何と私たちが相談していた内容を聞いていたらしく先に『寅』に連絡していたのであった。申し訳ない気持ちを感じると同時に何とも温かいものが心に灯ったようであった。
帰り道の途中で『一心』に寄ってお礼を述べたのはもちろんのことだが、近いうちに必ず来ますんでと約束したのも当然の帰結であった。人情味の薄れた現代ではあるが、時々こんなことがある。何とも嬉しいバースデイプレゼントであった。
ちなみにその後私は二日酔いで頭が痛くなりシャワーも早々に寝込んでしまった。そこに「おっめでとー!」と容赦のない電話を連発してくれた友人たちはやっぱり財産なんだろうな……たぶん。
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