Anyone! Help me! 4
いい加減疲れたのでがっつり寝てやろうかとか思ったわけではない。それでもいつのまにか寝てしまったらしい。気付いたら、つまり目が覚めたら部屋は真っ暗で、聞きたくもない着信音がアラームとしてやけにうるさくオレの脳を揺さぶった。
「はい、なんスか」
「寝起きか!?寝起きなんだな!!」
一瞬だった。つまり、ごろごろと実に行儀の悪い姿勢で、話し相手が目の前にいたら問答無用で蹴られても文句を言えないような姿勢で話していたオレが正座になった。
心臓が喉から飛び出て危うく星になるところだったが。
しかし、口調で瞬時にオレの状態を見抜くトモさん。さすがオレの監察官。
「寝てないスよ。ていうか寝るってなんスか。オレそんな特技持ってないっス」
「ホーク、私には電話越しの相手を殺す特技があるのだが、知っているか?」
正座が直立不動(敬礼付き)になった。
「まあいい」
耳元でトモさんのため息が聞こえる。どうやらそうとうお疲れのご様子。
「進行度はどうだ?毎晩9時までに連絡するようにと言っているだろうが!」
電気をつけて時計を見る。9時を3分ほど過ぎていた。なんて時間に厳しい人だ。
「3分くらい、だと?ずっと電話を待っていた私の身にもなってみろ!」
ケータイが掌からするりと抜けおちた。え、ナニ今の恋に恋する乙女的な発言。しかもトモさんの口から。
トモさんも何かおかしいと思ったらしく、大きく咳払いをしてから言った。
「お前に言っても仕方ないかもしれないが、上から早く解決するようにと再三言われている。警察からもセンターからもな。どちらも躍起だ」
「中間管理職は大変です」
「わかっているならさっさと解決しろ。・・・その分だと今日の収穫はなさそうだな」
落胆したようなため息トモさん。もっとも、表情は無表情のままなんだろうけど。
「それならそうと早く言ってくださいよ。“ジェノ”は大したことありませんよ。多分明日には接触できます。明日のオレの機嫌がよければですが」
「ホーク。ふざけていると本気で焼くぞ」
焼くの!?・・・って、このセリフはそれほどふざけているわけじゃないんだろうけど。トモさんがふざけるところなんて想像もできない。
「では、明日また連絡します」
オレが切るよりも早く、トモさんは別れも言わずに通話を切る。
ケータイを切って、テーブルの上に置く。5時間くらいは寝てるから、さすがに眠くはない。
オレは何かをしようとあたりをきょろきょろと見まわして、結局寝ることにした。
“ジェノ”と連絡を取る方法は実に簡単。あたかも自分は“ジェノ”と同類であり、理解者であるかのような書き込みをし、興味を誘う。そして個人的にやり取りをし(向こうから直接このパソコンにアドレスを送ってきた)、後は死ぬだけだ。
というわけで今現在時刻は深夜零時を少し回ったところ。場所は東京にまだ残っている20世紀の遺産、廃工場。吐き気をするような嘘にまみれたやり取りの末、オレはここを紹介された。
人数は7人。だが、これはどうやら偶然らしい。そういう偶然があっても別にいいのだろう。郊外ゆえに照明もなく、東京ゆえに月明かりもない。持参するように言われた懐中電灯の明かりだけが頼りだ。
誰が“ジェノ”かは分からない。実を言うと、発言や、やり取りの中で、だいたいの“ジェノ”のイメージはわいているのだが、それが間違っていることだってあるだろう。それに、そんなことオレには関係ない。“ジェノ”も別の奴らも同じだ。同じ自殺志望者だ。箱の中のラットを見分けることなどオレにはできない。
古くて今にも壊れそうな建物に、何とも真新しい張り紙があり、オレたち7人はそれが“ジェノ”のものであると考え、誘導に従う。懐中電灯が照らすのは瓦礫ばかりで、もはやここが昔何をつくっていたのかは分からない。わかったところで何も変わらないだろうけど。
言葉を発するものは誰もいない。死人のような、ただ顔に開いている穴に眼球を入れた、みたいな目をして歩いている。死へと歩んでいる。
かなり歩いたが、それでもまだ工場の最奥というほどでもない地点。7人なら何とか入れなくもないだろうという個室に容器が二つ置いてある。ほかの奴らはなんかおろおろしていたが、理系で大学に入ったオレには分かってしまう。人間が、たったこれだけで死ねることを分かってしまう。
しっかし、ほんと古くさい手ばっかり使うよな。じじいかっての。悪態を心の中で呟いて、ポケットの中のケータイを鳴らす。さて、ここで少し時間を稼がなくちゃならない。ほら、よれよれのスーツ着てるおっさんがもうすでに容器に手を伸ばしてるもの。このままじゃオレも死んじまう。あいにくオレはこんなところで死んでやるほど暇じゃない。
「あのよ、死ぬ前にさ、ひとりずつ自殺に至った原因ってやつを言ってくのはどうだ?少しは溜飲も下がるかもしれないぜ」
途端、全員の12個の目が、まるでそれが個の生き物であるかのようにオレのほうを向いた。鬱で痩せこけた目で見られるのは相当恐怖だった。
容器を持ってたおっさんが容器を置いて、口を開く。今までずっと口を固く閉じていたので、ただの肌に突然切れ込みが入ったみたいだった。
おっさんの話を聞いて、オレは聞くんじゃなかったと激しく後悔した。具体的に言うとR指定されてしまうが、さわりだけ言うと。おっさんは同性愛者で、それが周囲にばれ、生活できなくなってしまったらしい。てっきりリストラとかそんな実に普通の理由を予想していたオレは面喰って、噴き出しそうになったが、なんとかこらえた。ここで笑ったら、何をされるかわからない。
ほかの奴らのリアクションはない。多分耳に穴が開いていないのだろう。
「じゃあ次はあたしが・・・」
「あー、待った。ちょっと用足してきていいか?尿意催したまま死にたくない」
女子高生だろうか。全体的に肉付きの薄い少女が震えるようなか細い声で言いだしたのを制止して、オレは個室の扉を開けた。
カラン、バタン
オレが出るとき、オレのわきから代わりに何かが個室の中に入った。扉を閉めたのはオレ。正面に立つ何かを投げ入れた黒い覆面の人に親指を立てる。当然向こうはノーリアクション。結構タイミングとか危ないんじゃないかと思ったが、向こうからすれば、オレのことなどどうでもいいのだろう。死んだら駒が一つ減るくらいの感覚だ。
懐中電灯の明かりをつけ、もと来た道をさっきよりは速い速度で歩く。
「御苦労、ホーク」
黒塗りのバンに体を預け、腕組をしているトモさん。相変わらず目つきが怖い。
「これで“ジェノ”事件も解決か。以外とあっけなかったな」
これでは給金一カ月分にしておいた方がよかったかもしれん、とトモさん。さすが鬼トモだ。
「いえ、多分あの中に“ジェノ”はいないと思いますよ。最初はこのあたりにいたかもしませんけど、それももういないでしょう」
「・・・どういうことだ?」
「あの中に“ジェノ”を理解できる奴はいない。少なくとも“ジェノ”自身はそう考えてるはずです。だから、奴はまだ死ねない。一人で死ぬのは、怖いから」
トモさんは目を細めて怪訝そうにオレを見た。だから怖いって。
「こういうのってオレよりもトモさんのほうが専門なんじゃないですかね。とにかく、ここにはいない。どうやら黒ずくめサンたちにはまた登場してもらうことになりそうです」
トモさんはバンから身を起こす。振り返ると、3人の黒ずくめたちが2人ずつ抱えて出てくるところだった。死んでいるのではない、眠っているのだ。さっき個室に投げ入れられたのは特製の催眠ガスである。
「トモさん、こいつらはセンター送りですか?」
特に気になったわけではないが、聞いてみる。
「いや、ちゃんとカウンセリングをして、可能ならば社会復帰させる。お前もセンターを収容所のように言うのはやめなさい」
怒られた。というかたしなめられたのか。まあ、そりゃそうか。トモさんはセンターに恩があるし、センター大好き人間だからな。
6人も載せればさすがにこの大型バンもいっぱいで、オレだけ取り残されることになる。ていうかあんな地獄行きの車になんか乗りたくない。というわけでオレは懐中電灯の明かりを頼りに最寄りの駅まで歩くことになる。24時間運行様様だ。
ちなみに電車賃は経費としてちゃんといただいている。トモさんもさすがにそんなどうでもいい所でSにはならない。
仮に、あのまま自殺が成功していたとして、それでどうなっただろうか。どうせあんな廃工場のあんな奥での話だ。見つかるとしてもせいぜい肝試し気分のバカどもだけだろう。誰かの迷惑になるとまでは言えない。確かに捜査が面倒だとか、結局不利益に違いはないんだけど。
ようするに何かが正しいなんてことはないと思う。少なくともトモさんにとってはセンターが正義だし、“ジェノ”にとってはセンターは悪だし、オレにとっては至極どうでもいい話だ。
価値観。結局はその問題なのだ。自分が正しいと思えば正しい。ただ、それだけのこと。
「さて、と。大見栄切っちまったし。さっさと解決するとするか」
そういえば今日は何も食ってない。さっきトモさんに何か催促すればよかったな、と軽く後悔しながら、オレは家路に着く。