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Anyone! Help me! 3

翌日、開館を待って建物に入り、インターネットに接続する。

あまりにも腹が減りすぎていて、目を覚ましてしまい、友人が出勤するよりも早くに乗り込んで腹を満たしてきたのでモチベーションはうなぎのぼりである。

まあ、人間としては確実にナイアガラの滝から落下したわけだけど。ヒモか、オレは。

ただし、モチベーションがいかに高くても、それが結果につながらない。

今日はトモさんが見せてくれた掲示板から一歩踏み込み、独自で“ジェノ”関連の掲示板を探ってみた。

インプッターは使っていない。めんどくさい。音による掲示板に入っているので画面は何も出力していない。オレは目を閉じ、背もたれに体重を預け、イヤホンから漏れだす音を聞いていた。さすがに2日連続で視覚に頼りっぱなしはきつい。もっとも、インプッターによってオレはほとんど目を使わなかったのだけれど、そこは精神的な話だ。

内容がつかめる程度に早回しで聞こえる合成音声。こんなどうでもいいものをよく時間をかけて開発したやつがいるもんだ。しかし、退屈な人生の暇つぶしになるならそれもいいと思う。

「“ジェノ”は果たして殺人鬼なのでしょうか。それとも、ただ自殺願望があるだけなのでしょうか」

「殺人鬼に一票。だって18人だよ!?それも人数が3人、4人、5人、6人・・・。次は・・・ってきゃあああ~~!」

「そりゃそうでしょ。ほんとに死ぬ気ならとっくに死んでる。少なくともオレなら自分のせいで18人も死んだら死ぬ」

「今頃ニュース見てほくそえんでるかもね(嗤)」

「ちょっと議論になりそうにないので僕は反対に一票しときます。ありえないほど低い確率ではありますが、直前にビビってしまったというのもあるのでは?」

「なにそれ!最悪じゃん!!自分から死のうって言っておいてビビったのっ!?」

「そいつ、絶対普段はパシリだな・・・」

「それこそ真正の悪人ですね。結局殺人鬼であろうなかろうと悪であることに変わりはありません」

「そういうやつって案外いるかも。ほら、あなたの隣にも・・・」

「映画よりよっぽどホラーだよ!3Dとか目じゃないよっ!」

「そもそもオレには自殺する理由なんてわかんねえけどな。十分人生楽しんでるし」

「そうですね。それについては僕も同意見です。今日辛くても明日は楽しいかもしれない。そういう考え方はできないのでしょうか」

「むりっしょ~、それができたらフツーに生きてるって」

「ショセンウエカラメセンデシカナイ」

とくに有用な情報はない。恐らくどこでも同じように議論がなされ、結局自殺者は弱者であり、蔑まれる対象なのだという形で落ち着く。そいつらはわかっていない。弱者を下に見ることで、自分を強者と錯覚し、かろうじて矜持を保っていることを。かろうじてこの世に生きていることを。

明日は楽しいかもしれない。

それは今日楽しい者の意見だ。今日生きることができないやつに明日はない。人生は連続的ではなく、断続的だ。未来とは夢や希望を意味するものではなく、明日を生きることになる自分ではない誰かの物語の題名にすぎない。次に読む本が楽しいからと言って手元にあるつまらない本を読み続けようと思うだろうか?

昨日見た自殺サイトにアクセスする。書き込みの数は減っていない。それどころか増えていた。こういう事件は時間に綺麗に比例して興味が右肩下がりになっていく。それなのに増えている理由は簡単、“ジェノ”の書き込みがあったからだ。


街は僕らを苦しめる。

社会が僕らを責め立てる。

人が僕らを攻め立てる。

ここでは僕らは生きてはいけない。

だから僕は死のうと思う。

殺される前に死のうと思う。

死は怖くない。

死はエンディングでしかないからだ。

怖いのは一人で死ぬこと。

理解されずに消えていくこと。

センターは何もしてくれない。

センターとは社会だから。

社会は僕らの邪魔をする。

僕らにとっての一番の敵。

だから僕は同志を求める。

ともに黄泉へと旅立つ同志を


隠語で埋め尽くされた掲示板の中、一切の隠語を省いた文章。本来ならば真っ先に管理人に削除されるべきだが、それもない。そもそもこんなサイトを作る管理人にそんな常識があるとは思えない。

昨日見た掲示板だったか、「口がうまい」というコメントがあった。だが、これは違う。ただ純粋に魅力的なのだ。無駄のなく、しかし調律のとれた、心に入り込むような文章。欠けている自殺願望どもの心に染み入るのは簡単だろう。

だがそれも所詮破滅というベクトルの中での話。後ろ向きのベクトルはどんなに大きなものでも所詮前には進めない。こんな奴、いても害になるだけだ。

ネットを閉じて、ケータイを抜いて立ち上がる。まだ昼過ぎくらいだが、今日はもうやる気にならない。面倒だ、という理由も大きいが、それ以上の問題だ。自分自身が腐っていく錯覚にとらわれる。まるで何かが感染したかのような。

「そう言えば、ジェノウイルスっていうネットウイルスが昔あったな」

“ジェノ”が何を思って、そのハンドルネームをつけたのかは知らない。だが、どう名乗ろうとやつの立ち位置は変わらない。

―――まるでちっぽけな人間だ。


まだノブの直らないうるさい扉。そういえば今日も大家には会ってない。これが倦怠期か、とも思ったが、気持ち悪いのでやめておこう。オレはそんな特殊な性癖を持ち合わせていない。

普通に若い子と若干年上のお姉さんが好きだ。実はトモさんが若干タイプなのは周囲(というほどオレの周囲に人はいないが)には秘密だ。

まだ昼だが、なんとなく生気を吸いとられた気分。というか純粋に気分が悪かった。

まるで昔の自分を見ているようで。

まるで過去の誰かを見ているようで。

まるで今の自分を見ているようで。

六畳間に寝転がって、昔誰かが天井に付けたしみを見上げた。

“ジェノ”は救いを求めている。奴にとって、この世はひどく辛いもので、それでも一人で死ぬのは怖くて、けど誰も信じられない。だから、仮想現実という名の箱の中にいる誰かを求めた。恐らくそういうことなのだろう。奴が信じられるのは仮想現実まで。しかし、実際にはインターネットというのは現実の人間、奴が信じられない人間にリンクしている。だから奴は死ねない。死にたいのに死ねない。死ぬために使うかすかな労力ですら厭う。誰かの力にすがろうとする。

ああ、認めてやるよ、“ジェノ”。お前は確かに昔のオレに似てる。今となってはまるで意味もない過去のオレに似てる。だが、それでもオレとおまえは違う。決定的に違う。



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